どこか機嫌の悪そうな少年が、てくてく街を歩いていた。理由はいく

つかあって、一つ一つは些細なことでも重なると非常に重くのしかか

る。たとえば、ルルーシュが最近付き合い悪いとか。ナナリーの話題

にあいつの話が良く出るようになったとか。そのことを突っ込むとルルー

シュがとたんに不機嫌になったとか。おまけに売り言葉に買い言葉で

喧嘩になってしまったとか。並べあげていくと、全部ある人間が関わっ

ているので、スザクは会ったこともない『あいつ』が大嫌いだった。

 『あいつ』―――ルーク=フォン=ファブレ。昔、ルルーシュとナナリー

の母親が死んだとき、泣いているナナリーに暴言吐いたむかつくクソガ

キが、どうしていまさら2人の関心を奪うのだろう。理不尽だ、とスザク

は思う。

 そういう風なことを、だいぶ喧嘩腰にルルーシュにぶつけた。ぶつけ

られたほうはというと、宝石みたいな瞳をぱちりと瞬かせ、表情を一転

させて一言。

「ルークを、嘲るなよ」

 いくらおまえでも許さない、とその瞳が告げていた。





 ルルーシュにそこまで言わせる『ルーク』とは、一体どんな人間なの

だ。少なくとも、3年前のあのガキが、ルルーシュに気に入られること

はありえないと断言できる。だってナナリーを泣かしたし。

 鍵になっているのは、やはり3年前に起きたという、「ルーク=フォン

=ファブレの誘拐」だろう。その後お見舞いに行ってから、ルルーシュ

はひどく異母兄を気にかけるようになった。

 何故だろう、と悩んでいても、ちっとも答えは出てこない。もともと自

分は考え事には向いていないんだ!とスザクは思った。

 いっそのこと、直に会ってみようか。

 その考えは、とても有効なように思えた。会ってみて、嫌なやつのま

まだったらもうルルーシュを煩わせるなと言えばいいし、良いやつだっ

たら自分も友達になろう。

 あっさりと方向を定めたスザクは、ただひとつだけ失念している。

 自分が果たして、ファブレ邸を訪ねられるのかということを。



「ここはお前みたいな子供が来ていい場所じゃないんだよ。ほら、帰っ

 た帰った!」



 案の定、どう見ても普通の少年であるスザクは門衛に追い返された。

けれどここで諦めてしまったら、このもやもやを抱えたまますごさなけ

ればならない。さらに言うと、『ルーク』を見極めないかぎり、同じ話題

で喧嘩することはもはや確定事項だ。

 高い壁沿いにぐるりと移動。見上げると塀の向こうに大きな木が見え

る。おそらくは庭で、屋根と玄関の位置関係からすると裏庭になってい

るだろう。

 人の気配は、薄い。

 スザクは行動に移した。

 2、3歩下がり、助走をつけて壁を蹴る。塀の上に右手一本をひっかけ

て身体を持ち上げ、完全に身体が塀の上に出た。その一瞬で人の目が

ないことを確認し、一気に乗り越える。着地の音は、よく手入れされた芝

に吸い込まれ、ほとんど無音だった。

 侵入成功。

 もっともこの方法は、スザクだからできたことだといえる。普通の人間

は取っ掛かりもない3メートルを越える壁を、生身で越えることなどでき

ないのだから。

 きょろり、と慎重に辺りをうかがって、スザクは歩き出した。見つかれば

最悪文字通り首が飛ぶ。ルルーシュにだって迷惑がかかるかもしれない。

 それでもスザクは、『ルーク』に会いたいと思った。





「何をしてるの?」

 呑気な声が頭上から降ってきたのは、さてどこから探そうかと思った

スザクが、人の気配の薄いほうへ歩き出そうとした時だった。見上げる

と窓から夕焼け色の髪をした少年が、不思議そうな顔で見下ろしていた。

 夕焼け色の、髪。こいつが『ルーク』だ。

「あたらしくきたひと?あれ、どっかで見たこと、あるような……?」

 じいっと見つめるルークに、スザクはまずいことになったと思った。侵

入者を発見した場合、普通の貴族だったらまず衛兵を呼ぶ。黙らせる

にしても距離があった。届かないことはないが、人を呼ばれるほうが早

いだろう。

 あせるスザクに気付かないのか、「見たこと?んー…聞いた、こと?」

と首をひねるルークは、やがて思い出せたのかぱあっと表情を輝かせ、

スザクの想像とはまったく違うことを嬉しそうに叫んだ。

「わかった!ルルの言ってた『スザク』でしょう!?」

 ルル。たまに訪れるミレイやラクシャータがルルーシュをそう呼ぶの

を聞いたことがある。つまりルルーシュの愛称だ。同年代の男に対し、

そんな呼び方を許したところを見た事がないスザクは、また1つルーク

に対する印象が悪くなる。

(俺だって呼ばせてもらったことないのに!)

 不機嫌なスザクに気付いているのかいないのか、ルークは衛兵を呼

ぶでもなく笑っている。

「ここまでこれる?そこにいると見つかっちゃうよ」

 言われて、そうだ見つかるとまずいんだったと我に返るスザク。ルー

クの言葉通り、部屋にお邪魔させてもらおうと、壁から離れて助走距離

をとった。

「…ルーク?で、あってるよな。ちょっとどいてろ。危ないぞ」

 ぞんざいな口調で告げると、素直に頷いたルークが窓から消えた。塀

を乗り越えたときと同じように、窓枠に手を引っ掛けて身体を持ち上げる。

 絨毯の敷かれた床に降り立った。顔を上げて見回すと、ルークの部屋

の中はずいぶん閑散としているな、という印象を受ける。部屋の主は、目

をきらきらさせてスザクを見ていた。

「はじめまして、スザク!」

 真っ直ぐに言うルークは、まさか自分がスザクに嫌われているなんて

思ってもいないんだろう。スザクはそう思った。ぞんざいな口調にも、ほ

とんど睨むような視線にも気付いていないのだと。

「いつもルルが話してくれるよ。『親友だ』って」

 ルルーシュが、人前でスザクを「親友」と紹介したことはない。それは

身分があるからでもあるし、ただ照れているというときもある。はっきり

言葉にして示されたことはそれほど無かったから、素直に嬉しくなって

スザクはほんの少し表情を緩めた。その情報をもたらしたのが、ルーク

というのが少しだけ気に入らないけれど。

(なんでルルーシュを煩わせるんだ?迷惑かけるなんて当たり前だと

 思ってるのか?)

 本当は、そう言ってやりたかった。政治学や経済学、兵法や軍需理

論まで勉強するルルーシュの部屋の明かりが、夜遅くまで消えない

事を知っている。その上ルークの勉強まで見るなんて、本当はかなり

の負担のはずだ。

 だから、言ってやろうと思った。不敬だとか身分差とか、細々したこと

は頭から抜け落ちていた。

 感情のままに、ひどい言葉をぶつけようとしていたスザクの頭を冷や

したのは。



「ごめん、ルルの時間とっちゃって。スザクがおこるの、あたりまえ、

 だよね」



 相変わらず笑みの形で、でも情けなく眉を下げたルークの表情だっ

たかもしれない。

「気付いてたのか?」

 少しばつが悪くなって視線をそらしたスザクに、ルークが言う。

「おれは、みんなに迷惑かけてる。記憶がなくなってからいろんな人が、

 おれをみていやそうな顔をする」

 記憶喪失。ルルーシュから一度だけ聞いた。

 あの時ルルーシュはなんといっただろうか。見舞いから帰って、一言

だけ。



『ナナリーを泣かせたルークとは、違う人間になるのかもしれないな』



 違う人間である、ではなく、違う人間になる、と。発展途上のルークは、

3年かけてスザクの知るルークとは異なる時間を積み重ねた。異なる時

間を積み重ねて、ルルーシュにとっては好ましい人間に。そして、この屋

敷では。

「別に、お前に怒ってるんじゃ、ない」

 気付いたらスザクはそう言っていた。

 実質3歳のこどもに、友人をとられたような気になって八つ当たりしよう

としていた自分がいたたまれない。

 ルークは、申し訳ないと思う気持ちを知っていた。あの、傲慢で他人の

気持ちを思いやることができなかったルークとはぜんぜん違う。

 スザクはむしろ、かつてのルークに近い性格だったから、分かる。

「悪い。八つ当たりだ」

 素直にスザクは謝った。

 ルルーシュに会って、少しだけスザクが変わったとしたら、それは自分

とは違う強さを素直に認められるようになったことだ。ルルーシュは強い。

ナナリーも強い。そして、今目の前にいるルークも、強いのだ。

「スザク?」

「はじめまして、ルーク。俺はスザク。お前の名前を教えてくれ」

 既に知っているけれど、初対面なら自己紹介をするべきだ。不思議そ

うな顔のルークは言われるままに、もう一度繰り返した。

「はじめまして、スザク」

「名前も教えてくれ」

 なんで、と呟くルークに、スザクは笑う。

「初対面なら名前を名乗るのが礼儀だぜ?」

「知ってても?」

「知ってても。儀式ってのはそういうものだ」

 まじめくさって言うと、ルークは素直に従った。

「はじめまして、おれはルーク。……これでいいの?」

「ああ。これで俺たちも友達だ」

 友達になりたいと、思えた。

 自分が嫌われていると知っていてなお、スザクに笑顔で接したルーク。

屋敷の人間にいやな顔をされて、本当ならびくびく縮こまりたいんだと

思う。申し訳なくなって、逃げ出したいのかもしれない。日の当たる中庭

ではなく、裏庭を見下ろしていたのは、きっとそういうこと。

 ルルーシュはそんなルークを知っていたから「嘲るな」と言ったのか。

 そんな中でも、ルークは人の顔を見て話すことができる。ルルーシュ

が教えたのだろう、些細だけど大切なことだ。

 屋敷中から見放されたルークを、ルルーシュは拾い上げた。

 じゃあ自分は、どうすればいいのだろう。ほっとしたようにようやく全開

で笑えたルークを見て、スザクは思った。









 長居すると見つかる可能性が高くなる。ルークに会うという目的を達し

たから、スザクはとっとと脱出することにした。入ってきたのと同じ場所

から出るとき、一度だけ振り返ると。

 窓から手を振るルークが見えた。

 白い壁のきれいな離れだったけれど、スザクにはどうしても暖かい場

所とは思えなかった。



 それはスザクが、ランペルージ邸の陽だまりのような暖かさを知って

いるからかもしれない。









「お帰り、スザク。どうだった?ルークは。会ってきたんだろう?」

 ルルーシュは、いつもの書斎でスザクを待っていたようだ。行動が思

いっきり読まれている。

 敵わないな、と思いながら、スザクは思ったことを正直に口にした。八

つ当たりじみた気持ちをルークにぶつけようとしたことや、結局何もいえ

なかったこと。話している間中、屋敷に満ちていた人の気配が、ルーク

の離れのあたりだけひどく薄かったこと。ルークはそれでも、笑ってい

たこと。

 友達になったことも。

 聞き終えて、ルルーシュは真剣な顔で言った。

「ルークのことで、ある可能性が考えられる。いつか本人に話すまで、

 スザクにも言えないけど」

 そう前置きして、スザクに告げる。

「僕はルークに、王冠をかぶせてみせる」

 王位継承権第3位の王族。第1位のナタリア姫は王家の色彩を持た

ずに生まれ、第2位の王弟は病に臥して久しいと聞く。決して不可能で

はない。

 ルークは痛みを知っている。知っているから優しくできる。為政者とし

ての知識や経験はこれから積んでいけばいい。

 スザクにはまだ、ルルーシュに誓ったようにはルークに対して誓えな

いけど、これから先はわからない。あの優しいこどもがどのような人に

なるのだろうか。その興味は、ある。

「わかった。俺にできることなら手伝うよ」









 ルルーシュと共犯になり、スザクがはじめて『ルーク』を意識した、こ

れがはじまり。

 望んだ未来が訪れるのかは、ルーク自身にかかっていた。













                      騎
士の見たも

                          夕焼けの輝きに冠を載せよう





















ルークとスザクの初対面、いかがでしたでしょうか。

この頃はまだ僕ルルーシュと俺スザクです。ルルーシュをルークにとら

れてすねたスザクがファブレ邸に突撃。

書き直しはいつでも受け付けておりますので、お気軽にどうぞ。






左東様、素敵な小説をどうもありがとうございました!!
左東様が書くギアビス(TOA+コードギアス)のお話が大好きなので、今回このようにお話を書いて頂けてとても嬉しいです!どうもありがとうございました!!