紅く色づいた葉を一枚摘み取り彼女は呟いた。



もし、自分が眠るなら楓の木の下がいいと。



彼女は楓の木を大層気に入っていた。



だからなのだろうそう言ったのは。



更に彼女は続けてこう言った。



けど、一人で眠るのは寂しいからお前も共に連れて行きたいと。



自分は思った。



彼女が寂しい思いをしないのならばそれでいいと。












古鏡は楓の木の下に眠る













大量に積もったほこりが舞う。


「ごほっ!ごほっ!う゛〜〜」

「おいおい大丈夫かぁ?晴明の孫」

「孫言うなっ!物の怪のもっくん。こんなにほこりっぽかったら咽ずにはいられないよ」

「もっくん言うなっ!・・・・・まぁ、人が使わなくなってからもう三十年も経っているんだろう?仕方ないさ」


そう言いながら物の怪は自分の足元に目をやる。
ほこりが積もりに積もって床は真っ白だった。


「そうなんだけどさ・・・・・」

「おい」


昌浩と物の怪に対して、溜息交じりな声が話しかけてくる。


「何?」

「何だ」


第三者の掛け声に、二人は声のした方へ視線を向ける。
二人の視線の先には少年がいた。


「口ばっかり動かさずに手を動かせ手を」


呆れ口調で言ってくる少年。
黒髪は髷をといて下ろして首の後ろ当たりで一つに束ねており、呆れて伏し目がちに眇められた目も同色の黒。
年の頃は十三・四歳で闇に溶け込みやすい紺の狩衣を纏っている。


「だって・・・・・」

「だって、ではない。文句を言うのはこの口か」

「い、いひゃい;;」

「では、さっさと手を動かせ。探し物を見つけて貰うまでは絶対に家に帰してやらんからな」

「ふぁ〜い」

「良し、わかればいい」


昌浩と少年のそんなやりとりを見ていた物の怪は複雑な表情を浮かべる。


「お前ら・・・・・・」

「ん?何もっくん」

「どうかしたか?」


物の怪の呟きを聞きつけた昌浩と少年は同時に視線を寄越してくる。
そんな二人を見て物の怪は益々複雑な心境に陥る。


「そうして向かい合っていると、本当に双子に見えるぞ」


そんな物の怪の感想に「げっ」と声を上げる昌浩。


「そんなことないやい!というか似てても嬉しくないよ俺」

「うむ。当然だな。吾は彼奴の姿をそのまま写取っているだけだからな。似ていて当たり前だ、というか姿自体はまったく同じだ」


昌浩は嫌そうに眉を顰め、少年は神妙に頷く。
そう、昌浩と向かい合っている少年の姿は、今現在の昌浩そのままのものであった。
というわけで、そんな二人が並んで立っていたなら、何処をどう見ても双子だとしか言いようが無いのである。


「はぁ・・・・・何でこんなやつと関わっちゃったかな――」

「まぁ、そう気落ちするものではないぞ。これも星の巡り会わせだ」

「あんまり嬉しくない」

「吾は非常にありがたいな。こんなガラクタの中からたった一つの物を探し出すなど、一人では何時になっても探し出せん」


そう言うと少年は塗籠の中に視線を投げる。


「ん?でも、三十年も地道に探せばその探し物も見つかったんじゃないのか?」

「何か言ったか?」


昌浩の呟きを聞き取った少年は、にっこりと笑顔を昌浩に向ける。


「いえ、なんでもありません;;」


(眼が笑ってないよ〜;;)


「背後に黒いものを背負ってにっこりと微笑まれては黙り込むしかないではないか。




事のあらましは昌浩達が最早日課となっている夜の見回りから始まる。




                       *    *    *




「待てぇ―――――っ!」


静まり返った夜の大路に怒号が響き渡る。
広い大路を駆け抜ける影が三つ。
影の一つが先陣を走り、後に影が二つ続く。


「ちっ!早いな・・・・・・・・・」

「俺もう息が切れてきそう・・・・・・」


目の前を疾走する影を追いかけ始めてから結構な時間が経っている。
流石の昌浩も疲れ始めていた。


「しっかりしろよなぁ、晴明の孫」

「孫言うなっ!・・・・・はぁ、今更だけど車之輔呼べばよかったなぁ・・・・・・・」

「そんなことしてたら、あいつを見失っちまうぞ?」

「そうだけど・・・・・・・」


尤もなことを言ってくる物の怪に、昌浩はちらりと視線を投げ寄越す。


「しょうがないなぁ・・・・・・・・・
ごめん、もっくん!!

「は?―って、おわぁっ!?」


いきなり謝ってくる昌浩を訝しげに見上げようとした物の怪は、昌浩にむんずっと掴みあげられる。


「お、おいっ!昌浩!!?」

「秘技!もっくん投げ!!!」

どわあぁぁぁっっ!!?


物の怪をぐわしっと掴みあげた昌浩は、こともあろうか前方を疾走する影に向かって『ぶんっ!』と投げ飛ばしたのだ。
投げ飛ばされた物の怪は、疾走する影を飛び越えてその前方に『
ずしゃあぁぁぁぁぁぁっっ!!!』と着地(というか飛び込み)した。目の前に物の怪が落下したことによって、昌浩の前方を走っていた影が急停止することになる。


「―――ふっ、ふふっ・・・・・・・・」


大路のど真ん中で大仰にずっこけさせられた物の怪は、不気味な笑いと共にゆらりと立ち上がる。


「こうなったら、いやでも逃がさないからな?えぇ、おいっ!(怒)」


くわりと牙を剥き、眇められた眼で睨みつけてくる物の怪は、結構迫力があった。
強制的に止められた影は、そんな物の怪の怒気に少し引き気味になる。

(もっくん、八つ当たりだよそれじゃあ・・・・・・・;;)

そんなことを思った昌浩だが、口には出さない。
何故なら、元はといえば自分が物の怪をぶん投げたせいなので、今そんなことを言おうならば怒りの矛先が自分に向いてしまう。


「覚悟しやがれっ!!」

「お、落ち着いてもっくん・・・・・」


憤る物の怪とそれを諌める昌浩。
―――と、二人の耳にくすくすという笑い声が届く。


「―――何がおかしい」


笑い声を漏らす前方の相手を物の怪は睨みつける。


「くっくっくっ!―――いや、すまない。ついおかしくてな」

「なっ!」

「えっ・・・・?」


今まで追いかけていた相手の声を聞いて、昌浩と物の怪は少し驚いたような顔をした。
聞こえてきた声は、ひどく聞きなれたもの。
と、その時今まで隠れていた月が雲から覗き、真っ暗であった大路を薄く蒼白く照らし出す。
月に照らし出された相手の姿を見て、二人は今度こそ驚愕した。


「なんだとっ!?」

「へ?えっ・・・・俺ぇぇっっっ!!?」


そう、月光に照らし出された相手の姿は昌浩そっくり―――いや、今現在の昌浩の姿そのままであった。
二人が驚愕するのを見て、昌浩そっくりの相手はくつりと喉の奥で笑った。


「ふっ、どうやら驚いて貰えたようだな」


昌浩と同じ声ではあるが、相手の方が心持低めの声音でそう話す。


「―――どういった了見だ。貴様、なぜ昌浩の姿をとっている?」


昌浩の姿をしているのが相当気に入らないらしく、物の怪を取り巻く空気が一層剣呑のものになる。


「ん?あぁ、この姿か?あ――、すまない。少々借りらせてもらっている」

「借りらせてって・・・・・・・・・・・」

「いや、姿を借りるのはどちらでもよかったのだが、そちらの姿だと些か首が疲れそうだったのでこちらの姿にした」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」


ふてぶてしいことこの上ない態度で話す偽昌浩(仮)に二人は呆れたように見ている。


「なんと言うか・・・・・・この人(?)が俺の姿をしているのはそっちに置いといて、今まで追いかけてたのが酷く無駄なことをしたと思っちゃったよ俺・・・・・・・」

「同じく」


疲れを滲ませた声音で話す昌浩に物の怪も深く同意する。
そもそも何でこんなやつを追いかけようと思ったんだか。
今となってはその理由も思い出せずにいた。
二人の重々しい空気を偽昌浩が明るい空気で払拭する。


「そう疲労感たっぷりの空気を醸し出すな。こちらとしては用があるからお前らと話をしているんだぞ?」


誰の所為だ誰の!というツッコミが二人の胸中で発せられた。


「ちっ!それを早く言えっての!!こっちは散々追いかけっこさせられる羽目になったんだぞ!?」

「落ち着いてってば、もっくん!―――で、用って何?」


このままでは憤死してしまうのではないかと物の怪を心配しつつ、昌浩は偽昌浩に視線をやる。


「実は俺は九十九神の一種なのだが、まぁそれは置いといて・・・・とても困っているのだ。はっきり言っていつまでも現世に残って妖かぶれなんぞをやっていたくないのだが―――――」


なんか凄いことを言っちゃってくれてる気もしなくはないが、二人はそのまま聞き流すことにする。


「―――困ったこと?」

「左様。用とは困ったことにあたる」

「ならさっさとその困っていることとやらを話せっ!!」


何故か今日の物の怪は大変虫の居所が悪いようだ。
いや、ただ単に相手との相性が悪いだけかもしれない。


「で、だ。困っていることというか、手伝って欲しいことか?がお前たちに俺の本体を探してもらいたいのだ」

「は?」

「そんなの自分で探せ!自分で!!」

「いや、吾も最初の頃はそうしようと思ったのだが、自分自身の気配の所為なのか、本体の気配を自分で探し当てることがどうやらできないらしい」


そんな偽昌浩の言葉に二人とも呆れたような反応を返す。


「はぁ?自分の気配がわからない?」

「なんてはた迷惑な話だ」

「そういうわけで二人には手伝ってもらうぞ」

「なんで手
「手伝ってもらうぞ」

「はい・・・・・」


半ば強制的に昌浩と物の怪は探しものの手伝いをさせられる羽目になった。


「吾は真映<しんえい>だ。」

「俺の名前は昌浩。で、こっちが物の怪のもっくん」


そう言いながら昌浩は物の怪を眼の高さまで持ち上げる。


「もっくん言うなっ!晴明の孫」

「孫言うなっ!!」

「うむ。よろしく頼むぞ昌浩ともっくんとやら」

「だからっ―――――はぁ・・・・・・・・・」


どうやら物の怪は訂正させる気力も失せてしまったようだ。


「で、探し物の探す場所の当てはあるのか?」

「ある」

「何処?」

「この邸の塗籠だ」

「は?」

「えっ、ここ?」


真映の示した場所は昌浩達の目の前にある邸だった。





そして冒頭に戻る。





                            *    *    *





「っ!あ゛――っ、こんな地道に探してたら夜が明けちゃうよ!」


流石に大量に山積みになっている箱やらなんやらの中から一つの物を探し出すのは至難の業だ。


「う――ん・・・・・あっ!そうだ昌浩。お前がこいつの気配をこの物の山の中から探し出せばいいんじゃないのか?」

「え?俺が?」

「確かにこいつ自身は自分の気配が分からないと言っていたが、お前は分かるかもしれないだろ?」

「う――ん、できるかなぁ?まぁ、やってみるか」


昌浩はそう言うと衣の裾の汚れを払って立ち上がる。
物の怪と真映は昌浩の邪魔をしないよう、一旦塗籠の外へ出る。
昌浩は集中するために静かに目を閉じる。
昌浩を中心に凄烈な霊気が広がる。

『どこだ。どこにある?』

昌浩は部屋の中の気配を窺う。――と、ある一点が昌浩の検査網に引っかかる。


「―――!あった!!」

「あったか?」

「何、それは誠か」


昌浩の声に反応して物の怪と真映が塗籠の中に入ってくる。


「うん。この葛篭<つづら>の中から微かだけど真映の気配がした」


昌浩はそう言いながら葛篭の蓋を開け、中から一つの巾着を取り出す。
その巾着を見て真映が微かに眉を動かす。
昌浩は慎重に巾着の紐を解き、中身を取り出す。
巾着の中から出てきたものは一つの鏡。
鏡は綺麗に磨かれていて曇り一つなく、青灰色の縁には桜の花が細やかに掘り込まれている掌に乗るくらいの大きさだった。


「よくぞ吾の本体を見つけてくれた」


鏡をまじまじと見ていた昌浩と物の怪はその声に意識を引き戻して真映を見る。
と、そこに立っていたのは昌浩の姿をした真映ではなく一人の青年。
長い銀髪は後頭部で一つに結んでいて、瞳の色は青灰色。背丈は紅蓮の身長より少し低いがそれでも長身の分類に入るだろう。


「真・・・映?」


昌浩は驚きに目を見開きつつ、戸惑いながら名前を呼んだ。


「そうだ。で、これが吾の本当の姿だ」


そして、昌浩の傍に歩み寄ると昌浩の手の中にある鏡を覗き込む。


「えっと・・・・これで一応探し物は見つかったことになるんだよね?」

「あぁ。探し物に付き合ってくれたことに感謝する。本当にありがとう」

「で?俺達に本体を見つけさせてお前は何がしたいんだ?」


物の怪は斜に構えて真映に問い掛ける。
真映はそれに一つ頷き、ゆっくりと口を開いた。


「先も言ったが、吾は何時までも現世に居るつもりはないし、さっさと眠りにつきたい」

「それと本体を見つけることにどう関係があるんだ?」

「うむ。まぁ、眠りにつくことに何ら問題はないのだが・・・・場所に問題があってな」

「場所?」

「そう、場所だ。吾の前の持ち主―――名は確か紅葉<もみじ>と言ったか・・・・が居ってな、生前に『一人で眠るのは寂しいからお前も共に連れて行きたい』と言っていたのだ。が、その些細な願いは叶えられず吾はここでほこりをかぶっていると・・・・・まぁ、そんな理由で未だ眠りにつけずにいる」

「・・・・・はあ〜、不遜なお前にそんな殊勝な理由があったなんで意外だな」

「もっくん、その言い方はちょっと酷いんじゃ・・・・」

「何を言うか!詰まる所こいつの前の持ち主の親族が前の持ち主の埋葬の時にこいつを一緒にするのを忘れた所為で、何十年も後に俺達がこんな迷惑をこうむる羽目になったんだぞ!!」

「はいはい、分かったから少し黙ってて」

「もがもがもが〜〜っ!!」


尚も喋り続けようとする物の怪の口を昌浩は塞ぐ。
じたばたともがく物の怪を押さえつけながら、昌浩は真映に問い掛ける。


「で、後は俺達がすることはないの?」

「ある。最後の頼みだ、聞き届けてくれるか?」

「うん。ここまできたら最後まで付き合うよ」


昌浩の返事を聞いて真映は口元に笑みを浮かべる。


「すまぬな。では、最後の頼みだ。その鏡を庭先にある楓の木の下に埋めてもらいたい」

「この鏡を?」

「そうだ。あの楓の木は彼女のお気に入りだった木だ。彼女の想いもあの木の下に眠っている」

「・・・・・わかった。庭にある楓の木の下だね?」

「頼んだぞ。吾はもう眠りにつく」

「・・・・・・・・うん、必ず」

「ありがとう」


ふっと柔らかな笑みを顔に一瞬浮かべた後、真映は静かに姿を消した。
本体である鏡の中に戻ったのだ。


「・・・・・鏡を埋めに行こうか」

「あぁ」






その後、二人は邸の庭に植えてある楓の木の下に鏡を埋めた。
楓の葉は紅く色づいていて目にも鮮やかだった。
これで漸く<真>実を<映>す鏡は在るべき場所に納まった。








古鏡は楓の木の下に眠る。









楓の紅に包まれながら。









楓と古鏡の想いが漸く一つになる。









願わくば孤高の魂に静かな眠りを―――――















※言い訳
久々の更新です。
早く長編書けって?すみません、中々思い通りの文が書けず思いの外苦戦しております。
今回楓について調べてみて初めて知ったことが、楓の別称が『紅葉』だということです。びっくりしました。
という話を聞いた皆さんはもうお気づきになりましたね?そうです。今回の話の中に出てきた紅葉ちゃんの名前はここからきております。(めっちゃ単純!!)
今回のテーマは「昌浩のそっくりさん」ということでこんな話が出来上がりました。
う〜ん、真映の言葉遣いが今一わかっていません、自分で書いたにもかかわらず。
あぁっ!そこっ!石投げないでください。
次は何をテーマにしようかな・・・・・。

感想などお聞かせください→掲示板

2005/10/8