青年昌浩のとある一日 |
「くそっ!気に入らないな・・・・・・」 ある天気のいい日、陰陽寮内にて物の怪がぽつりとそう言い零した。 「どうかしたのか?もっくん」 そんな物の怪の言葉を耳に止めた昌浩は、手元にあった書物から物の怪へと視線を移した。 物の怪の目には、青年と言うにはほんの少しばかり幼さが残る風貌の昌浩が移っていた。 昌浩は今年数えで二十一となる。 数字の上では十分に青年と呼べるのだろうが、祖母譲りの小綺麗な顔のためか、その容姿は未だ二十歳には届かないように見える。 最愛の祖父である晴明はとうに天命を全うし終え、彼の朋友であった十二神将達の現在の主でもある。 祖父もこの世を去り、今まで隠していた実力を発揮して周囲へと知らしめるかと思われていたが、それは本人の意図にそぐわなかったらしい。 稀代の大陰陽師の喪失でただでさえ動揺している陰陽寮の者達の心を更に波立たせるような真似はしたくなかったらしく、本人の実力には程遠い速度で昌浩はその地位をじりじりと登っていった。 そして現在、彼は陰陽生として日々の生活を送っている。 もちろん、そんな地位に納まっている昌浩を歯痒く思っているのは昌浩の実力を知っている周りの者達。 現在、都一の陰陽師が昌浩である事実は覆しようのないものである。その彼が何故陰陽生・・・・・・・・。 そう嘆くのは当の本人ではなくて、周りの者達。 何せ当人である昌浩が『俺なんてまだまだだよ・・・・・』なんてほざきやがるから、始末に終えない。 誰か何とか言ってやってくれ!と思うのだが、何を言っても通じない気がするのは気のせいではないだろう。 そんなこんなで今は陰陽術に関する講義の真っ最中。 昌浩は他の者達には気づかれないように、声が周りへと聞こえるのを防ぐ結界をこっそり張って物の怪へと苛立つ理由を問いかける。 ん?と不思議そうに小首を傾げてくる昌浩に、物の怪は更に苛々を募らせた。 どうかしたのか?って気がつかないのか!?この負の感情がびしばし込められた複数の視線に!!! 内心絶叫を上げる物の怪の視線の先には、昌浩を(上の者に気づかれないように)忌々しげに睨み付けてくる輩が数名ほどいた。 何なんだその視線は!そんな薄汚れた眼で昌浩を見るんじゃねー!!! 物の怪はそんな彼らに、天敵を見て毛を逆立てる猫のように威嚇する。 もちろん、そんな物の怪の姿は彼らの眼に映ることはない。物の怪の姿を捉えられるほどの見鬼の才を彼らは持ち合わせていないのだ。 そんな彼らを、物の怪はじめとした十二神将達は鼻先で哂い飛ばした。 そんな彼らの心情は、その程度で将来有望株?はっ!笑わせるなよ?である。 昌浩を主と仰ぐ彼らとしては、その主が馬鹿にされるのが憤慨ものである。 だから思わず聞いてみた。 「お前なぁ、あの人を馬鹿にしたような視線を向けられて何も思わないのか?」 「あの」の部分で未だに視線を寄越しやがっている阿呆共に一瞥をくれてやる。 物の怪の視線を辿った昌浩は、「あぁ」と納得したように他人にはわからない程度に頷いた。 「別にいいじゃない、他人がどう思っていようが。俺にとって大事なのは身内の人達の評価、それ以外の人達の考え何て一々気にしてられないよ・・・・・」 「お前・・・・・随分大人な考えができるようになったなぁ・・・・・・・」 「何だよそれ・・・・・・」 以前は「七光り」という言葉で落ち込んでいたりしたのに・・・・と、物の怪はしみじみとした風情でそう独りごちる。 そんな物の怪に、昌浩はどこか遠い目をして「伊達に八年もここで働いてないって・・・・・」と返事を返す。 確かに。昌浩がやっかみという名の嫌がらせなど、直丁の時からそれこそ日常茶飯事であった。 何を今更、というのが一番近しい心情だろう。妬み恨み、果てや羨望の視線一つ増えたところで堪えるはずもない。 昌浩はこれまで流れた時間で、かなり図太く鍛え上げられたようだ。 それはそれで嬉しいのであるが、如何せん誰かさんの影が被って見えたりするので素直に喜ぶことができない。 「大人な考えができるようになったついでに、そろそろお前の本当の実力をあいつらに知らしめてやってもいいんじゃないか?」 「またその話?あのねぇ、俺言ったよね?波風立てたくないって・・・・・・・・」 「それは晴明の奴が天命を迎えた頃の話だろ?あれから時間だって随分経っただろうが―――あれから二年だぞ、いい加減表舞台に立ったっていいだろうが」 「別にいいって。俺は誰に気づかれることなく、ひっそりと妖を退治できればいいの!今までだってそうしてきただろう?何が不満なのさ」 「不満なんか大有りだ!お前に正当な評価が下されないんだぞ!?終いにはお前を見下すような視線を寄越す奴だっているしな!!これを起こらずにいられるかっ!!限界だ!もう我慢ならん!!お前もいい加減腹を括りやがれ!!!」 「ちょ、ちょっと落ち着きなよもっくん!」 があっ!と吼える物の怪に、昌浩は幾分か慌てたように声をかける。が、そんなもので物の怪の怒りが鎮まるはずもなく、寧ろその怒りを増長させさえしていた。 「あのなぁ、お前は我慢できるとか言っているが、周囲の奴らのこともちゃんと考えているのか?お前が悪く言われて気分が悪いのは何もお前だけじゃないんだぞ?俺や他の神将の奴ら、吉昌や成親達だって聞いてて嬉しい話じゃないんだ。お前だって成親や昌親の悪口を聞いたら嫌な気持ちになるだろ?少しは理解しろ」 「う、それは、そうだけどさ・・・・・・・」 物の怪の言葉を聞いて、昌浩は幾分か気まずげな表情を作る。 物の怪の言っている意味はわかる。昌浩だって成親や昌親の悪口を聞いたら嫌な気分になるだろう。 そんな気持ちに周りの者達にさせていいのか?と物の怪が言ってきているのもわかる。だが・・・・・・・ 「でも、地位が上がれば上がるほど身動きだって取りにくくなるだろ?だったら俺は裏で支えてさ、父上や兄上達には表で頑張って貰ったほうがいいと思うんだよね」 「だーかーらぁー!それだとお前の評価が・・・・・・・」 「もっくん、それってそんなに大事なことか?人の命よりも?いざという時に駆けつけることのできないような身分なんていらない」 「・・・・・・・・」 身分が高ければ高いほど、その身分に応じて責任というものがついて回る。 いざという時、その責任を放棄してまで現場に駆けつけることなど容易ではない。上の立場の者は、総じて下々の者達に指示を下すことが仕事になる。 その仕事を全部放り捨てて、上の者が先走るような真似などできようはずもない。 祖父である晴明は、色んな意味で特別だったと言えよう。 「俺は誰も犠牲にしない陰陽師になるって決めたんだ。他人の風評なんかより、俺は現場に直ぐに駆けつけられることの方がずっと大事だ。・・・・・・もし、俺が上に立つことができるようなことがあれば、それは皆が十分に納得して認めてくれた上でのことなんかじゃないかと思う。それまでは・・・・・・俺はこのままがいい」 「昌浩・・・・・・・・」 確固たる決意を秘めた眼で見つめてくる昌浩。 そんな昌浩の眼を、物の怪は何も言い返せずに見つめ返す。 その状態がしばらく続いた後、物の怪はどこか諦めたように息を吐いた。 「この頑固者が・・・・・・・」 「頑固で結構。俺は俺の意思を曲げたりなんかしない」 「・・・・・・・本当に、頑固なやつだ・・・・・・・・・」 きっぱりと言い切る昌浩。そんな彼の意思を動かすなんて容易なことではないと判じた物の怪は、不貞腐れたように体を丸めてそっぽを向いた。 そんな物の怪の背を、昌浩は苦笑しながら慰めるように撫でた。 「ごめんな・・・・・・」 「謝るな。別にお前は間違ったことを言ってるわけじゃないんだからな」 「うん・・・・。でも、ごめん」 「ふんっ・・・・・・」 物の怪は昌浩と視線を合わせぬまま、その白い尾で彼の背をべしべし叩いた。 納得はしていないようだが、今回はこの辺で引いてくれるらしい。 昌浩はそんな物の怪の優しさに、心の中で礼を告げた。 こうして、後に大陰陽師と呼ばれるようになる青年の日々は過ぎていくのであった―――――――。 ※言い訳 昌浩が青年になった頃の話。このお話はリクエストしたご本人のかーこ様のみお持ち帰りが可能です。 個人的意見ですが、昌浩は大きくなったらばあ様似の美人になるんじゃないかと思います。(じい様だって美形だったしね!) 昌浩は昇進する気がないのか、ずっと陰陽生をやっています。でもそのうち周りの人達の頑張りによって昇進しそう・・・・・。きっと兄ちゃんずや神将達が共謀して、昌浩の実力をばれさせるよう色々企みそうです。 まぁ、このお話は周囲の人達にまだ実力をばらしていない頃の設定で書いてみました。 2007/5/30 |