「おのれ・・・・!鳴蛇のやつめ、どこへ行った!!」
天を翔けながら、激情を隠さずに翻羽(ほんう)は叫んだ。
天馬達を八つ裂きにし、踰輝(ゆき)を攫った妖異のうちの一人。その後を追った翻羽達ではあったが、途中でその足取りを見失ってしまった。
「・・・・一体どこへ・・・・・・」
引き攣けを起こしたように息が詰まる喉で、越影(えつえい)はそっと言葉を紡いだ。
踰輝、踰輝―――!
心の中で、何度も名を呼ぶ。
『兄さん、越影、助けて―――・・・・・・・!』
一番最後に聞いた助けを求める声が、耳に焼き付いて離れない。
必死に伸ばされたその手を、自分達は掴み取ることができなかった。
あの時、それがどれだけ悔しかったか。
必ず救い出すと誓い、見つけ出した純白の天馬は―――意思なき人形と化していた。
「踰輝・・・・・・・・・」
必ず、助けに行く。助けに行くから・・・・・。
「待っていろ――――!」
再び、あの温かく穏やかな日を手に入れる!
決意を固いものとし、純白と漆黒の天馬は闇夜を翔けていく――――――――。
* * *
一方、墨色の大路へと降り立った天馬―――昌浩は、周囲の気配を窺い気落ちしたように息を吐き出した。
「一足、遅かったか―――・・・・・・」
つい先刻、この辺りから馴染み深い―――翻羽と越影の気配を感じ、急いで空を翔けてきたのだ。しかし、今はその気配も完全に消え去っており、残り香らしき気配さえもない。
偶然通りかかった小さな島国。
その島国から同胞の気配がしたので、慌てて気配を追ってやって来た都。
急ぐあまり都を覆う結界を無理矢理に突破した所為で、現在一時的に探査能力が落ちている。余程明からさまな気配でないと、その居所を察知することは難しいだろう。
「もう、別のところに移動しちゃってるってことは・・・・・・ないよね?」
「誰がじゃ?」
「―――っ!!」
思わぬ返答―――しかもかなりの至近距離から聞こえてきたことに驚き、昌浩は咄嗟に声が聞こえてきた方向とは逆方向に大きく跳躍する。
「おっと、大人しくしてもらおうか?」
「なっ・・・・!」
着地と同時に背後から何者かに羽交い絞めされてしまい、昌浩は軽い混乱を起こす。しかしその混乱も僅かな間のことで、すぐさま正気へと返ると、その腕から逃れるべく暴れだした。
「――!はっ、放せっ!!」
「って、おい!こら、暴れるな!!」
無茶苦茶に暴れだす腕の中の妖異に、捕らえていた者―――紅蓮は慌てたような声を出す。
しかし、暴れる妖の耳には届いていないのか、一向に大人しくなる気配がない。
「このっ!いいかげんに―――・・・・・」
「これ、紅蓮や。手荒な真似は止めなさい。ほれ、相手も突然後ろから羽交い絞めにされて驚いておるではないか」
「しかしっ、また先ほどみたいに逃げられても困るだろうがっ!!」
「・・・・放しなさい」
「っ!―――わかった」
晴明の有無を言わさぬ力強い言葉に、紅蓮はしぶしぶながらに捕らえていた妖を開放する。
開放された妖―――昌浩は、警戒するように二人から距離をとろうとする。が、気がつけば己を囲むように幾人かの人影が佇んでいることに気がつき、その場で動きを止めた。
取り敢えずすぐには逃げ出さないだろうと判断した晴明は、そこで漸く目の前の妖へと声をかけた。
「いきなり驚かせるような真似をしてすみませんな。天馬の方、でよろしいですかな?」
「そうだけど・・・・・・。あなた達は?」
「あぁ、申し遅れましたな。私の名は安倍晴明。この都を守る陰陽師です」
「おんみょうじ・・・・?」
陰陽師という言葉に心当りがなかったのだろう。少年と青年の中間の容姿をした妖は、不思議そうに首を傾げた。
「方士、と言えばわかってもらえますかな?」
「あぁ、それならわかる。それで、その陰陽師?が俺に一体何の用なんですか・・・・・?」
まさか払うとか言い出すんじゃないよな?と疑いの眼差しを向けてくる天馬に、晴明は違うと首を振って否定する。
「少し、尋ねたいことがありましてな。あなたなら何か知っているかもしれないと思った故、声を掛けさせてもらったのじゃが・・・・・・」
「尋ねたいこと?俺に??」
「はい。実はつい先ほど白い天馬と黒い天馬の方と遭遇しまして・・・・・・・」
「白と黒・・・・・翻羽と踰輝と越影?っ、彼らと会ったんですかっ?!!」
やはり覚えがあったのか、耳にも新しい名を天馬が口に出した。
晴明達がその翻羽達と会ったのだと理解した途端、彼は身を乗り出すように問い質してきた。
思ってもいなかった行動に、晴明達はやや訝しげに首を傾げた。
「あなたも、彼らと共に行動をしているのではないのですか?」
「いえ・・・・。実は俺だけ彼らとはぐれてしまって・・・・ここに来たのも、偶然彼らの気配を感じ取れたからなんです。彼らとは、もう随分会ってなくて・・・・・だから、もし彼らについて何か知っているのであれば、俺に教えてはもらえないでしょうか??」
「そうですな・・・・・取り敢えず、私の邸へ場所を移しませんかな?色々と話すこともあるでしょうし、立ち話するには些か長くなりそうだ」
「えぇ、それで彼らのことを聞けるのならば」
晴明の提案に、昌浩も頷いて同意した。
「そういえば・・・・まだお名前を聞いていませんでしたな。よければ教えてもらいたいのじゃが・・・・・」
「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。失礼しました。俺の名前は昌浩と言います」
「では、昌浩と呼んでも・・・・・?」
「えぇ、結構ですよ。・・・・・・ところで、彼らは?」
昌浩と名乗った天馬は、己を取り囲んでいる人影達へと視線を滑らせた。
晴明も彼らの紹介がまだであったことに気がつき、彼らは十二神将であることを昌浩に話した。
昌浩は晴明の紹介を聞き、どうりで彼らから神気が感じたわけだと納得した。さすがに羽交い絞めされれば、いくら鈍くなっている感知機能でも察することができるというものである。
「それでは参りましょうか」
一向は、その身を安倍邸へと移すことになった――――――。
その後、安倍邸にて晴明達と昌浩は、互いに知っていることを話し合った。
「―――それでは、踰輝はその鳴蛇という妖に捕らえられているのですね?」
「そうですな、正確に言えば鳴蛇の主・・・・昌浩の話からすれば嶺奇という妖になるでしょうが・・・・・・」
何せ窮奇は二度にも渡って晴明達に倒されたのだ、天馬の郷を襲った妖異達の頭は窮奇と嶺奇とのことだったので、この場合は消去法で嶺奇になるのだろう―――。
「そして翻羽達はそれを追っている・・・・・・・・・」
「えぇ、踰輝でしたかな?・・・を鳴蛇が伴って姿を消したので、彼らもまた後を追ってすぐさま姿を消しました」
「―――そうでしたか。それじゃあ、また一から探さないといけないな・・・・・・・・・」
「いえ、そうでもありませんよ?」
「え・・・・?」
己の言葉を否定する晴明を、昌浩は不思議そうに見返した。
そんな昌浩に、晴明は何てことはないような表情でその訳を話した。
「実は、彼らはどうやら私の命を欲しているようでしてな。私が生きている限りは、彼らもこの都から外へ出ることはないでしょう」
「えっ、あなたの命を?また何故・・・・・・」
「いやなに。以前に私は窮奇を倒していまして、それを彼らは知ったらしく、私を食せば力も増すと考えたのではないでしょうかね?」
「へ・・・・?窮奇を、あなたが倒した?」
晴明の思わぬ言葉に、昌浩を目を丸く瞠って唖然とした表情を作る。
「ん?どうかしましたかな?」
「いえ・・・・。窮奇は、人間に倒されたのですね」
「・・・・・おい、貴様それはどういう意味だ」
昌浩がぽつりと零した言葉を聞きとがめて、晴明の背後に控えていた青龍が鋭い眼光で睨みつけてくる。それだけで部屋の気温がぐっと落ちたように感じるのは、気のせいなのだろうか?
青龍ほど明からさまな反応は示さないが、その場に控えていた他の神将達も僅かばかりに剣の含んだ視線を昌浩へと向けてくる。
それに思いのほか戸惑いを感じたのは当の昌浩自身。いきなり機嫌を降下させた神将達に内心動揺しつつ、自分の言動を振り返ってみて己がまずい言い方をしたことに漸く気がついた。
「えっ、あの・・・・・申し訳ありません。窮奇が倒れたことが信じられなくて・・・・・妖の間うちでも恐れられていた存在ですから、ただ純粋に驚いただけです。気分を害されたのなら謝ります」
前半の言葉は神将達に、後半の言葉は晴明へと向けて言葉を返す。
確かに、受け取り方を少し変えてしまえば、その言葉は侮蔑の言葉ともとれるのだ。昌浩としては本当に純粋な感嘆からきた言葉であったのだが、神将達はそうと受け取らなかったようだ。
「いえいえ、私は気にしていませんよ。確かに窮奇は手強い相手でした。妖といえど、そう立ち向かえる相手はいないでしょうし、驚かれるのも無理はないかと・・・・・お主ら、そういうわけじゃからそんな怖い貌(かお)で昌浩を睨みつけるのは止めなさい」
「・・・・・・ちっ」
晴明の言葉で、神将達は取り敢えず昌浩を睨みつけるのを止める。
青龍にいたっては、微かに舌打ちをした後その姿を掻き消した。
昌浩は知らず知らずのうちに、ほぅ・・・と浅く息を吐いた。
どうやら意識しないところでそれなりに緊張していたようである。
「おっほん!・・・・・というわけですから、この都を注意深く探せばお仲間の方ともすぐに会えると思いますよ?」
「そうですか・・・・。お話、ありがとうございました」
「なんの。こちらもそちらの事情を知ることができてよかったと思いますからな、お互い様ですよ」
「はい・・・・。では、俺はこれで失礼させていただきます」
昌浩はそう一言断った後、安倍邸を後にした。
長年、ずっと追い続けていた仲間達の行方を求めて―――――――――。

※言い訳
今回は本編筋を大きく逸脱してほとんど捏造。最初の翻羽達のシーンがちょこっと本編に沿っているようでそうでないような・・・・・。うまく規定話数内に収まるでしょうか・・・・配分量を考えずに書いているので心配です。
2007/7/16 |