〜宵の時雨〜








       さぁさぁと薄い紗のように細かい雨が降っている。
       「昌浩達、そろそろ帰って来るかしら?」
       外の様子を見ながら彰子がぽつりと呟く。
       ここは安倍邸。彰子は安倍邸の昌浩の自室で昌浩と物の怪の帰りを待っていた。
       今はちようど子の刻を過ぎた時間。一刻程前から雨が降り始めている。
       
       カタッ・・・・・・・・

       「昌浩?」
       かすかな物音を聞きつけて、彰子は雨を拭くための手ぬぐいを持って静かに立ち上
       がった。
       「うわぁ、いきなり雨が降ってきたからなぁ・・・・・・びしょびしょだね」
       「そうだな」
       塀を乗り越え、物音を出来るだけ立てないように気配りしながら、昌浩と物の怪は屋
       敷の中に入る。
       と、人の気配を感じて昌浩が視線を向けると、そこには手ぬぐいを持った彰子が立っ
       ていた。
       「お帰りなさい、昌浩」
       「彰子!」
       「はい、これで拭いてね」
       「ありがとう」
       昌浩は彰子から手ぬぐいを受け取り、それで水気を拭き取る。
       物の怪は足元で犬か猫のようにぶるぶると頭などを振って水気を飛ばしている。


       「・・・・・・・あ、あのさ。彰子?」
       「なに?昌浩??」
       「えっと、毎晩こうして起きて待っていてくれるのはうれしいけどさ、やっぱり悪いから
       先に寝てて・・・・・・・・」
       「いやよ」
       大変言いづらそうに口篭もりながら話す昌浩の言葉を彰子は途中で遮り、一言で一
       蹴してしまった。
       「・・・・・・・なんで?」
       にっこりと笑っているものも、その頑なな様子に昌浩は思わず問いかけた。
       「・・・・・・だって、昌浩に『お帰りなさい』って言いたいの・・・・・・・」
       「彰子・・・・・・・・」
       昌浩は、自分にたった一言を言うがために夜遅くまで起きて待っていてくれている
       彰子に、申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちで胸がいっぱいになった。
       「だって、私には昌浩にそれ位しかして上げられることが出来ないもの・・・・・」
       「彰子?」
       今まで明るく話していた彰子が急に俯いて力の無い声で話す様子に昌浩は心配げ
       に声をかける。
       「いつも守ってもらってばかりで、私は何もしてあげられない・・・・・」
       
       足手まといなのは知っている・・・・・―――――

       彰子は俯いたまま、膝の上で手を握りしめる。


       「そんなことない」
       「・・・・・・え?」
       俯いたまま顔を上げる様子の無い彰子に、昌浩は常の声より幾分か厳しさを含んだ
       ものできっぱりと言い切った。
       「そんなことない。彰子は十分に俺達のことを気に掛けてくれてるし、こうして俺達の
       帰りを何も言わずに待ってくれせてる」
       「けどっ!」
       なおも言い募ろうとする彰子を昌浩は真っ直ぐな眼差しを向けることで制す。
       「彰子は彰子なりに考えた上で出来ることをしたんだろ?俺達だって同じだよ。自分
       に出来る限りのことをする。それが俺達が夜に見回りに出て霊を調伏することであ
       り、彰子が俺達の帰りを待ってくれいてることだろ?」
       昌浩の言葉に彰子は黙って頷くことによって返事をする。
       「だったらそれでいいと思うよ?俺だって都を守る、なんて大層な事は言えないけ
       ど、それでも自分が守るって決めた人は守り通したいと思う。ようはこうしたいってい
       う気持ちを持つことなんじゃないかな?」
       「そ、うね・・・・えぇ。そう在りたいって思う気持ちが大切よね?」
       「そうだよ!」
       ようやく気分を上昇させた彰子に、昌浩は嬉しそうに頷く。
       「それじゃあ、私が昌浩達の帰りを待っていてもいいでしょう?」
       「え゛っ!?あー・・・・・・その・・・・・・」
       「・・・・・・・だめなの?」
       口篭る昌浩に彰子は哀しげに眼を揺らす。
       「・・・・・・・・だめってことないよ?彰子がそれでいいっていうのなら構わない
       し・・・・・・・」
       そこで昌浩はおもむろに視線を巡らせる。
       「ただ、彰子が寝不足になったり、風邪をひかれたりされるのが俺が嫌なんだ」
       そこで目的のものを見つけて昌浩はそれを手に取る。それは一枚の桂。
       手に取った桂をふわりとやさしく彰子にかける。
       「だから無茶とかだけはしないでほしい・・・・・」
       桂を軽くかけてやった肩に手を置き、昌浩は真剣な眼差しで彰子を見つめながら言
       った。


       「昌浩・・・・・・・・・・」
       「頼む、彰子」
       神妙な昌浩の表情に自分のことを気遣ってくれていることがわかり、明子は胸がい
       っぱいになるのを感じた。
       「わかった。無茶はしないから、昌浩も無茶しないでね?」
       「もちろんだよ彰子」
       二人の間に流れる空気がやや張り詰めたものから、暖かく穏やかなものになる。
       「それじあ、もう寝たほうがいい」
       「そうね・・・・・・おやすみなさい昌浩」
       「うん。おやすみ彰子」
       二人は微笑み合いながらおやすみの挨拶を交わす。



       足手まといなのは知っている――――――。


       だから、せめて『お帰りなさい』と言わせてください・・・・・・・・・。












       ※言い訳
       1000hit記念に書いたフリー小説。
       この小説はお持ち帰り自由です、どうぞ持ち帰ってください。
       一応ほのぼのを目指して書いてみました。
       なんか、もっくんの存在感が果てしなく薄いような・・・・・・。
       ※ちなみに、お持ち帰りをする際は掲示板などで知らせてもらえれば幸いです。

       2005/4/30