丙夜の邂逅












夜天に燦然と輝く星々。

人々は眠りにつき、生あるもの達の気配が薄まる時刻。
そんな時間に、漆黒の闇を目にも鮮やかな萱草色(かんぞういろ)が走り抜けていく。


「ふあ〜ぁ。あー、ねみぃ。くそっ!何でこんな夜中に虚が出るんだよ!?」


目の端に薄っすらと涙を溜めつつ、普段よりあまり宜しくない目つきを更に剣呑としたものにさせながら萱草色の持ち主――一護は悪態を吐いた。
まぁ、普段ならとっくに夢の中にいるはずの時間帯に叩き起こされれば、誰でも不満を覚えることだろう。


「仕方なかろう?あちらはこちらの事情など考えずに姿を現す。いくら今が真夜中で、お前が睡眠を大いに欲せども、相手は待ってなどくれぬのだからな!」

「んなこったぁわかってるよ!だからこうして眠い目を擦ってまで虚を倒しに出てきてんじゃねーか。・・・・・それよりも、そこまでしてやってきたのにあっさりやられるほど弱い相手だっつーことに俺は不満だな」

「何を戯けたことを言っておる!いくら相手が己より弱かろうと、慢心は感心せぬぞ!!」

「んなこと言われてもなー・・・・・・・ん?おい、ルキア」

「なんだ?一護。この先にでも何か・・・・・!」


何かに気がついた一護に促されてルキアがそちらへ視線を向けると、闇夜に浮かぶ銀色がすぐさま目に飛び込んできた。


「ひ、日番谷隊長・・・・」

「!あぁ・・・・お前達か。虚退治の帰りか?」

「おぅ!人が折角寝てるところを叩き起こしやがったからな。いつもより倍増しでボコッてきた」

「ふっ、貴様がボコれる程度なのだから、さぞや弱かったのだろうな。その虚は」

「んだとっ?!・・・・つってもまぁ、お前の言うとおり弱かったけどよー」


一護は日番谷の言葉にむっときたものの、事実一護が倒した虚は弱かったので反論らしい反論をすることができずに不機嫌そうな表情をとる。
そんな一護の表情を見てか、冬獅郎は薄っすらと笑みながら肩を竦めてみせた。


「冗談だ。あの朽木隊長と渡り合ったんだ、そこらへんの虚では貴様の足元にも及ばないだろうさ」

「お、おぅ・・・・・・」


あっさりと前言を撤回する冬獅郎に、一護は照れを覚えて視線を宙へと彷徨わせる。
そんな一護の様子に気づいていた冬獅郎だが、そこは敢えて突っ込むような真似はしなかった。

と、そこへ今まで二人の遣り取りを静観していたルキアが改めて口を挟んできた。


「・・・ところで、日番谷隊長はどうしてこちらへ?」

「仕事だ。・・・まぁ、仕事は他にあったんだがな。その帰り道に虚と遭遇して先ほど片付けたところだ」

「そうだったのですか・・・・。では、後はお帰りになるだけですか?」

「そうだ。・・・・と言いたいところだが違うな。折角空座町までやって来たのだから、知人に会ってから帰るところだ」


一護達は冬獅郎の返答を聞いて、思わず目を瞬かせる。
てっきり「そうだ」と返されると思っていたのだが、予想を大きく外した返答が帰ってきた。
だが、そんなことよりも聞き捨てならない言葉があったような・・・・・。


「・・・・・お知り合いの方、ですか?」

「へぇ〜。お前、現世に知り合いがいるのかよ?」

「あぁ・・・・・!この気配は・・・・・」

「あ?どうし・・・!!」


ふいに何かに気づいたような様子を見せた冬獅郎を訝しく思って声を掛けようとした一護であったが、冬獅郎同様に何かに気づいたようにはっと顔を上げた。
それとほぼ同時に、ねっとりと絡みつくような風と鳥肌が立つほどの冷ややかな冷気がどこからともなく漂ってきた。


「なっ!これは・・・・」


辺り一体を漂う重く暗い空気。虚が放つ気配とはまた異なった負の空気――――。

と、次の瞬間。その濃厚な負の気配が大きく膨れ上がった。
ブワリッ!と闇が膨れ上がる。
そしてその闇を突き破って姿を現したのは、猫と犬の間をとったような姿をした異形。その身体は熊の大きさを上回るほどにでかい。


オォオオオオオッ!!


背中をぞろりと舐め上げるかのような、不気味な咆哮が響き渡った。

声を上げるのを止めた異形は、思わず身を硬くしている一護達に向かって、物凄いスピードで駆け出した。
そこで漸く我に返る一護達であったが、反応するのが遅すぎた。
得物である斬魄刀を構えようとした時には、すでに異形は眼前へと迫ってきていたのであった。


「くっ!間に合わない!?」


斬魄刀を構えきれていない一護達に、異形は肉薄する。
異形はその鋭い爪を構え、大きくを顎を開けた。

その時―――


その行く先は我知らず、足を止めよ、アビラウンケン!!


聞きなれぬ声が鋭く闇夜を切り裂いた。
瞬間、まさに襲い掛からんとしていた異形がぴたりと動きを完全に停止させた。


「なっ・・・・・・」

謹請し奉る、降臨諸神諸真人、縛鬼伏邪、百鬼消除、急々如律令―――!」


更に続けて唱えられた文句とともに、清冽な霊力の津波が異形を跡形もなく塵へと帰していった。

目の前で繰り広げられる急展開に、一護とルキアは驚きに目を瞠り呆然としている。
そんな二人とは対照的に、冬獅郎は至って平静な様子で目の前の異形退治を見ていた。

霊力の余波が波紋のように広がっていき、やがて静まると暗い街路の奥からこちらへと近づいてくる人影があった。
一護達はそちらへと視線を向け、人影が完全に姿を現すのを待った。
果たして、街灯に照らし出されて姿を現したのは、一護などよりも年下の――少年であった。


「お前・・・・何者だ?」


一護は目の前の少年――どう見てもそこら辺に普通にいるような一見平凡そうなその人物に鋭い視線を向けた。
先ほどの異形――虚とはまた違った存在を一瞬で消し去れるほどの力を持っているのだ、警戒するなという方が無理なのかもしれない。

警戒心も露わな一護の問いかけに、しかし少年は答えることはなかった。
何故なら、少年は一護やルキアへと視線を向ける前に、銀髪の死神――冬獅郎の存在に気づいてぱあぁっ!と顔を輝かせたからだ。


「冬獅郎!久しぶりだね!元気にしてた?」

「あぁ・・・・久しぶりだな、昌浩。お前の方も相変わらずのようだな」

「――って、お前ら知り合いなのかよ?!」


正体不明の少年は、どうやら冬獅郎の知り合いらしい。
それは気安げに交わされる言葉と、互いの顔に浮かんだ笑みが証明していた。

意外すぎると言えば意外すぎる事実に、一護とルキアは思わず顔を見合わせる。
そんな二人に、冬獅郎は改めて目の前の少年を紹介する。


「こいつは安倍昌浩。先ほど話した俺の知人だ」

「・・・・冬獅郎、知人って・・・・何でそんな他人行儀な紹介をするのさ」

「・・・・・・・・。事実、他人であるのだから他人行儀で何が悪い」

「揚げ足を取らないでよ、もぅ・・・・・・」


ふぃっと視線を明後日の方向へと向けて答える冬獅郎に、昌浩は呆れたように息を吐いた。
その遣り取りはどう見ても気安い間柄――友人のそれにしか見えない。


「あの・・・日番谷隊長。安倍とは、もしやあの安倍家ですか・・・・?」

「そうだ。朽木の言うとおり、その安倍家の者だ。こいつは」

「『あの』・・・って、その安倍家ってのはそんなに凄いのか?」

「貴様、仮にもこの街に住んでいるのであろう?だというのに安倍家を知らぬのか・・・・」


思わず呆れたように視線を寄越すルキアに、一護は不機嫌そうな表情を返す。
そんな一護にやれやれと息を吐きながらも、ルキアは己の知っている安倍家について話し始めた。


「安倍家というのは、陰陽師としての家系で名が知られている」

「陰陽師って・・・・・あの妖怪を払ったりとか式神を使ったりする、あの陰陽師のことか?」

「そうだ。貴様でも『安倍晴明』という名くらいは聞いたことことがあるのではないか?」

「そりゃあ、まぁ・・・・陰陽師って言われれば、真っ先に思いつくのがその名前だろうけどよ」


安倍晴明。その名くらいなら一護とて知っている。
それがどうかしたのか?という一護の問いかけの視線に、ルキアは話を続ける。


「陰陽師という生業には先ほど貴様が言ったように調伏や、魂を浄化させる浄霊など様々なものがある。先に言った浄霊は、我々死神でいう魂葬と全く同じものだ。その工程こそ若干の違いがあれど、その魂の行き着く先はソウル・ソサエティだからな。ここ空座町ではこの魂葬の作業を我々死神と安倍家が共同作業で行っている」

「はぁっ?!んな話初めて聞いたぞ俺は」


そんなことは初耳だと、一護は胡乱げな視線をルキアへと向ける。
そういう重要そうな話は事前にして欲しいものである。

そんな二人の遣り取りを見て、昌浩が付け足しのように説明を加える。


「まぁ、それも仕方ないと思うよ。浄霊――魂葬の作業こそ互いに行っているけど、うちの本業は虚の討伐じゃなくて、妖退治の方だからね。仕事をしている上で会うようなことなんて滅多にないと思うし・・・」

「虚は俺達死神が、それ以外の霊やそれに類するものについては安倍家が対応すると、護廷十三隊と安倍家の間で取り決められている。が、例外ももちろんある。場合によってだが、虚の討伐で安倍家の者に応援要請を願うこともある」


まぁ、それは過去に数度数える程度しかないがな・・・・。

そんな冬獅郎の言葉に、昌浩もそうみたいだねと言って肯定する。


「あ。でも、要請がなくても虚を討伐する場合はあるよ?例えば、自分の目の前に虚がいて、でも死神の人が現場に辿り着くには全然時間がかかっちゃう場合とかね。ほら、死神の人が辿り着くのを待つより、現場にいる俺達がやっちゃった方が効率的でしょ?まさか死神の人が来るのを待って、その間に殺されたりでもしたら洒落にならないしね。そういった個人の判断で虚を討伐することは結構あるよ」

「へぇ・・・。その陰陽師の術とかで虚を倒すことができるのか?」

「ん?・・・あぁ、違うよ。その時は『剣』を使うんだ」

「剣?斬魄刀か??」


虚を討つ武器として真っ先に浮かんだのが死神の持つ斬魄刀だったのでそのまま言葉にした一護に、昌浩は首を横に振って答えた。


「ううん。『剣』は安倍家の血を継ぐ人達が個々人で持つ武器のことを言うんだ。ん〜、能力としては斬魄刀とほとんど変わらないよ。もっと簡単に言えば死神の固有の武器が斬魄刀で、安倍家の人固有の武器が『剣』ってことかな?」

「あ〜、細かいことはよくわかんねーけど、要はそういう武器があるってことなんだな?」

「うん、そういうことだね」


と、ある程度安倍家について説明が終わった頃、唐突に伝令神機が鳴り出した。


「!どうやらまた虚が現れたようだな・・・・・・」


伝令神機へと視線を落としたルキアは、虚の出現を告げた。
それを聞いた冬獅郎は、ふと瞬きするとルキアへと視線を向けた。


「で、場所はどの辺りなんだ?」

「あ、はい。ここの直ぐ近くのようです」

「なら好都合だな・・・・・昌浩」

「ん?何、冬獅郎」

「『剣』についていまいち飲み込めてない黒崎のために、ここは一つ現物を見せてやれ」


本来ならこの場に死神が三人(内、一人は死神代行だが・・・・)もいるのだから、虚の討伐はその死神があたるべきことである。しかし、冬獅郎はそこを敢えて昌浩に虚を討伐しろと言っているのである。
そんな冬獅郎の言葉に、昌浩は不思議そうに首を傾げながらも特に渋る様子もなく二つ返事で了解した。
元々、力の出し惜しみや力の秘匿など考えてもいない昌浩である。「え〜、面倒だなぁ」という感想こそ抱けど、その頼みを突っ撥ねるような真似はするはずがない。


「・・・・・と、本人も『剣』を見せることを了承してくれたぞ。心置きなく見ておけ」

「お、おぅ・・・・;;」


一体何を企んでいるのかさっぱりわからない冬獅郎に気圧されつつ、一護は首を縦に振る。
本当のところであれば自分達が相手をしなければいけない虚を押し付けることに気が引けるのだが、折角『剣』を見せてくれると相手の方も言ってくれているので、ここは素直に見学させてもらうことにした。

そして虚が現れたであろう現場へと駆け出す一護達。







数分後、臙脂色の剣を鮮やかに翻して虚を圧倒する昌浩の姿に驚かされることを、彼らは知る由もない―――――。












※言い訳
あ〜、昌浩と一護達の邂逅話、如何だったでしょうか?一護が昌浩に対して警戒感を持ちすぎている気がしなくもないですが・・・・・。
実は、もっくんを出しそびれました(爆)。昌浩達が出会って少し話をしてからもっくんを出そうとしたのですが、見事タイミングを外しました;;(もっくん、ごめん)
歳の差はさておいて、個人的に昌浩と冬獅郎は良き友人であって欲しいです。で、一護も加えて三人仲良くつるんでくれると尚良し。

このお話はフリー配布です。気に入りましたらどうぞご自由にお持ち帰りください。


2008/5/31