【久遠の光華・番外編】

 

 

「ちょっと、晴明!一体どういうことなのよっ!!」

 

そう言って晴明の部屋へとずかずかと上がりこんできたのは、紫みを帯びた銀色の髪を高い位置で結い上げている神将――舜麗であった。

その秀麗な顔は、今や怒りできついものへと歪められている。

 

「舜麗・・・・一体どうしたのじゃ?」

「どうしたもこうしたも・・・・昌浩の見鬼の才を封じるって本当なの?!」

「あぁ、そのことか。本当じゃよ・・・・今のあの子にとって、あの力は過ぎたものじゃ。つい先日、どこぞの妖に池へと突き落とされそうになったじゃろう?あの子が己の持つ力に振り回されないくらいに成長するまで、封じることに決めたのじゃ」

 

晴明は舜麗の問いに、神妙な顔で答えた。

舜麗は晴明の言葉を聞き、つい数日前に起こったことを振り返る。そう、昌浩が池に突き落とされかけた件のことだ。

あの時は間一髪で紅蓮が落下するのを防いだとはいえ、いつまた同じ様なことがあるとはわからない。

この事件の後に、安倍邸を取り囲むように強固な結界が織り成された。そう、今回のような悪さをする妖の進入を阻むためと、昌浩の力が外へと漏れないようにするためである。

舜麗はそれらのことを思い出し、苦い表情を作った。

確かに、昌浩の命の安全を図るならばそれは決して間違いではないだろう。

そう理性ではわかっているのだが、肝心の感情面が納得しない。

昌浩は舜麗のお気に入りなのだ。

元々舜麗は可愛いもの好きである。もちろんまだ頑是無い子どもである昌浩も、その範囲に十分に収まった。

さらに長く付き合う(と言っても、出会ってからまだ一年も経ってはいなかったが)ようになってからは、可愛い云々を差し引いてもその幼子を気に入るようになっていたのだ。

その子どもが自分や、他の神将達の姿が見えなくなる。それは舜麗にとっては『面白くない』ことであった。

と、そこで舜麗ははっとあることに気がついた。

 

「そ、うだ・・・・紅蓮!紅蓮は?今回のことを承諾したの??」

 

あの赤子を誰よりも愛しんでいた紅い姿が脳裏に過ぎる。彼の神将が今回の件を一番反対するだろう。

しかし舜麗のそんな思惑も、晴明が首を縦に振ったこと裏切られた。

 

「うそ!紅蓮が承諾したっていうの?!だって、昌浩の傍にずっといたのは紅蓮でしょ?なのに昌浩が紅蓮のことを見えなくなるっていったら・・・・・・」

「舜麗。あやつは承諾してくれたよ。それが昌浩のためであるならばと・・・・本当は誰よりも反対したいじゃろうに、散々悩んだ末にそう答えを出したのじゃよ」

「そんな・・・・。紅蓮、昌浩に会って変われたのに、その昌浩を取り上げるっていうの?!」

 

幼子を目に収めて優しげに笑う火将の姿が思い出される。昌浩・・・と、とても温かみのある口調で幼子の名を呼んでいた。幼子の一挙一動に、普段は滅多に動かさない表情を大きく動かしていたのも・・・・・全部、全部全部!あの子どもの存在があってこそなのだ。

そんな子どもの眼を取り上げるということは、例え火将の姿がその隣にあったとしても気づくことができないということだ。そんなの、残酷すぎる。

 

「・・・わしはこれ以上は弁解はせん。もう既に決まったことじゃ、日を選んであの子の眼と力を共に封じる」

「―――っ!」

「舜麗よ、お主の心は如何に?」

 

すっと細められた晴明の目が、ひたと舜麗へと向けられた。

舜麗は散々逡巡した後、特大に深い溜息を吐くと首を縦に振った。

 

「了承するわ・・・・・。紅蓮が我慢して、私が我慢しないなんて、そんなのおかしいじゃない。あの子が眼と力を取り戻す日を心から待つことにするわ」

「そうか・・・・わかってくれて何よりじゃよ」

 

晴明は舜麗の言葉に、ほっと安心したように目元を緩めた。

緊張していた空気が緩んでいく―――。

 

「それじゃあ!昌浩の力が封じるまで構って構って構い倒しましょうか!紅蓮も一緒に・・・三人で精々楽しませてもらうわ」

 

とうとう開き直ったのか、舜麗はそう明るい口調で宣言するとにっこりと笑った。

晴明も口元を綻ばせて笑い返した。

 

「あぁ、行って来なさい」

「ふふっ!たっぷり遊ぶわよ〜。覚悟しなさい!昌浩!!」

 

舜麗はそう力強く宣言すると、子どもが紅い神将と共にいるであろう部屋へと軽やかな足取りで向かっていったのであった。

 

 

その三日後、子どもの見鬼の才は封じられた―――――。

 

 

 

 

 

 

*呟き*

時間軸的には文中にもあったように、昌浩が見鬼の才を封じられる直前あたり。ちょこっとだけ原作とは違う流れで。今回は舜麗メインで書いてみました。昌浩と紅蓮は影どころか全く出てきませんでした;;