どこだ、どこにいる?









天を翔る翼に力を入れ、愛しき者の軌跡を探す。









必ず探し出すから。









どんな所にいても、どんな姿になっていても。









己はその魂の色を知っている――――――――。















天馬の嘶きは天に響く〜弐〜
















黄昏の光の中、晴明達の前に降り立ったのは、人の姿をした異形のものが二人だった。


『はじめまして、外(と)つ国の方士と、堕ちた神よ』


異国の長衣をまとった男の姿をした異国の妖は、絡みつくような視線を向けて、優雅に一礼して見せた。
もう一人の異形のもの―――長衣を頭からすっぽり被ってその容貌を隠したものは、声を発することなく男の姿をした妖異の横に立っている。

男の侮蔑をはらんだ声音に、紅蓮の目がぎらりと光る。
射抜くような眼光を向ける紅蓮に、男は動じた風もなく微笑んだ。


『いかがですか、こちらの趣向は。存分にお楽しみいただけたのではないかと思うのですが』


犬の声―――ゴウエツの咆哮がそれに重なり合い、晴明達を圧倒するほどの妖力が満ち満ちていく。

男が現れた途端、蛮蛮たちの力はいや増した。
紅蓮の闘気が無数の炎蛇に転じる。


「こいつらを甦らせたのは、貴様か!」


以前、晴明と十二神将達が力を合わせて倒したはずの異邦の妖異たち。
それが最近になって甦り、陰陽寮の者達に襲い掛かってきた。
晴明の孫にあたる成親も、目の前にいる黒い牛の異形―――ゴウエツに深手を負わされたのだった。


『ご名答。と申しましても、私の力だけではありません。我が主の強大なお力があってこそ、なせる業』


歌うような口調で、男は続けた。


『ああ、申し遅れました。私の名は鳴蛇。はるか大陸の地から参った者』


鳴蛇の口上が終らぬうちに、紅蓮の炎蛇が襲い掛かる。鳴蛇はひらりと身をかわした。
代わりにその炎を受けたのはゴウエツだ。
苦痛に転げまわるゴウエツを一瞥し、鳴蛇は困った風情で微笑した。


『ああ、さすがは神の名をもつものの炎。なるほど、激しい。これでゴウエツは焼かれたというわけですね・・・・・・』


納得した様子で頷く鳴蛇に、紅蓮は立て続けに炎蛇を放つ。だが、悉く回避されてしまう。
苛立ちを隠さない紅蓮は、ふいに眉を寄せた。はっと視線を走らせる。


「くそっ、取り込まれた・・・・・!」


同じように現状の変化に気がついた晴明が、険しい視線で辺りを見渡す。
いつの間にか、異界に取り込まれている。そして、その異界を形作っているのは鳴蛇に他ならない。
窮奇と同じように、異界を作り出す力。鳴蛇は窮奇に匹敵するほどの妖力を持っているのかもしれない。


『さぁ、方士よ。我々に屈しなさい。そうすれば、苦しまずともすみます』

「ぬかせ!」

『あなたには何も言っていませんが・・・・。邪魔をすると痛い目を見ることになりますよ』

「できるものならやってみるがいい。十二神将騰蛇を侮るなよ」


男の言葉に、紅蓮は口元に凄絶な笑みを浮かべながら、鳴蛇達へと向けて炎蛇を放った。

それから晴明並びに十二神将達と鳴蛇達との激しい戦いが始まった。
炎蛇が宙を躍り、妖力が閃光を伴って爆発し、霊力が風を逆巻かせて荒れ狂う。

混戦の中、甦った妖異たちはその姿を消していった―――。


『雑魚相手でしたら、そこそこおやりになるようだ』


紅蓮の金色の双眸が剣呑に光る。


「次は貴様だ、鳴蛇よ」


人の姿をした妖異は、首を傾けてうっそりと笑う。


『私が相手をする必要はないでしょう。そろそろ・・・・・・・っ!』


ふいに、それまで鳴蛇の顔に張り付いていた余裕の笑みが剥がれ落ちた。
妖異が身を翻した瞬間、一同を取り囲んでいたはずの結界が破砕音と共に破られる。

ばさり。その場にいた全員の耳朶を、大きな羽ばたきの音が打った。
引かれるように仰いだ視界に、二つの影が掠める。


「・・・・・なっ!・・・・・・」


瞠目する晴明達の目の前へと、その二つの影は滑空してきた。

一歩後退った晴明達の前に、純白と漆黒の異形は降り立ち、瞬く間にその身を人のものへと転じた。
どちらも、異国の衣装を身にまとった長身の男だった。

鳴蛇は二人の異形にちらりと視線を向け、無感動に口を開く。


『おやおや・・・・。どこかで見たようなことがある組み合わせだと思ったら、いつぞやに我が主の糧となった天馬の一族の者ではありませんか。おかしいですね、あなた達は嶺奇様が窮奇へとお譲りになられたはず・・・・・・・無様にも生き永らえましたか』

「黙れ。貴様、あの時踰輝(ゆき)を連れ去った妖と同じ気配をしている・・・・・・・。踰輝をどこへやった!」


鳴蛇の言葉に、鋼色の髪をした青年―――翻羽(ほんう)がぎろりと睨み返しながら問いかけた。彼の隣に立つ銀色の髪をした青年―――越影(えつえい)も同じように険しい視線で鳴蛇を見遣る。
そんな彼らを見、鳴蛇は明らかな嘲笑をその口元に浮かべた。


『踰輝・・・・・・・あぁ。それはあの時我が主が糧として連れ去った、か弱き天馬のことですか?愚かな。餌の末路などわかりきっているでしょうに、それを問いますか?』

「はぐらかすのもそれくらいにしてもらおうか?この都で踰輝の気配が微かながらに感じられた。姿は隠せれども、その魂までは隠し通せないぞ!」


確信めいた口調で、そうはっきりと告げてくる越影を、鳴蛇は面白そうに見遣った。


『ほぅ?随分とはっきり言い切りますね。それに根拠はあるのでしょうか?』

「そんなものはない。だが、踰輝の一番近くにいたのは紛れもない俺達だ。あいつの魂の色をよく知っているのも、な・・・・・・」

『なるほど。そちらには絆があると?それはまた面白い口上ですね・・・・・・ですが、はっきりと言いましょう。あなた達が求める幼き天馬は、もうこの世のどこにもいませんよ』

「俺達がそれを信じるとでも?」

『さぁ?私は事実を述べただけ。それを信じるも信じないも、そちらの勝手なのではありませんか?』


脚力、声の抑揚をなくして問うてくる翻羽に、鳴蛇はそしらぬ顔でそう言葉を返す。
問い詰めてもひらりひらりと問答をかわす鳴蛇に、翻羽と越影は悔しげに歯を噛み締めた。
鳴蛇はそんな彼らを見て、尚一層楽しげに笑んだ。


『・・・・まぁ、私もそこまでは鬼ではありませんしね。いいでしょう。あなた達が求める天馬の行方は存知ませんが、その末路ならお見せして上げましょう』

「なに・・・・・?」


嫣然と笑う鳴蛇を、二人の天馬は訝しげに窺い遣った。
口元に綺麗な笑みを上らせたまま、鳴蛇は先ほどから隣に立って沈黙を保っているもう一人の異形の長衣へと手をかけた。そして、ゆっくりとした動作でそれを引き剥がした。


「・・・・・なっ・・・・・・!」

『ふふっ!いかがですか?あなた達が求めて止まなかった天馬の末路は』

「きっさまぁっ!!!」

「ゆ・・・・き・・・・・」

『あっはははっ!!!』


鳴蛇が引き剥がした長衣のしたから現れた顔は、翻羽と越影がよく知っているものであった。

栗色の長い髪。顔色も悪く、目は伏せられがちではあったが、それは二人の天馬がずっと行方を探していた小柄な天馬の転身した姿であった。

どうしてすぐ傍にまで来て、彼の天馬の存在に気がつくことができなかったのか。
その疑問は彼女を取り巻く濃厚な妖気が答えを告げていた。


「踰輝っ!貴様、踰輝に一体何をしたっ!?」


彼女の兄である翻羽が、怒りに瞳を燃え上がらせながら鳴蛇を睥睨する。
彼の隣にいる越影は、怒りのあまりに唇を震わせていた。


『この娘に何かしたのは私ではありませんよ?全ては我が主がなさったこと。そう、この娘に妖気の楔を打ち込み、時には餌に、また時には傀儡として扱っているのは・・・・・・・言われたとおりのことしか動きませんが、それでもなかなか可愛いものがありますからね?見ていて飽きませんよ』

「お、のれぇっ!今すぐ踰輝を自由にしろっ!!」

『丁重にお断り致します。第一この楔は主が打ち込んだもの、私が解けようはずがありませんから』

「ならば力づくで奪い返すまでだっ!」

『何を言い出すのやら。天馬ごとき脆弱ものにこの私を倒せるはずがないでしょう?』

「やってみなければわからぬさ!」


そう言って翻羽は鳴蛇へと襲い掛かる。
しかし、鳴蛇は依然として口元に微笑を浮かべたまま、構えることなくその場に佇んでいる。
互いの距離が後数歩というところまでに来て、翻羽の視界を突風が遮る。


「くっ!」

『(くすくす)どうして私が馬鹿正直にあなた方の相手をしなければならないのですか。今日はこれにて失礼させていただきますよ?・・・・・・・外つ国の方士、いずれまたお迎えに上がりますよ。それまでしばしの間、残る余生を精々楽しんでください』

「待てっ!!・・・くそっ、後を追うぞ!越影!!」

「あぁ、わかっているさ翻羽」

「――!おいっ、待て!!」


姿を消した鳴蛇の後を追おうとする二人の天馬に、いち早く意識を現実に戻した紅蓮が呼び止めるが、二人の天馬はその言葉を耳にも入れずにあっという間にその場を去って行ってしまった。


「はぁ・・・・。一体何が起こってるんだ?」

「さぁのぅ・・・・。じゃが、先ほど天馬と呼ばれた妖達は、どうやら鳴蛇が連れていたもう一人の妖を追っていたようじゃったの」

「そうだな・・・・。彼らの様子からして、我々と敵対する理由はなさそうだ。・・・・・それよりも問題なのは、あの鳴蛇と名乗った妖の方だ。鳴蛇自身は誰かの下についているようなことを言ってはいたが・・・・・・しかし一番動いているのはあれのようだな」


勾陳の冷静に物事を分析した言葉に、一同は確かにと納得したように頷く。
天馬とやらの存在も大いに気になりはするが、目下の問題はあの鳴蛇にある。まずはそれを解決しなければ、この都に平穏は訪れない。


「・・・・・さて、取り敢えず邸へと帰るとしようかのぅ」

「そうだな。奴らも今日はこれ以上暴れるようなことはしないだろうしな、晴明、さっさと休むようにしろ」

「・・・・・・何のことかの?」

「惚けるな。邸に帰った後は星見なり六壬式盤で占いなりをしようとでも思っていたのだろう?・・・・少しは自分の身も労わってやれ」

「仕方ないのぅ・・・・・・・」


神将全員から視線の集中砲火を浴びさせられれば、さしもの晴明でも首を縦に振るしかなかった。

さて帰ろうかと踵を返しかけた時、ふいに闇夜に力強い羽ばたきの音が響き渡った。
晴明達はつい先ほど同じような音を聞いたばかりだったので、暗闇に視線を凝らして動く影を探した。
そしてそれはすぐに見つかった。
空を飛翔する影は晴明達の頭上を飛び越え、少し離れた先の大路に舞い降りた。
獣型から人型へ。その影は形を変えた。

その時、丁度雲に隠れていた月が姿を現した。
冷然とした月影に、その人影も照らし出される。

年の頃は十二神将の朱雀と同じくらいかやや下だろう。暗がりで黒に見えた長髪は神将の六合よりも更に濃い大地の色。遠目なので瞳の色はさすがにわからないが、その纏っている衣装が異国のものであることから、先ほどの妖達と何か関わりがあるかもしれない。










そう考えた晴明達は目の前の妖に話を聞くべく、一歩前へと足を踏み出した――――――――。













                        

※言い訳
今日も頑張ってお話を書き上げました。この企画はカウントダウン形式なので、毎日更新しないと意味ないですからね。明日以降がきちんとお話を更新できるのか心配です。
えっと、今回のお話は、前半かなり原作を引っ張ってきています。翻羽達が登場したあたりから捏造街道をまっしぐらに走っております。このお話の全体的なコンセプトは、『天馬三人を幸せにしよう!』です。なので、原作ではとうの昔にお亡くなりになられている踰輝も普通に生存しております。(ご都合主義万歳!!)昌浩、今回は本当に出番がありませんでした;;最後の方で少しだけ登場しましたけれど・・・・。次回は命一杯登場させま