子どもは問い詰めた。 彼らの言っていることは本当かと。 男は笑って答えた。 それは本当だと。 そして今、隠されていた真実が明かされる―――――――――。 |
朧月夜の還る場所〜拾漆〜 |
くつくつと、低い笑い声が辺りに響き渡った。 笑い声が聞こえてきた方向を見遣ると、そこには昌浩を連れ去った男―――業啓が立っていた。 業啓は驚きも顕に昌浩を見ている晴明達を目に収めると、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。 「どうだ?この趣向は・・・・・人形が人形らしく、操られている様は」 「き、さまっ!業啓!またも昌浩を―――!」 嗤笑を向けてくる業啓に、紅蓮は怒りも顕にその金眼を苛烈に煌めかせた。 が、それも昌浩が懐へと飛び込んでくるまで。 喉下を狙った斬撃を、紅蓮は首を傾けてぎりぎりかわす。ちりっと頬に痛みが走る。突き出された刃が頬を掠ったのである。 紅蓮は悔しげに唇を噛むと、後ろに大きく跳躍した。いくら操られているとはいえ、昌浩に手を出すわけにはいかない。 そんな紅蓮の心情は他所に、昌浩はただ淡々と攻撃を仕掛けてくる。 一太刀、一太刀がどれも鋭く、際どいところを狙ってくる。 紅蓮はその攻撃を避け続けた。 一方、そんな二人の様子を呆然と見詰める者が一人。―――そう、輝陽である。 輝陽はその目を大きく見開き、目の前で繰り広げられている光景を信じられない思いで見詰めていた。 「霞、月・・・・・?」 無表情で神将へと斬りかかっていく片割れの姿を、呆然と見る。 一体、何があった? ここ何年も会っていなかったとはいえ、先に顔を合わせた時には彼の表情もしっかりと意思の伴ったものであった。むしろあの邸にいた頃よりも生き生きとしてるとさえ思ったくらいだ。 その変化を見て憎しみが更に増したとさえ思えたのに、今目の前にいる弟はなんだ。 凍りついた表情。それは一瞬たりとも崩れることはない。その様はまるで本当に人形のようであった。 「なんだ、これ・・・・・・」 こんな弟は過去だろうが現在だろうが知らない。見たことがない。 輝陽が霞月のことを人形と呼ぶのは、過去において輝陽の知る限り彼が父の言うことを何でも聞いていて、恭順な態度を常にとっていたからである。間違っても現状のような態度を指して言っていた訳ではないのだ。 そして漸く思い至った。父が弟のことを人形と称していたのは何も比喩ではなく、事実そのものを指していたことに―――――。 すぅっと、輝陽の顔から血の気が失せていく。 そんな輝陽のことなど気にする暇もなく、晴明達は昌浩と紅蓮の遣り取りを焦燥の思いで眺めていた。 十二神将は人を傷つけるわけにはいかない。さりとて晴明が昌浩の相手をするには心情的にも肉体的にも無理がある。 一体どうすればいいのかと思案する中、ふと勾陳が何かを思いついたように軽く目を開いた。 「騰蛇!剣だ、剣を狙え!九年前と同じ方法で昌浩が操られているのだとすれば、その剣を昌浩から遠ざけてしまえば操れることはない!」 その勾陳の言葉に、晴明達も思い当たったように昌浩の持つ剣へと視線を集中させた。 確かに、昌浩の持っている剣は九年前、昌浩の記憶を垣間見た時のものと全く同じものである。 突破口を見つけられた紅蓮は、今度は昌浩の手から剣を奪い取ろうと攻撃へ転じる。 紅蓮の意図することに気づいたのだろう、操られた昌浩の剣を握る手に明らかな力が込められる。 今度は、二人の間で剣を巡って新たな攻防が始まった。 そして輝陽はというと、勾陳の言葉に明らかに聞き流せない言葉を耳にしたので、その真意を父へと問うた。 「親父!九年前の霞月が操られた方法と同じって、一体どういうことだよっ!」 「・・・・・ほぅ?彼らにでも話を聞いたのか?」 「なっ!?そ、それじゃあ・・・・・・」 「―――ああ、事実だよ。私があれを操り・・・・・・・・・・邸にいた者達全員を殺させた」 「――――っ!!」 にぃっ!と口の端を吊り上げる業啓を、輝陽は信じられない面持ちで見返した。 無意識のうちで、一歩後ろへと後退した。 「なら、俺は・・・・・・!」 「ふっ、なかなか見ていて滑稽だったよ。あれが操られていたことも知らず、ただあの惨劇はあれの手のみで行われたと信じ込み、その元凶たる私に縋りつくしかなかったお前を見るのはな」 「そ、んな!」 では何か。全ては父が考え付いたことで、霞月は無理矢理それを実行させられただけだと言うのか? 九年来、初めて当人の口から語られた真実に輝陽は愕然とした。 業啓は口元に嘲笑を上らせたまま、ちらりと昌浩の方へ―――厳密に言うとその盛っている剣へと視線を投げた。 「あれのお陰であの剣も随分と力を得ることができた。今度は神の血を吸わせれば・・・・・もっと力を得ることができる」 業啓がそう言って嗤った瞬間、昌浩が紅蓮に足払いをかけて地面へと引きずり倒す。 昌浩はすかさず紅蓮の上に馬乗りになり、その身動きを封じた。 そしてその手に持つ剣を徐に構えた。 「昌浩!?」 晴明達が制止の声を上げるが、昌浩の耳には届かない。 「そうだ、やれ!そしてまた一つ、赤き罪を重ねるといいっ!」 「――――っ!」 業啓の哄笑と昌浩が剣を振り下ろす動作が重なった。 真っ直ぐに振り下ろされた剣は――――しかし紅蓮に突き立てられることはなかった。 「まさ・・・・ひろ・・・・・・」 振り下ろされた剣先は、ぴたりと紅蓮の喉下寸前で止められていた。 カタカタと、その剣先が小刻みに震えている。剣を握る昌浩の手が、震えているのだ。 昌浩の顔を見上げると、その顔が苦痛に歪んでいる。 まさか・・・・・操る意思に反し、自分の意思で止めているのか? 紅蓮は昌浩の辛そうなその表情を見て、そういった考えに至った。 事実、剣を寸止めしているのは昌浩の意思に相違なかった。 「騰蛇!」 六合が今が剣を奪い取るいい機会だと声を上げる。 「!――はっ!」 六合の声を聞いて我に返った紅蓮は、鋭い呼気とともに昌浩の手から剣を弾き飛ばした。 剣は宙へと舞い上がり、大きく弧を描いて遠く離れた地面へと突き刺さった。 と同時に、昌浩の身体がぐらりと傾いで紅蓮へと倒れ込んでくる。 紅蓮はそんな昌浩を抱きとめ、昌浩の顔を覗き込む。ぐったりとしているようではあるが、概ね問題ないであろう。 昌浩の無事を確認した紅蓮は、地面に仰向けになったままでふぅ・・・・と息を吐いた。 全く、ひやひやさせてくれる・・・・。 昌浩が動きを止めたことを確認した晴明達は、そこで漸く安堵の息を吐いた。 業啓はその失敗に苛立たしげに舌打ちをした。 「所詮は人形か・・・・・全く使えない」 「っ、あんた一体何様なのよ!昌浩を操って、その挙句が使えないって・・・・昌浩はものじゃないのよ!」 業啓より忌々しげに吐き出された言葉を聞き取った太陰が、厳しい表情でそう叫ぶ。 他の者達も同様に険しい表情を作っている。 力を得るためだとかそんな理由などよりも、その言動が許せなかった。 「――さて、業啓よ。この後は如何する?昌浩は返してもらった、輝陽は真相を知った以上お主に協力することはないじゃろう。後はお主だけじゃ・・・・・・・」 すぅっと目を細めてそう言ってくる晴明に、しかし業啓は何も言い返さずに地面へと突き刺さった剣を眺めていた。 「まだ完成には程遠いか・・・・・・仕方ない」 ぼそりと呟かれた言葉を聞きとがめて、晴明は訝しげに業啓を見遣った。 業啓は何かをするつもりだ。 それだけはその言葉尻から察することができた。 「・・・・・・一体、何をするつもりじゃ?業啓」 「こうするつもりですよ。媒介を介してその魂を喰らえ、狂姫(きょうき)―――」 瞬間、業啓の声に反応して地面に突き立っていた剣がその刀身を細身の直刃からひどく捻子くれた刃と姿を変え、妖しく発光し始めた。 狂姫。それがその剣の本当の”名”であった。そして輝陽の持っている炎姫や霞月が持っていたと言われている氷姫の兄弟剣でもあった。 剣の変化に驚いたように息を呑む晴明達の中、その悲鳴はあがった。 「―――っ!ぐ、ぐああぁぁあぁぁぁっ!!!」 悲鳴の出所は、その胸を掻き毟るかのように手で押さえている輝陽であった。 「輝陽?!」 「!あいつに何をしたっ?!」 晴明がその声に驚いたように振り替ええり、紅蓮は鋭く声を上げる。 そんな彼らに、業啓は唇を弓なりに歪めるだけで何も答えない。 そんな中、声を上げていた輝陽は己の手に熱が集中していることに気がつき、そちらへと視線を向けた。 「!!!?」 そこには業啓から貰って嵌めておいた簡素な作りの腕輪があった。 それを見止めて、輝陽は今度こそ大きく目を瞠った。 胸が鋭く痛んで仕方ない。くらりと、眩暈がした。視界が黒に覆われていく。 『特別な術を掛けてある。いざという時はそれが発動するだろう』 ふいに、業啓がこの腕輪を渡した時に言っていた言葉を思い出した。 あぁ、いざという時とはこの時だったのだな。 遠のいていく意識の中、それが輝陽の最後の思考となった―――――――。 ※言い訳 うわー、業啓がめっちゃ悪役。や、今回はそれを目指して書いているのですが・・・・。 輝陽、彼はほんと最初から最後まで報われない。業啓に騙されていた挙句、こんな最期って;; 後一・二話くらいで終わるんじゃないかと思います。余分な話を書き加えなければの話ですけどね。 2007/7/22 |