Patna rhei    こちらフリー文です。よければどうぞ。



ソラが落ちる。
目に飛び込んでくるのはただ禍々しい光だけ。
人々の嘆き、平和への願いが込められていたはずのその墓標は、
人の愚かさをあざ笑うかのごとく頭上にその姿を現していた。



* * * * * * *



かりそめの平和だと薄々感じていたのかもしれない。
2年間というもの、この太平洋に浮かぶ小島で穏やかすぎるほどの日々を過ごしてきた。
優しい人々に囲まれて過ごす日々。
時折訪れる砂色の髪を持つきょうだいの言葉に耳を傾け、
優しい歌姫が誰にともなく歌う美しい歌を聞く。
元気に遊び、家事を手伝い、勉強する子どもたちの相手をする。
子どもたちがなついてくれるのは素直に嬉しかったけれど、
心の片隅にいつもちくりと刺すような痛みを感じていたのも事実。
この世界のどこかに、この空の下に、
僕が殺した人の子どもたちもまたいるはずだった。





その夜もいつものように浜に出かけて夜空を見上げていた。
美しいけれど思い通りにはならない自然。
茫洋たる海。
一面の星空。
独りで見上げていると体が浮き上がって吸い込まれ、消えていくような気がした。
自分が溶けてなくなる感覚。
人間という存在の卑小さ。
そして宇宙空間に独りで漂っているときとも違う圧迫感に襲われる。
それは、太古の昔に自分たちを育んだモノへの畏怖。

その中で毎夜見上げ続けたのは星を見るためだった。
異様な数の流星。堕ちつづける星。
自分の犯した罪の証。


天の一点から四方へ、星は長く長く尾を引いて堕ちてゆく。
存在を主張しつつも一瞬で消えてゆく光。
あのうちのいくつが自分の手によって壊されたものだったのだろうか。

戦争は終わったとはいえ、状況が改善されたわけではなかった。
残り火はなおもくすぶり続けている。コーディネーターとナチュラルの確執は未だなくならない。
失われた命は永遠に戻らず、嘆きの声はいや増すばかり。



・・・僕は憎しみの連鎖を新たに作り出しただけだ。




細く長く堕ちてゆく光が無言の叫びを上げる。
ここにある結末に対して。
この結末へと導いた自分に対して。
堕ちゆく星の糾弾に自分は答える術もなく、星の最期を見つめ続ける。
降り積もる罪。


守りたいもののために武器を取った自分。失われた命。
何が正しいことなのか、まだわからない。
死者に捧げる言葉を、僕は知らない。







「キラ、風邪引くぞ」
すぐに声の主は知れた。
「アスラン・・・」
座り込んで背もたれにしている木の側に立つのは、今日の夕方に着いたばかりの友人。
着いた早々から元婚約者に次から次へと用事を言いつけられて、苦笑しながらこなしていたはずだった。
何でもこなせるけれど、でも変なところで不器用で優しい彼。
あの用事はすべて終わったのだろうか。
ほら、と差し出された手をとって立ち上がる。
自分より低いはずの体温が温かく感じられた。彼は、こんなにも優しい。


下弦を少しすぎた月が海の端からのぞいている。遊び疲れた子ども達はすでに寝静まっている時間。
打ち寄せる波の音だけが、あたりの静けさを破っていた。
海に背を向ける前にもう一度だけ空を仰ぐ。

変わらぬ空。
星はまだ堕ちつづけている。







2人肩を並べて歩く。
この2年間でお互い背が伸びたものの、身長差はさしてかわっていない。
一度、僕の方が5ヶ月年上なのにとふざけて言ったら、
キラは昔からそれだな、と苦笑された。
変わらない僕ら。

通い慣れた道はたとえ暗くても目をこらす必要はない。
お互いの足音と息づかいがやけに大きく聞こえる。
家が見えてきたころ、彼は口を開いた。


「先ほどマルキオ導師にもお話ししたんだが・・・」

明日の夕方、オーブの代表首長に従ってプラントに上がる、と言う。
今日はそれを伝えるために来たのだ、と。

「何か、あったの」

公式の訪問ならば、彼がわざわざ伝えにこなくてもニュースで流れているはずだった。

「・・・いや、何も。たいしたことは、ない」

少しの逡巡の末彼は、事態が一向に変わらないだけだとつけ加えた。
ぼんやりと、先頃大西洋連邦の会議があったことを思いだす。
何か、関係があるのだろうか。

「だから、またしばらく来られなくなる。風邪、引くなよ」

ん、大丈夫だよと返す。
彼が来るたびに交わされるやり取り。

そもそもコーディネーターなのだから、そんな簡単に風邪を引くはずもないのだ。
そうわかっていても彼は風邪を引くなよと言い、
僕は大丈夫だよと言う。
変わらないもの。
――――メンデルでの出来事は、まだ話せずにいる。






だんだん高く上ってゆく月が美しく白く輝いている。
一切のケガレを知らないもののように。
そうしてあの月は人々を欺き続けている。
地球からは見ることのできないその裏側に、
ジェネシスによって攻撃された痕を隠して。


月に想起する日々はひどく遠い。
幼かったあのころは、自分たちのまわりだけで世界は完結していた。
彼がいつも側にいて、少し勉強して、一緒に遊んで、ときに叱られて。
自分たちのその生活さえあればあとはどうでもよかった。
そんな日々が、ずっと続くと思っていた。
何と平和な日々。


ここは、あのころから遠いところ。
月があんなに白く大きく見えるものだなんて、ここに来るまでは知らなかった。

月が欲しいとねだるのは、子どものワガママでしかないのだろうか。








家について、子どもたちを起こさないように静かに扉を開ける。
彼が泊まるときは同じ部屋で寝ることになっていた。

「もう眠れるか?」

機械的に眠る支度をする僕。
少し疲れていそうな彼。
大丈夫だよ。すぐにそう答えたら、逆に少し心配そうな顔をされた。
彼をごまかせるわけがない。


本当のところを言えば、眠れるかどうかわからない。
それでも明日の朝早く島を出るはずの彼に気を遣わせたくなかった。
寝たふりでもした方がいいだろうか。
何か言いたそうな顔をする彼におやすみ、と言って2つ並べたベッドの片方に潜る。
明かりを落とした部屋は薄暗い。
彼もあきらめてもう片方のベッドに潜ったようだった。





彼もまた、自分にひどく優しい。
今回だってプラントに上がる前日に来るなんて大変だったに違いないのだ。
星を見上げる自分の気持ちを、彼は何となくわかっているのだろうと思う。
それでも何も口には出さない。
彼にもなにがしかの迷いがあるのは感じていたけれど、彼は彼自身の道を歩んで行こうとしている。ザフトを抜け、今は民間人となっても、オーブの掲げる理想のために力を尽くそうとしている。

それが彼の出した答え。
僕はずっと暗い迷いの海を漂い続けている。光は堕ちゆくばかり。




眠れないときは星を見上げるのがいいと言ったのは誰だっただろう。
隣で彼が立てている寝息を聞く。
カーテンが開けられたままの窓からは空が見えていた。
変わらない空。未だ変わらぬ、自分。
答えはまだ見つからない。



* * * * * * *



ソラが落ちる。
さっきまで海辺で騒いでいた鳥ももうどこかへ行ってしまった。
安全なところを見つけに行ったのだろうか。
ソラは朱に染まっている。何かを思いださせる色。

ゆっくりと墓標は落ちる。
彼の母親もまた、あそこに眠っているはずだった。

「アスラン、君は・・・」

今、どこでどんな思いをしてこれを見ているのだろうか。
あれほど平和のために力を尽くしてきた君は。


逃げまどう人々。
錯綜する情報。
世界は再び混乱へ向かおうとしている。


・・・僕がこの平和をかりそめのものだと思っていたと知ったら、君は何と言うだろうね。



墓標に背を向けて自分を待つ人たちのもとへ歩き出す。
答えを出すべき時が近づいているのを、知る。




[Patna rhei]  変わらないものなんて、ないんだと。



-たまゆらのま- 管理人:カズハ