【双龍の寵愛を受けしもの・番外編】

 

 

さわり・・・。さわり・・・・。

木の葉の擦れ合う音のみが支配する空間。

その空間の中、ぽつりと置かれた大きな岩の上に人影が一つ。

宵闇色の長い髪をそよ風に靡かせながら、その人影は周囲の音に耳を澄ませるかのように瞑目している。

さわり・・・・・・・。

ふいに風が止んだ。それと同時にその人影の背後に、もう一つ人影が生じた。

 

「澪(みお)・・・・・」

「・・・・・晶霞、ですか?」

 

新しく現れた人影――白銀の長い髪をした妖、晶霞は岩へと腰掛けている宵闇色の長い髪をした人影――澪へと声を掛けた。

晶霞に声を掛けられた澪はそれまで閉じていた目を開け、すいっと紫がかった青い瞳を晶霞へと向けてきた。

 

「珍しいですね、貴女が動くなんて・・・・。その存在を悟らせないためにも身を潜めていたのではないのですか?」

 

凌壽が血眼になって探していましたよ?と、澪は何てことはないような口調で話した。

そんな澪の言葉に、晶霞は怪訝そうな表情で問い返した。

 

「あれがここを訪れたのか・・・・・?」

「それこそまさかですよ。あの子が私の居所を知っていようと、私に手が出せるわけがありません。何せ私にはこの国でも指折りの神が二人、背後についているのです。どうして火傷をするとわかっていて手が出せましょうか?」

「それも、そうだな・・・・」

 

晶霞は今いる場所――貴船に居所を構える二人の神を思い出し、確かに手は出せないだろうなと思った。

何せ澪は彼らの大のお気に入りである。手を出そうものなら、その仕返しは何万倍にも増して跳ね返ってくるだろう。

納得したように頷く晶霞に、澪はくすりと笑みを零した。そして「それに・・・」と言葉を続けた。

 

「あの子が私に敵うとでも?・・・それこそありえない。凌壽ごとき若輩者が私に歯向かおうとすること自体が間違っているのですよ」

 

澪の夜明けを思わせる深い色合いの瞳に、ちらりと冷徹にして玲瓏とした光が灯る。瞬間、当たり一帯を凄絶な妖気が取り巻いた。

晶霞は間近で発せられた強大な気にはっと息を呑み、無意識に一歩後退りした。

外見や話し易さで忘れがちではあるが、澪は一族の中でも割と古参の方に分類される。それこそ晶霞や凌壽などよりもずっと長い年月を生きてきたのだ。

そして澪は一族の中でも最強と謳われている。その身は一族の下を離れて久しいが、その強さは実しやかに語り継がれている。

そう、間違っても一族の中ではどちらかというと新参者に分類される彼女らに遅れをとったりはしないだろう。その証拠に、いま澪の放っている妖気は晶霞のそれを遥かに上回っていた。

しかしその妖気も次の瞬間には塵へと還るように霧散していった。

 

「さて、余談はこれくらいにして・・・・用件は一体何ですか?晶霞」

 

居住まいを直し、澪はそう晶霞へと問い掛けた。

そこで漸く自分がここを訪れた目的を思い出した晶霞は、その用件を改めて口にすることにした。

 

「頼みごとを一つ、お願いに・・・・・」

「頼みごと?晶霞のお願いなんて珍しいですね」

「何分この状況で、私自身が動くことができない・・・・・。それでお願いについてだが、澪は私の息子のことは知っているか?」

「息子・・・?あぁ、そう言えば人間との間に一人、生まれたと言っていましたね」

 

澪は過去の(でもつい最近の)記憶を手繰り寄せ、それがどうかしたのかと逆に問い返した。

晶霞はそれに無言で頷くと言葉を続けた。

 

「我が頼みごとはその息子――名を晴明と言うのだが、彼についてだ。近々あの子の末の孫が生まれてくる予定だ。だがその赤子はもう母親の腹の中で息絶えている。・・・・その赤子の中に入り、その赤子の宿命を代替わりしては貰えないだろうか・・・・・」

「それはつまり・・・・私がその死した赤子の魂の代わりに、その子として生を全うしろと?」

 

すぅっと目を細めて聞いてくる澪に、晶霞は肯定の意を込めて首を縦に振った。

 

「・・・・・あぁ、誠に勝手ながらで申し訳ないがそういうことになる。その生まれてくるはずだった赤子は、とても大きな宿命を背負っていた。それこそ天をも動かすくらいに・・・・。その子どもは将来私の息子の補佐の役目をも担っていた」

「でも死んでしまった?」

「あぁ、予定外のことだったのだろう。全く、人という生き物は悉く天の意向から外れる生き物なのだな。・・・・私は、これから本格的に身を隠さねばならない。どうか、頼めないだろうか・・・?」

 

晶霞は憂い顔で澪を見る。そこには彼女らしからぬ縋るような雰囲気も微弱ながらに含まれていた。

そんな晶霞の顔を黙って見つめ、澪はしばらくの間沈黙を保った。

無言の時が、静かに流れていく。しかしそれも澪が大きく息を吐くまでであった。

はぁ・・・・。と深く息を吐いた澪は、仕方がないなと言わんばかりの目で晶霞を見返してきた。

 

「・・・・いいですよ、同胞たっての頼みです。引き受けましょう」

「・・・すまない。迷惑をかける」

「別に、構いませんよ。可愛い晶霞の滅多にないお願い事です。聞いてあげたくなるじゃありませんか」

 

ふっと目元を緩めて澪は笑った。

そんな澪を見て、晶霞はほっと安堵の息を吐いた。

 

「ありがとう・・・・・」

 

晶霞はもう一度だけ礼を告げると、静かにその場を去っていった。

澪はそれを見送った後、やれやれと息を吐きながら立ち上がった。

 

「さて、晶霞のお願いを聞くためにも、淤加美神を説得しなければなりませんね・・・・・」

 

全く骨の折れることです。

 

澪はそう愚痴めいた呟きを漏らした後、しばらくの間暇(いとま)を貰うべく仕える主達の許へと向かうのであった――――――。

 

 

 

 

 

 

*呟き*

澪が昌浩として生を受ける前のお話。澪は普段貴船にいます。

あ、澪は男か女かで悩んだのですが、ここは男でお願いします。丁寧な口調の男性って感じで・・・・雰囲気としては十二神将の太裳あたりに似ていますが、どことなく冷たい部分もある。みたいな・・・・。