倒れ伏すその様を見て笑う者が一人。









それを信じられない目で見るのは周りの者達。









何故だ?と問い掛ける。









それに対してその者は嘲りの笑みを深めるばかり。









底無き闇に、笑い声が木霊した――――――――。

















朧月夜の還る場所〜拾捌〜
















「輝陽!」


地面へと倒れ伏した輝陽はぴくりとも動かない。
彼の傍らに跪きその息の根を確認した勾陳は、顔を上げて晴明達の方を見遣ると静かに首を横に振った。
それに晴明達は揃って苦しげな表情を作った。太陰あたりは顔色を失くして輝陽を見ている。

そんな中、微かな呻き声が紅蓮の腕の中から漏れた。
紅蓮ははっとその視線を下へと下ろすと、丁度昌浩が意識を取り戻したところであった。


「昌浩!」

「・・・・・ぅ、・・・・・ぐ、れん?」


目覚めた昌浩は緩やかに数度瞬きをした後、はっと正気づいて慌てて身を起こした。
が、ずきりと頭に痛みが走り、動きを止めた。


「無茶をするな!」

「俺・・・・・あ、怪我!紅蓮怪我はっ?!」


操られていた後遺症なのか、頭痛に苛まれている昌浩。
そんな昌浩の背を紅蓮は慌てて支えるが、昌浩はそんなことには構わずにぱっと振り返ってまじまじと紅蓮を凝視した。そして紅蓮の頬に切り傷の後を見つけると、その瞳を翳らせた。
そんな瞳の翳りに気づいた紅蓮は、安心させるようにその形のいい頭をくしゃくしゃと掻き回した。


「安心しろ、全部かすり傷だ。どこにも大きな怪我は負っちゃいないさ」

「でも・・・・俺、紅蓮に刀を・・・・・・・」

「馬鹿を言うなっ!あれは操られていたからだろう?お前のせいじゃない」

「けど・・・・前みたいに、皆を・・・殺しちゃうんじゃないか、って・・・・・!」

「!!・・・・昌浩、お前もしかして記憶が・・・・・・」


苦しげに吐き出された昌浩の言葉の意味を察した紅蓮は、驚愕と動揺が混ざったような表情で昌浩を見下ろした。
昌浩は紅蓮の言葉に、ただ黙ってこくりと頷いて肯定した。


「・・・・・うん、全部思い出した」

「そうか・・・・・」

「だから怖かった。また、皆をこの手にかけてしまうんじゃないかって。またっ!」

「だが、あの時お前は剣を止めてくれただろう?」

「そんなのっ、何とか止められたからよかったけど、止められなかったらどうしたんだよ!!」


もし、あの時紅蓮の喉下へと振り下ろされた剣先を止めることができなかったとしたら、今この場所にこの神将の姿はなかったかもしれないのだ。
そんなことは嫌だと思い、渾身の力を込めてあの剣先を止めることができたのは僥倖と言えた。
止めることができなかったら、今度こそ自分は壊れていただろう。九年前のあの日よりも完膚無きまでに―――。
そんな昌浩の思考に気がついているのかいないのか、紅蓮は無言のまま昌浩の背をぽんぽんと軽く叩いた。


「大丈夫だ。俺はちゃんとここにいる。・・・・そしてお前も、ちゃんとここにいるだろ?もう、あの時と同じにはならない。だから、大丈夫だ・・・・・・・」

「―――っ!」


昌浩は紅蓮の言葉に息を詰めた。
大丈夫。たったこれだけの言葉なのに、とても救われた気がした。あぁ、また同じ歴史を繰り返さずに済むのだと、そう確信にも似た安心感が込み上げてきた。
そこで漸く、昌浩は肩の力を抜いた。ふぅ―・・・・っと、長い吐息を吐く。

落ち着くと同時に、周囲への意識も戻ってくる。昌浩はふと気になって周囲へと視線を走らせた。
すると、そこには地面へと横たわっている輝陽の姿があった。
昌浩は慌てて紅蓮の顔を仰ぎ見、そして問い掛けた。


「ぐ、紅蓮。輝陽は・・・・どうしたの?」

「・・・・・・・・」


昌浩の問いに、紅蓮はやや表情を曇らせた。
そんな紅蓮の様子に、あまり良くないことなのだと昌浩は悟った。しかし、紅蓮の口から零れた言葉は、その予想を大きく上回って最悪と言えるものであった。


「・・・・輝陽は、死んだ」

「――え?」


昌浩はその言葉の意味を捉え損ねて呆然と聞き返した。いや、その言葉の意味はわかったのだ。わかったけれども、どうしてそこまでに至ったのか全く予想がつかなかった。


「どうして・・・・・?」

「それは私があの子の魂をこれに喰らわせたからだ」


昌浩の疑問の言葉に答えたのは、輝陽が命を落とすことになった原因である業啓本人であった。
昌浩はそちらへと視線を動かす。と、そこには禍々しい気を宿した剣を持っている業啓がいた。
昌浩はそんな彼を、信じられないものを見るような面持ちで見つめた。
九年前より以前の記憶を取り戻した昌浩にとって、それは二重の驚きであった。


「ど、うして!だって輝陽はっ・・・・・・」

「お前と違って私の大事な息子であった、か?」

「・・・・・・・・・」


言葉を先回りして言われ、昌浩は口を噤んだ。
そんな昌浩を見て、業啓の顔が醜い笑みに歪んだ。
そんな中、厳しい表情を作った晴明も重ねて同じ問いかけをした。


「わしからも聞きたい。業啓、何故輝陽の魂をその剣に喰わせた?」

「何故、何故?ははっ、はははっ!あっはっはっはっは!愚かだ、愚かすぎるな人間!!」

「・・・・・・『人間』?」


嘲笑を上げる業啓に苦い顔をしていた晴明は、ふと引っかかりのある言葉を聞きとがめて眉を微かに動かした。
そんな晴明の疑問に気がついたのか、業啓は今までにないくらい凶悪な笑みをその顔に浮かべて答えた。


「あぁ、人間といったのだよ、安倍晴明」


にたりと、その口が弧を描き、そして裂ける。
今まで業啓が浮かべていたどの笑みよりも、それは異質なものであった。
晴明や昌浩、十二神将達はその笑みを見て、その警戒心を一気に引き上げた。


「不思議に思うだろう?いくら剣の贄を求めるとはいえ、実の息子の魂をそれにあてがうなどと・・・・・狂気の沙汰でしかないと、そう思うだろう?」

「・・・・・・・・・・・」

「はっ、ははっ!当然だ、私はあれの実の親ではないからなぁ・・・・・」

「!?一体、どういう意味じゃ?」

「くっくっくっ!どういうも何も言ったままの意味さ、安倍晴明。この男はもうとっくの昔に死んでいるのだよ。これは影。あの男を基に作り出した形だけの幻・・・・・・・」


ずるり・・・・・と、業啓で『あった』それが、形を大きく崩した。黒い影の塊のようなものがぐねぐねと波打ち、再び形どる。が、そこに姿を現したのは全く身に覚えのない女の姿であった。


「そう、私は私が喰らい殺した者達の姿、性情、仕草・・・・・全て本人そっくりの姿を形どらせることができるわ」

「例えば、老婆じゃったり」

「まだいとけないおさなごだったり」

「そう、たった今喰ってやったこの子どもだったり、な」


それは言葉どおりの姿を形作っていく。
初めの女の姿から老婆、五つにも満たない稚児、そして先ほどその魂を喰われて死した輝陽そのものの姿に―――――。

そこで漸く晴明達は『私』と名乗るものの真なる正体に気づいた。それは―――


「お主の正体は、その剣か!」

「ご名答だ。安倍晴明」


それは晴明の言葉を肯定した。









輝陽の姿から再び業啓の姿をとったそれ―――狂姫という名の剣は嘲りの笑みをその口元に浮かべた。











※言い訳
あ、あと1話!次回で終わらせます!!このカミングアウトのシーンは随分前から考えてはいたのですが、今回漸く辿り着くことができました!あ〜、長かった・・・・・。連載開始時は10話程度で終わらせるつもりなんでしたけどね・・・・・ははっ、もうそろそろ20話になってしまう・・・・・・。
今回は短めになってしまいましたが、まぁ区切りがよかったもので・・・・・。ここで区切らないと本当に最後までいっちゃうし;;とりあえず、近いうちに最終話も書き上げたいと思います。



2007/7/27