【青年昌浩】

 

 

 

「―――人の子よ、お前は老いというものをどう思う?」

 

 

上物の酒が注がれた杯を片手に、貴船の祭神は唐突にそんな質問を投げかける。

問うた先は隣で酒注ぎ役をしている青年―――昌浩であった。

 

 

「老い、ですか・・・・?」

 

 

昌浩は空に浮かぶ弦月から視線を彼の神へと移し、その問いを反芻した。

この神は時折こうして昌浩に取り留めもない話を振ってくる。そこにどのような思惑があるのかは、人の身である昌浩には到底理解の及ばないことであった。

 

 

「そうだ。我ら神は老いることはない。余程愚かな真似をしない限り、悠久の時をただ惰性的に過ごしていくのみ・・・・・故に老いというものを知らぬ」

 

 

老いるという現象は、人や動物、植物などにのみ与えられたものである。その枠組みから外れている己は知識としてはわかっていても、それに連なる思惑などは到底理解の及ばぬところである。

そんな考えがふと過ぎり、そのまま疑問を口に上らせていた。

さて、この子どもは如何に答えるのか・・・・・。

子ども(その子どもが少しばかり年を経て青年になったとしても、彼の神にしてみれば十分に子どもの域だ)はしばらく思案する風を見せていたが、徐に口を開いた。

 

 

「―――他の人はどう思っているかはわかりませんが・・・・・俺は年月と経験、そして記憶の積み重ねのこと、だと思います」

「ほう?」

「普通、老いといえば身体のことでしょうが、高於の神が俺に聞きたいことはそういった意味ではないのでしょう?ですから、俺は先ほど述べたことが老いだと思います」

 

 

昌浩は彼の神の眼を真っ直ぐと見据えながら、そう答えた。

高於はそんな昌浩の返答に、面白そうに口の端を緩く持ち上げた。

 

 

「確かに、我が聞いた老いとは身体的なことではないな。・・・・では、お前は何故老いとは年月や経験、記憶の積み重ねだと思うのだ?」

「そうですね・・・この考えはじい様が一番の要因になりますね」

「晴明か?」

 

どうしてそこで子どもの祖父である晴明の名が出るのかと、高於はやや興味深そうに眉を動かした。

昌浩は高於の言葉に頷き返した。

 

 

「はい。高於の神もご存知かとは思いますが、じい様は離魂の術を使った時には若い頃の姿になります」

「あぁ、そうだな」

「ですがやはり俺にとってじい様はじい様なんです。普段のじい様であろうが、若い頃のじい様であろうが、俺にとってはただ一人の祖父であることには変わりありません」

「―――それが?先ほど言ったこととどう繋がる?」

 

 

何となくではあるが子どもの言いたい事を察した高於は、けれども敢えて子どもに再三説明を求めた。

急かすわけでもなく、けれどもその意識ははっきりと向けてくる神に昌浩は説明を続けた。

 

 

「ですから、じい様から身体の老いという要素を除いて、それで老いているという要素を挙げるとしたら先ほどの答えとなるわけです。年を一年一年積み重ね、経験を一つ一つ積み重ね、そして記憶を一つ一つ積み重ねていく。それを繰り返すことが老いだと思います」

「なるほど。ではその理論だとお前も老いているということになるな」

「はい。生まれたての赤子に比べれば、俺も十分に老いているといえるでしょう」

「違いない」

 

 

確かに、生まれたての赤子に比べたら、まだ二十数年ぽっちしか生きていない昌浩でも老いているといえるだろう。

そう思考に耽っていた高於の耳に、ふいに子どもの声が飛び込んできた。

 

 

「・・・・・ですから、俺は神もまた、老いていると思います」

「・・・・・・・」

 

 

子どもの言葉に、高於は驚いたように僅かに目を開き、しかし確かに子どもの述べた条件であれば己にも十分に適用されると納得した。

 

 

「なるほどな。そう考えたのなら我ら神も老いているということか・・・・・・なかなか面白いものの考え方だな」

「樹木などは俺達人よりもずっと長生きです。二百年や三百年など軽く超えて、長く生きている木も沢山あるでしょう。百年にも満たない俺達よりもずっと長く生きます。・・・けれど、そんな木でもいずれは枯れるなり切り倒されるなりで死を迎えるでしょう。神は・・・・それよりももっと長生きです、けれども長き年月の先にも死があるということを俺は知っています」

 

 

昌浩はそう語りつつ、彼の身近にいる神達――十二神将達を思い出す。

彼らもまた神。けれど彼らも死することがあるということを昌浩は十分に知っている。そう、一度己が手でその命を奪ったことさえあるのだから・・・・・。

 

 

「例えどれだけ気の遠くなるような年月を経ようと、死という終わりがあるかぎり、それまでの道のりは老いというものに当て嵌まると、俺はそう思います・・・・・」

「―――子ども、お前は私の期待を本当に裏切らないな。神もまた老いていくか・・・・面白い。そのような考え方があるとは思ってもいなかったな。こういったことを人は何と称したか・・・・・あぁ、目から鱗がおちるという言葉があったな。気分は正しくそれだな」

「はぁ・・・・参考になったかどうかはわかりませんが、そう思っていただけたら幸いです」

 

 

何やら面白げに笑う神を、昌浩はどこか釈然としない表情ながらも眺めていた。

 

 

 

 

こうして彼らの月下の宴の時間は過ぎていくのであった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

*呟き*

今回は青年昌浩のお話。高於の神との絡みがある話が大好きです!ゲームとかやっていて無茶苦茶喜びましたから!!

話の内容自体はシリアスというか、堅苦しいというか・・・・まぁ、一番書きたかったことは”酒を飲む高於とそれにお付き合いする昌浩”です!これを書きたいがために書き上げたようなものです。えぇ、趣味に走って申し訳ありません。