平和を突然襲った凶事。
数多の数の恐ろしい妖達が、天馬の郷を強襲した。
攻撃に特化していない天馬達は、次々に妖達の餌にへとされていく。
瞬く間に血の惨劇が出来上がった。
「越影!昌浩はっ?!」
「わからない!少し前に郷の離れの湖に行くといったっきりだ!!」
「くそっ!」
背後に妹の踰輝を庇いながら、翻羽は先ほどから姿を見ていない天馬の詳細を越影へと聞く。
翻羽に尋ねられた越影もそのことを気にしていたのだろう。郷の外れへと忙しなく視線を遣りながら、襲い掛かってくる妖達を薙ぎ倒している。
越影から返ってきた言葉に、翻羽は苛立たしげに言葉を吐き捨てた。
昌浩――彼の妹である踰輝より少し歳下の、そして翻羽と越影にとっては弟にも等しい存在である天馬の無事がわからない。
時間を追うごとに血溜りが広くなっていく中、踰輝を庇うことがやっとの二人には、昌浩の無事を確かめる余裕などなかった。
そもそも、戦いなどという物騒な環境になかった天馬達である。
いくらその身に宿る力が強大だとはいえ、戦いに慣れぬ身では虐殺者にその膝を折るしかなかった。
現段階で、唯一立ち向かっているのは翻羽と越影の二人のみである。
このままでは全員が殺されてしまう。
そう判断した二人は、踰輝だけでも逃がすことにした。
「逃げろ・・・・・!」
襲い来る妖異を薙ぎ倒しながら、漆黒の毛並みをした天馬―――越影が叫ぶ。
「早く、今のうちに!」
しかし、越影の言葉に小柄な天馬―――踰輝は泣きながらに首を横に振る。
「ばか!お前だけでも逃げるんだ!」
傷を負い、純白の毛並みをまだらに染めた天馬―――翻羽が叱咤する。
「行け!」
「いや!」
泣いて激しく首を横に振る踰輝に、越影が笑いかける。
「行け。・・・・・すぐに、追いつく」
踰輝は目を瞠り、ぽろぽろと涙をこばしながら言った。
「絶対・・・・?」
「あぁ」
それはおそらく、果たされない約束になるだろう。
漆黒の毛並みに隠れてはいるが、越影の体は数えるのが馬鹿になるくらいの無数の怪我を負っていた。
それは今隣で戦っている翻羽も同じだ。
けれども、二人は笑顔で優しい嘘を吐いた。
何者にも変え難い、愛しい幼き天馬をこの場から逃げ延びさせるために――――。
踰輝はしゃくりあげながら後退り、身を翻した。
それを認めた二人は、ほうと息を吐く。
だが、更なる絶望があることを、彼らは知らなかったのだ。
『兄さん、越影、助けて―――・・・・・・・!』
『踰輝・・・・・!』
蛇のような妖にその身を捕らえられた小柄の天馬。
助けへと伸ばした手は、強大な妖気によって打ち落とされる。
そうこうしているうちに見えなくなっていく愛しき天馬の姿。
その姿が見えなくなっても、二人はその場に足を止められていた。目の前に強大な力を宿した妖がいたために・・・・・・・・。
残る力を振り絞り、襲い掛かってきた妖達の主―――窮奇を弾き飛ばして、命からがら越影と翻羽はその場から逃げ出す。
必ずお前を救い出しに行くからと、心の中で固く強く誓いながら―――――。
いつかは郷に戻って同胞達の亡骸を葬ってやらなければ・・・・・と思っていた二人は知らない。
その後、同胞達の亡骸は跡形もなく妖異どもに貪られたということに。
そして、その様を運良く生き延びていた天馬―――彼らがその身を案じていた昌浩が目撃してしまったことを・・・・・・・・。
一体、何があったのだ。
郷の外れにある湖より帰ってきた越影達よりも若干幼い体躯をした天馬―――昌浩は、血に染め上げられ、変わり果てた住処を呆然と眺めた。
「―――っ、越影!翻羽!踰輝っ!!?」
血の海を駆けながら、昌浩は親しい者達の名前を呼ぶ。
しかし、その呼び声に聞きなれた声は返ってはこなかった。
郷の真ん中辺りにまでやって来た昌浩は、そこではたとあることに気がついた。
同胞達の亡骸が・・・・・・・ない。
慌てて周囲へと視線を走らせるが、生きている者どころか、その骸の影さえも目に入ってはこなかった。
どこへ・・・・皆どこへ姿を消してしまったのだろうか――――――。
強すぎる衝撃に言葉を紡ぐことができない昌浩。
そんな昌浩の背後に、忍び寄る影が複数。
「ケッケッケッ!おい、まだ生き残りがいたぞ!」
「本当だ。馬鹿だな、大人しく隠れていれば助かったものを・・・・・・」
「おい、嶺奇様も去っていかれたことだし、ここは俺達だけで山分けってのはどうだ?」
「おっ!それはいいなぁ。こいつほどの力があれば、かなりの力を得ることができるぞ!」
「賛成!・・・・じゃあ、まずはこいつを仕留めなければならないなぁ・・・・・」
なにを、言っているのだ・・・・・この妖達は。
突然現れた(昌浩は妖達が郷を襲ったことをつい今しがたまで知らなかった)妖達を呆然と見遣った。
生き残り?仕留める?それではまるで己以外の者達全員が亡くなってしまっているようではないか!!
「生き残りって・・・・・・・」
「あぁ?まだわからないのかよ!お前以外のやつらは、みーんな俺達の胃袋の中ってわけさ!」
「美味かったよなぁ。俺は翼の部分しか喰えなかったが、それでも結構力を得ることができたぜ?」
「最高だったよなぁ?力はあるくせに、全然よわっちいの!お陰で狩りやすかったなぁっ!!」
あっはっはっはっは!!と哄笑を上げる妖達を、昌浩は信じられないものを見るかのように目を瞠りながら見ていた。
「そ、んな・・・・・・」
「そういうわけだ。貴様もその身体を寄越せ!!」
そう言って妖達は昌浩へと襲い掛かってくる。
昌浩は依然として呆然としたままであった。
もう、会えないのか?どこか寂しげながらも柔らかな笑みを向けてくれた越影に、力強い笑みで己を元気づけてくれた翻羽に、明るく無邪気い笑いかけてくれた踰輝に―――。温かな、同胞達に。そんな、そんなの・・・・・・・・・・・
「そんなのって、ない」
殺した?この妖達が?嘲りの笑いを浮かべながら、今のように?
―――ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなっ!
「ふざけるなあぁぁあぁっ!!!!」
瞬間、いまだに未完全の天馬の体躯から、尋常ではないほどに苛烈な力が放たれた。
「ギャッ!!?」
妖達は反撃する間もなく、ただ純粋に強大な力に焼き滅ぼされる。
その後には出遅れた妖が一匹、ぽつりと残されていた。
昌浩はその妖をぎろりと睨み付ける。
妖は思ってもいなかった反撃を見せた天馬に、恐怖から身を振るわせた。
「お前達が、郷の皆を跡形もなく殺したのか・・・・・・・?」
「ひぃっ!ちっ、ちがっ!お、俺達だけじゃない!俺達以外にも大勢の奴らで、嶺奇様と共にっ!」
「嶺奇・・・・・・」
その名前は、いくら閉鎖的な郷で育った昌浩でも知っていた。
大妖・嶺奇。数多にいる妖達の頂点に立つ妖の弟・・・・・。
「嶺奇は・・・・?」
「も、もう去られた!全員刈りつくしたと思って!」
「俺以外、全員?」
「い、いや!確か白と黒の天馬がっ、窮奇様の手から逃れたらしい!諜報に行っていた、仲間がそう言っていた!!」
「そ、う・・・・・・」
白と黒、その色の組み合わせに心当たりがあった。
(越影。翻羽。踰輝・・・・・無事)
きっと彼らだ。彼らは生き延びている!!
昌浩は瞳に歓喜の光を浮かべた。
一度諦めかけた大切な者達が生きている可能性が高いのだ、これを喜ばずにはいられない。
(早く、後を追わなくっちゃ!)
天馬は空を翔(かけ)る。すぐにでも彼らの後を追わなければ、到底追いつくことなどできない。そのためには・・・・・。
「ひっ!ど、どうか命だけはっ!!!」
「・・・・・・死んで」
「う、ぁっ!ギィギャアアアアッァァァッ!!」
己から溢れ出す力で、昌浩は容赦なく目の前の妖を滅ぼした。
昌浩はその様を、無表情で眺めていた。
妖が跡形もなく消滅した後、昌浩は己の翼に力を入れて空へと飛翔した。
「越影・・・翻羽・・踰輝・・・!すぐに、追いつくからっ!!」
くしくも、踰輝を連れ去られた越影達と同じ誓いを立てて、昌浩はどこへ消えたとも知らぬ同胞達の後を追った。
追いつくから。何日でも、何年でも・・・・・どんなに長い時がかかったとしても、追いつくから!!
そして天馬達は愛しきものを追って、天(そら)を翔けていく――――――――――。

※言い訳
もうすぐ少年陰陽師のゲームが発売するじゃないか!!と、気づいた今日。
突発的にですが、発売日までのカウントダウンのつもりで、小説の翼よいま、天へ還れの捏造設定(もちろん捏造対象は昌浩)でお話を書いてみました。
今日一日で何個首絞め企画を立ち上げてるんだろ・・・・・・;;
あ、題名の漢字が読めない人のために、「天馬の嘶(いなな)きは天(そら)に響く」と読みます。
えっと、昌浩の設定について軽く説明します。
昌浩の年齢設定は越影・翻羽よりも年下、踰輝よりも年上くらいにします!細かい年齢指定はありません。だって、天馬は長寿らしいので、どのくらいの年齢にしたらよいのかわかりません。外見年齢は16・7歳くらいで、原作よりも大人びた感じがいいです。人型の時の姿は原作の昌浩を成長させて、髪の毛を腰の長さくらいにまで伸ばした感じ。天馬の時の姿は白の毛並みに琥珀色の瞳がいいです。(さっきから希望ばっかりだな;;)
それ以外に細かい設定は今のところ考えていませんので、後々追記していきます。
2007/7/14 |