耳に届く言葉を信じられないと思った。









何故なら、それは己の過去の歩みを覆すほどの効力を持っていたのだから。









それ以上、言の葉を紡がないでくれと心が悲鳴を上げる。









信じたくないと、願望にも似た思いが胸を駆け巡る。









全てが、音を立てて崩れていってしまう―――――――――。


















朧月夜の還る場所〜拾碌〜


















晴明と十二神将は、晴明の占いの結果に従ってとある荒れ果てた邸へとやって来ていた。


「ここに昌浩がいるんだな?晴明」

「あぁ、わしの占いではそうでていたよ」

「なら、すぐ助けに・・・・・「おっと、そうはいかせねぇーよ」


助けに行こうという言葉は、晴明達以外の第三者の声によって遮られた。
声の聞こえてきた方へと視線を向けると、邸の奥から昌浩とそっくりの少年―――輝陽(きよう)が姿を現した。


「輝陽・・・・・・」

「あいつを助け出すために態々大勢でご苦労様なことだな」

「そこを、通してはくれぬか?」

「残念ながら、いくらお爺の頼みとはいえど聞けないね。親父からなるべく足止めするように頼まれたからな。それこそ簡単に通しちまったら俺が怒られる」


だから無理だと、輝陽は軽く肩を竦めてそう答えた。
紅蓮はそんな輝陽を忌々しげにぎろりと睨んだ。


「おっと、そうおっかない顔で睨んでくれるなよ神将。こっちは親父が必要だからって、肝を冷やしながらあんたらの相手をしてるんだからな」

「関係ないな。貴様をさっさと眠らせるなりなんなりして、昌浩を助けにいくまでの話だ」

「おーおー、ぶっそうな物言いだな。神将は人間を傷つけちゃあいけねーっていう決まりがなかったか?」

「だから眠らせるといっている。その程度のことなら、決まりに支障がないからな」

「成る程な」


互いに鋭い視線を交わし合いながら、輝陽と紅蓮は言葉を応酬する。


「ま、そんなことはどうでもいいけどよぉ。親父の用ってのが済むまで、俺に付き合ってもらうぜ?」

「断る。その業啓の用とやらはいい感じがしないからな。さっさと進ませてもらう」

「やれるもんならやってみろよ。・・・・そのかわり、俺も精々足掻かせてもらうからなっ!」


輝陽はそう言うと、素早く己の武器である”炎姫(えんき)”を呼び出した。
紅蓮もそれに応じて緋炎の槍を作り出した。

キィィン!という鋼の交わる高く澄んだ音が空気を切り裂いた。










それから何合か武器を交わらせる二人。

容赦なく突き刺すように繰り出される輝陽の剣尖を、紅蓮は舌打ちをしながら避け、その意識を刈り取るべく子どもの背後へと回るが、輝陽はそれに間一髪で気がつき辛うじて紅蓮の手刀から逃れる。


「ちっ!しぶといな・・・・・」

「そいつはどーも。そう簡単に気を失ってたまるかよ!」


互いに大きく距離を空け、油断なく武器を構え合いながら対峙する。
ザリッ!と土を踏みしめる音が思いのほか大きく聞こえた。

膠着状態の二人を見ていた晴明は、丁度いいとばかりに輝陽へと話し掛けた。


「輝陽、少し尋ねたいのじゃが・・・・・・」

「あん?何だよお爺」

「この度の業啓の目的は一体何じゃ?何故、昌浩を連れ去ったのか、お前は知っておるのか・・・・・・・?」

「さぁてね、俺はよく知らねーな」

「何故じゃ?」


業啓の目的を知らないと言う輝陽の言葉を、晴明は訝しく思い更に問いを重ねた。


「だって、親父あんまり目的については話さねーもん。話すことといえば実際に行う物事についてか?」


そういうわけなので知らないと、輝陽はそう言う。

何のことではないように軽い口調で答えた輝陽に、晴明は今一度問いの言葉を重ねた。
本当にそれでいいのか?と。
晴明の問いに、輝陽はその口元に皮肉げな笑みを浮かべて一言答えた。
ない。と・・・・・。


「あいつに家族を・・・家という場所を壊されちまったんだ。身内である親父以外に頼れる人もいない。だから何があろうとも親父についていくしかない。それ以外なんて考えようもないんだよ」


だから業啓が目的について何も話さなくとも、己はそうかと納得するだけなのだと言う。

それは酷く盲目的に歪んだ物の考え方なのだろう。そうは思えど、そのことを指摘することは晴明にはできなかった。
それが輝陽が長年をかけて作り上げた正常な思考であり、本人が受け入れた思考でもあるのだと察せられたからだ。今更晴明が何かを言ったところで、その思考を変えることなどできないだろう。

そう断言できるほど、輝陽からはっきりと狂気が感じられた。そして、それを何者でもない輝陽自身が理解していることも・・・・・・・・・。


「・・・・・・お前自身がそれで納得しているのなら、わしからはそれ以上のことは言えぬ。じゃが、一言だけ言わせてもらえば、霞月についてはお前は未だに誤解しておると言いたい」


霞月と名前が出たとたん、輝陽の顔は苦虫を噛み潰したような渋いものへと変わった。


「お爺、確か前も似たようなこと言ってたよな?あいつに責任はないって・・・・・・・なんで、そう言えるんだよ?あいつが・・・・あいつが俺と親父以外の全員を殺したっていうのにっ!!!」

「・・・・それについては、わしも否定はせぬ」

「じゃあなんでっ!!?」


輝陽は耐え切れずに晴明に食って掛かる。
晴明も霞月が皆を殺したことを否定しない。否定しないということは、つまり肯定しているのと同じだ。
なのに、それなのに何故あいつを庇い立てするような発言をするのだろうか?


「霞月があの惨状を作り上げたのは確かじゃ・・・・・・ただ、その行いに霞月の思惑は一切何も含まれていない」

「は?言っている意味がわからねぇよ!なんであいつのやったことにあいつの思いが関わってないなんて言えるんだよっ!!?」


胸の内を渦巻く激情をそのままに、輝陽は鋭い視線で目の前に立つ祖父を見据えた。
晴明はそんな輝陽の視線をただ静かに受け止めた。そして、あの惨劇の真相を輝陽に話すことを決めた。










「―――――というわけじゃ。あの子の記憶を実際に垣間見たからこそ、わしはあの子に責はないと、そう言えたのじゃ・・・・・・・・」


晴明は過去に見た、霞月の記憶を輝陽に話し聞かせた。
輝陽は話が進むほどに、その顔色を失わせていった。

晴明の話が完全に終わった後、輝陽は唇を震わせながら気を振り絞って言葉を吐き出した。


「そ、んな・・・・・・・・そんな話、信じられるわけっ!」

「それでも、事実なのじゃよ」

「っ―――!!」


晴明に揺らぎなき静謐とした瞳できっぱりと言葉を告げられ、輝陽はそれ以上の反論の言葉を紡ぐことを封じられた。いや、紡ぐことができなかった。
晴明の言葉を、否定するだけの材料が何もなかったのだ・・・・・・。


「それでも・・・・・・それでもお爺の言うことが信じられない。信じたくない・・・・・・俺は、九年前のあの日から、ずっと親父についてきたんだ!だから・・・・・・・・」

「輝陽・・・・・・・・」


この九年間、輝陽にとって業啓のみが全てであったのだ、それなのにどうして今更晴明の語る過去を信じることができようか。それを信じるということは、この九年間の全てを否定することになるのだから・・・・・・。


「俺は・・・・・・・だから・・・・だからっ!」


言葉を詰まらせながら、輝陽は必死に言葉を紡ぐ。まるで、そうしないと何かが崩れ去ってしまうのではないかと恐れているように・・・・・・・・。
事実、そうなのであろう。晴明の言葉を肯定してしまえば、それはすなわち業啓への信頼を否定することになるのだから。

蒼褪めて震えている輝陽を見ていた紅蓮は、ふと空気が動いたような気がして何気なく邸の方へと視線を向けた。
そしてとあるものをその眼に映し、大きく金眼を見開いた。


「―――っ!昌浩!!?」


そう、紅蓮の言葉のとおり、邸の奥から姿を現したのは業啓に連れ去られたはずの昌浩その人であった。
昌浩はふらふらと危なっかしげな歩みで、こちらへと近づいてくる。

そんな昌浩を見て、紅蓮は居ても立ってもいられずに地面を蹴った。


「昌浩!!」


紅蓮の声を聞き、同じように邸へと視線を向けた晴明達は昌浩の姿をその眼に収めることができた。
紅蓮が昌浩へと駆け寄る。


「昌浩!」

「・・・・・・・・・・・」


昌浩のもとへと駆けつけた紅蓮は、数歩の間を空けて昌浩の正面へと立った。

昌浩は軽く下を向いていて、その表情が読めない。
微かに息が乱れていることに気がついた紅蓮は、昌浩がどこか怪我を負っているのかと思い、怪我があるかどうかを調べようとその腕を伸ばした。

そんな二人の様子を眺めていた勾陳は、ふと昌浩の手元へと視線を見遣り、あるものに気づいて驚きに黒曜の目を見張った。そして、間髪居れずに声を上げた。


「―――!騰蛇っ!避けろっ!!!」

「え・・・?」


勾陳が叫ぶのと、銀閃が奔るのはほとんど同時であった。

紅蓮は脇腹に奔る熱に驚きながらも、反射的に身を捩り、背後へと飛び退いていた。


「なっ・・・・・・まさ、ひろ?」


呆然とした表情を作りながら、紅蓮は昌浩を見つめた。いや、正確に言うと昌浩の手元を――――。

昌浩の手には、細身の作りををした一振りの剣が握られていた。
そしてその剣の刃は、微かに液体で濡れていた。
そう、何せ立った今その刃で紅蓮の脇腹を掠めるように斬ったのだから・・・・・・・・。

ふいに、昌浩が俯けていた顔を上げた。
それまで窺うことのできなかった顔の全貌が闇の中でも露になった。


「昌浩・・・・・・お前」


紅蓮の口から、掠れたような声が漏れる。











漸く見ることが叶った瞳。その瞳は一切の光を映してはいなかった―――――――。













※言い訳
はい、こちらの長編も久々の更新になります。こちらのお話は終わりが見えてきたので、時間さえあればすいすいと書き進めていけそうです。
といいますか、もうすぐ三十万hitになってしまいます。きっと今日中になると思います。
つまり、三十万hitの企画も立ち上げないとな〜と考えているわけです。これをupし終わったら、そっちの方に取り掛かるつもりです。やること一杯あるな〜あはははっ!

2007/7/14