【黒昌浩】

 

 

「全く、どうしてあの直丁が晴明様の跡継ぎなどと言われているのか・・・・・甚だ理解に苦しむな」

 

「本当にな。晴明様も一体何を考えているのやら・・・・・」

 

「もしかして、お歳を召しすぎて判断力が鈍られたのかもしれないな」

 

「それは心配だな・・・・。晴明様のお力は今も健在なのだろうか?今調伏なされている妖はどのようなものであるのか、一度見てみたいものだな」

 

「全くだ」

 

はっはっはっ!と笑い声が響く中、彼らの視覚でその話を立ち聞きしていた人影が一つ。

その人影は悔しそうにぎりりと拳を握り締めると、さっとその場で踵を返した―――――。

 

 

 

 

時刻も夕刻となり、安倍邸へ昌浩と物の怪が帰って来た。

 

「あ、おかえりなさい。昌浩、もっくん」

「ただいま、彰子」

 

昌浩は彰子ににこりと微笑むと、そのまま自室へと向かった。

彰子はそんな昌浩を見てぱちくりと不思議そうに瞬き、次いでその場に残っていた物の怪へと視線を向ける。

そして思った疑問を口にしてみた。

 

「昌浩・・・・機嫌が悪いの?」

「あ〜、そうだな。いいとは言えないだろうな・・・・」

 

白い尾をひょんと振りつつ、物の怪は視線をあらぬ方向へと泳がせて答える。

そんな物の怪に益々彰子は首を傾げたのであるが、物の怪がそれ以上口を開くことはなかった。

 

 

 

 

一方、そそくさと己の部屋へ向かった昌浩はというと、紙や硯や筆やらを取り出して何やらがさごそと行っている。

彰子と別れた物の怪が、そんなところへやって来た。

 

「おい、彰子も不振そうにしてだぞ?」

「・・・・・・・」

 

しかし昌浩は物の怪の言葉に反応を返さない。

物の怪はそんな昌浩の様子に呆れたように溜息を吐いた。

そうして、しばらく何やら作業を行っていた昌浩は、一段落ついたのかその手を止めた。

 

「よし、後はこれを・・・・」

「おい、晴明の孫」

「あ゛?」

「・・・・イヤ、ナンデモナイデス」

 

昌浩はいつもの如く「孫言うな!」とは返さず、ぎろりと鋭い視線で物の怪を睨み返してきた。

物の怪はそれに反射的に片言で言葉を返した。

怖い。目の瞳孔が完全に開いちゃってるし!

機嫌の悪い時には、間違っても禁句は言ってはならないと学習した物の怪であった。

 

「あー、と。で?その手にある札はどうするんだ?」

 

何か黒い空気がねっとりと絡み付いてくるのを意識の外へと追いやり、物の怪は苦しげながらも話題転換をした。まぁ、この場合はそれで正解なのであるが・・・・・・。

じと〜っと物の怪を睨んでいた昌浩は、その物の怪の質問を受けて己の手元へと視線を落とした。

何やら色々とごちゃごちゃ書き込まれている紙片が数枚、そこにはあった。

 

「これ?」

「お、おぅ;;」

 

手に持った紙片をひらひらと振ってみせる昌浩に、物の怪はこくりと頷いて返した。

昌浩は改めて視線を紙片に落とした後、ふっと(どこか含んだものがある)笑みを浮かべた。

 

「いや〜、丁度新しい術の練習をしようと思ってさ。それで作ってみたんだ♪」

「・・・・ちなみにどんな?」

「ん?ちょっと自分の思い描いたとおりの夢を他の人に見せる術v」

 

口調こそ明るいが、そこに浮かべられた笑みはひどく寒々しいものであった。

物の怪はそんな昌浩の顔を見て、ずささぁーっ!と後退りをした。

目が・・・目がこれっぽっちも笑っていない。

そんな物の怪の反応を無視して、昌浩は手に乗せた紙片へとふぅっと息を吹きかけた。

すると紙片はみるみるうちにその姿を変形させ蝶の姿になると、どこへともなくひらひらと飛んでいった。

昌浩はそれを見送ると、今度こそ『にやり』と笑った。

 

「ふふっ!結果が楽しみ」

「・・・一体どんな夢を見させようとしてるんだ?」

「え?とってもつまんないものだよ?ただ、俺の過去に対峙した妖を見せてあげようかと思って。あれってなかなかに会えるものでもないでしょ?」

「お前、夢の中で相手を殺すつもりかよ・・・・・;;」

 

物の怪は昌浩の言葉にげんなりとする。

昌浩が過去に遭遇した妖(もどきも含め)はと言うと、大陸で名を轟かせていた妖とか、人の死体に乗り移って行動していた奴とか、神に通ずる力を有した妖とか、神話の中に出てくるような化け物とか・・・・・碌なものがない。

そんな恐ろしいものを(夢の中とはいえ)見ろと?

 

「やだなぁ、もっくん。本人達が言ってたことでしょ?晴明様が調伏を行った妖とは、一体どのようなものなのか見てみたいって。本人達の希望を叶えて上げたんだし、俺って親切v」

「まぁ、確かにあの物言いはかなり腹立ったが・・・・・」

 

物の怪は先の陰陽寮の者達の言葉を思い出し、怒りを再沸騰させた。

でしょ?と昌浩も相槌を打つ。

 

「じい様が陰でどれくらい大変な思いをしていたか、間接的とはいえ知って貰わないとね。(そして夢の中で何べんも殺されろv)」

「(最後に何か伏せられた声が聞こえたような・・・・・・)まぁ、実際に死ぬわけじゃあないしな」

「そうそう。死ぬわけじゃないんだしね♪」

 

誰がやったのかさえばれなければ問題ないでしょ?と昌浩はそれはもう綺麗な笑みを浮かべてそうのたまったのであった。

 

 

 

その後、昌浩の目の前で晴明の悪口を言った者達は、それから七夜、虎の四肢に鷲の翼を生やした妖に襲われたり、黄泉から這い出てくる異形の者達に襲われたり、大きな鳥の妖に襲われたり、八つの頭を持った蛇にもにた巨大な妖に襲われたりする夢を見て苦しんだとか―――――まぁ、自業自得である。

 

 

 

俺、自分のことをとやかく言われるのは気にしないけど、関係のない周りの人達の悪口まで言うんだったら見逃せないからね?

そして今日もまた、自業自得の果てに犠牲者が増えていく―――――。

 

 

 

 

 

 

 

*呟き*

黒昌浩話。このお話の時間軸は河神編の後になります。

陰でじい様の悪口(しかも自分のせい)を言われたことに我慢ならなかった昌浩は、邸へと帰ると即行で報復行為へと走ります。肝心の晴明が気づかないはずもないのでしょうが、そこは孫が自分のために怒ってくれているのだと喜んで、取り敢えずその行いには目を瞑ります。

昌浩達が倒している妖って、どう見ても昌浩達でないと手に負えないレベルの相手ですよね?間違っても人をやっかんでいるような暇がある平な陰陽師にどうこうできるはずがない。はっ!いい気味。(ヲイ;)