この掌にいっぱいのお菓子を












「昌浩〜!トリック・オア・トリート!!」





学校から帰ってきたばかりの昌浩を迎えたのは、元気良く紡がれた少女の声だった。


「太陰、いくらなんでも帰ってきたばかりの昌浩にその様なものを強請っても、貰えるはずが・・・・・・・・」


出会い頭にそれはないだろうと諌めの言葉を紡ぐ玄武を他所に、昌浩は制服のポケットに手を突っ込んだ。そして―――


「はい、これあげる」


何か頂戴と言わんばかりに差し出された太陰の掌の上に、ころんと大粒の飴玉が乗せられる。

太陰とその隣にいた玄武はすんなりと寄越された飴玉と、にこにこと笑う昌浩の顔を何度か往復する。
太陰は大きな桔梗色の瞳をぱちくりさせた後、悔しそうに顔を歪めた。


「え〜!何で昌浩がお菓子をもってるのぉ?!」

「だって今日はハロウィーンだし、学校の友達とかも強請りそうな奴がいたから安全策としてお菓子を持っていったんだ。まさか帰ってきて早々、太陰から強請られるとは思わなかったけど・・・・・・・・」


学校の友達の中でこういったイベントに目がない者がいたので、きっと先ほどの太陰のようにお菓子を強請ってくるのだろうと予想していた昌浩。
なので学校の制服のポケットにいくつかのお菓子を忍ばせていたのだったが、予想外なところで役に立ったものだ。

外見は幼い姿をとっている神将といえど、その年齢は計り知れないほど長寿である。
だからお菓子を寄越せと言われるとは思わなかったのだ。まぁ、彼らの性格上、悪戯心でそのようなことをしそうな人物は何人かはいそうであるが・・・・・・。

この目の前の風将も例に漏れなかったらしい。


「当然よ!私は別にお菓子が欲しかったわけじゃないし・・・・・・。ただ、お菓子持ってなかったら悪戯という名のくすぐり地獄をやろうとしただけで・・・・・・・」

「ふむ。どうやら昌浩の方が一枚上手だったようだな、太陰」


予想外だった昌浩の反応に、太陰はつまらなさそうに唇を尖らせる。
昌浩はそれを見て苦笑を漏らす。

と、そこで太陰は昌浩が大事そうに抱えている包みに気がついた。


「ねぇ、昌浩。その包みはなに?」

「あぁ、これ?カボチャのプディングだよ。今日、彰子が作ってきてくれたんだ。ちゃんと皆の分もあるよ?」

「ほんと?!皆の分があるんだ〜。量的に作るの大変じゃなかったのかしら?」

「そう聞いたら『型に流し込んで冷やすだけですもの、そんなに大変ではなかったわ』って言ってた」


もともとお金持ちである彰子。彼女自身が料理をするなどそうあることではないはずだが、彼女はお菓子の作り方を教えてもらって自分で作ったらしい。


「へぇ〜、やるわね彰子」

「うむ。努力の賜物だな」


綺麗に並べられたプディングを覗き込み、太陰と玄武は感心したように声を漏らした。
彰子が直々に作ったと聞いた昌浩も、嬉しそうに手の中にあるプディングを眺めた。


「なぁーににやけてんのよ!」

「べっ、別ににやけてなんかないよっ!!」

「またまたぁ〜。彰子の手作りのお菓子なんてそうないことでしょ?嬉しいくせにぃ」

「うっ・・・・・それは、そうだけど・・・・・」


ははんと意地悪気な笑みを浮かべる太陰に、昌浩は言葉に詰まり視線を泳がせる。


そんな中、昌浩の背後にあった玄関の戸が開いた。


「!昌浩か、今帰ってきたのか?」

「あ、紅蓮おかえり〜。そうだよ。紅蓮は買い物に行ってきたの?」


玄関の戸を開けて入ってきたのは、大量の買い物袋を持った紅蓮だった。
その背後には共に買い物に行ったのであろう勾陳の姿があった。
彼女の手に持っている買い物袋の量が圧倒的に少ないのを見るからに、彼女が戸を開けて紅蓮が先に中へ入ってきたという構図になるのだろう。

昌浩は紅蓮が持っている買い物袋を見て、はてと首を傾げた。


「紅蓮、なんかいつもより買い物の量が多くない?」

「あぁ、旦那に頼まれた分だけを買ってきたんだが、それでも思っていたより多くなったな」

「?」

「ん?あぁ、昌浩は知らなかったのか。今日はハロウィーンだからな、パーティをやろうということになった」


疑問符を浮かべている昌浩に、勾陳が答えてやる。
勾陳の言葉で漸く納得した昌浩は、買い物袋へと視線を向ける。


「そっかぁ・・・・・あれ?でも六合に頼まれたって・・・・今日は紅蓮が夕食の当番じゃなかったっけ?」

「・・・・・・流石にハロウィーンに鍋料理はやめてくれと言われた」


だから旦那と当番を代わったんだ。

そう言って苦笑いを浮かべた紅蓮に、当人を除くその場にいたもの全員は心内で納得の声を出す。


「まぁ、こういった料理だったら紅蓮よりも六合の方が得意そうだしね」

「確かに・・・・・」

「はぁ。話すのは別に構わないが、玄関先ではなく部屋でしてほしいな」


いい加減手が疲れると、勾陳が持っていた買い物袋を示す。


「あっ!ごめん、勾陳!!」

「す、すまない勾・・・・・・・・」


昌浩と紅蓮は慌ててその場を退き、勾陳を家の中へと入れる。
そんな二人に、勾陳は嫣然と笑った。


「なに、構わないさ。そのかわりと言っては何だが、二人とも六合の手伝いをしてこい。人手が足りないと言っていたからな・・・・・・・・」

「え゛っ」

「・・・・・・二日連続で夕飯作り・・・・・・・・」

「ん?何か異議でも?」

「「いえ、滅相もありません!」」


文句があるなら言ってみろ?と聞いてくる勾陳であったが、その目は否という言葉を許さない力強さを秘めていた。
もちろん昌浩と紅蓮が逆らえるはずもない。

二人はすごすごと六合がいるであろう台所へと向かっていった。









その夜の安部家の夕食は、言うまでもなく豪華かつ豊富な種類のカボチャ料理となった――――――。











※言い訳
ハロウィーンの季節ということで突発的に始めた企画です。まず最初は少陰を・・・・・。
流石に平安時代にハロウィーンはないので、現代(平成)設定としてこのお話を書きました。少陰初の現代パロですね。
尚、このお話はフリー小説ですので、皆様ご自由にお持ち帰りください。

2006/10/17