慈母の行く先を指し示せ-壱-




土ぼこりが舞い上がる。



辺り一体を醜悪な瘴気が覆いつくす。





「どこだあぁぁ!どこにいる―――っ!」


身の毛も凍るようなおどろおどろしい女の叫び声声が闇夜に響き渡る。
叫びと共に霊気で辺り一体の空気がぶわりと吹き荒れる。


「うわっ!―――っと、ふぅ・・・・危ない危ない。危うく吹き飛ばされるところだった」

「んな悠長なことを言っている場合かっ!早くあの女の霊を鎮めるなり何なりしろよ!!晴明の孫」

「孫言うなっ!!こんな暴風の中、あの女の人の霊に易々と近づけると思うのか!?物の怪!!!」

「物の怪言うなっ!!だから鎮めるなり何なりしろと言ってんだろうがっ」

「簡単に言ってくれるなぁ・・・・・少しはこっちの身にもなって物言ってよね!!?」


荒れ狂う風の中、そんな状況もお構いなしに舌戦を繰り広げているのは、まだ年端も行かない黒髪の少年と猫のような体躯をした一匹の白い物の怪。
そう、晴明の孫こと安倍昌浩と十二神将・騰蛇こと物の怪のもっくんである。
どうして現在このような状況に至っているのかというと、何時もどおりに仕事を終わらせ安倍邸に帰宅しようとした昌浩の下に、彼の祖父である安倍晴明から一つの式が寄越されたのだ。
祖父曰く、
『近頃、朱雀大路の付近で鬼女が徘徊しており通りがかった都人を襲い掛かっているとのこと。人々の安穏のためにもここは一つ、お前にぱぱっと払ってきてもらいたいのじゃ。なぁに、お前のことじゃからちょこ―っとへまをしても紅蓮あたりがそこは何とかしてくれるじゃろうて。では頼んだぞ。 ばーい晴明』
とのこと。
そんな文を貰ったからにはその鬼女とやらを払わねばならないのだろうと、諦めの溜息をついてこの場所へやって来たのだが・・・・・・。


「何が『ぱぱっと払ってきてもらいたい』だ!こんな怨念びんびんに放っている霊をぱぱっとなんて払えるわけないだろーが!・・・・そりゃあじい様だったらそれこそ片手でちょちょいとはらいそうだけどさ!だからって半人前のまだ陰陽生にもなってない直丁の俺にぱぱっとなんて言うか普通!!しかも俺が何かへますること前提だしさっ!!」

「普通の直丁になら言わないだろうな・・・・・」

「だろっ!!?」

「あくまで普通のだ。小さい頃から最高峰の陰陽師に手取り足取り教えて貰っているお前は例外だ」

「そんなぁ〜」


<普通の>を強調して言う物の怪に昌浩は情けない声を出して抗議する。
そんな昌浩を物の怪は無視し、物の怪は暴風の中心辺りに視線を投げる。


「で、結局のとこあれをどうするんだ?」

「どうするって・・・・・・やっぱり払うしかないでしょ」

「んなことはわかってる!俺が聞きたいのはどうやってかってことだ!!!」

「!そこかあぁぁっっっ!!!」


物の怪の声に気づいた鬼女は物陰に隠れていた昌浩達の方に向かってくる。


「げっ!もっくんの所為で見つかったじゃないか!!」

「俺の所為かよ!!?」

「他に何があるって言うんだよ!!」


そうこうしているうちに鬼女は目の前に迫ってきていた。
勢いを殺さずにそのまま突っ込んでくる鬼女に、二人は慌ててその場から飛び退く。
と、今まで二人が立っていた場所を物凄い勢いで鬼女が通り過ぎる。


「危なっ!」

「ていうか、物凄い形相で突っ込んでこられると防衛本能が働くな・・・・・」

「そういう問題と違うと思う;;」

「おんみょうじぃぃぃぃ!あの子を何処にやったあぁぁっっっ!!!!!」

「・・・・・・・・あの子?」

「どこにやったのじゃあぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」


昌浩の問いかけにも答えず、鬼女はたださけぶばかりだ。
話を聞こうにもこの様子では会話など望めないだろう。
と、叫んでいた鬼所が問答無用でこちらに攻撃を仕掛けてきた。
昌浩達に向けて邪気を纏った鋭利な風―――かまいたちが飛んでくる。
それに気づいた昌浩は慌てて印をきる。


「くっ!禁―――――っ!!!!」


昌浩の眼前に霊力の障壁が出来上がる。
その障壁に阻まれてかまいたちが昌浩達に届くことはなかった。
それを見て取った鬼女は悔しげに眉を寄せ、身を翻す。


「あっ!待って――――」

「覚えておれ!わらわは必ずあの子を探し出す!!!」


捨て台詞にも似た言葉を残し、女は姿を消した。


「・・・・・・行っちゃった」

「あぁ・・・・・・出直すか?」

「うん、そうだ・・・・・・・ね?」

「ん?どうかしたのか??」

「なんか視線を感じたような・・・・・・・」

「なに・・・・・・・?」


鬼女が立ち去りほっと息を吐いたのもつかの間、昌浩は微かな人の気配を感じ周囲の様子を探る。
物の怪も昌浩の言葉を受けて周囲の気配を探る。


「・・・・・・気のせい、かな?」

「おそらくは・・・・・まぁ、こんな時間だが人が全く通らないわけでもないだろうから通りすがりのやつがいたのかもしれん・・・・・」

「うぇっ!?それってまずいんじゃ・・・・・もし顔でも見られたりしてたら・・・・・」


うわあっ!どうしよう!!?
思わず頭を抱える昌浩に物の怪は待ったを掛ける。


「いや、流石にそれはないと思うぞ?何せあんな物凄い鬼女が暴れまくってるところに止まってまで見物を決め込むような変わり者、もとい肝の据わったやつなんかたとえ陰陽寮のやつとしてもいないぞ?」

「そ、そうかな・・・・・?」

「そうだって(晴明やお前じゃあるまいし)・・・・・・・」


そんな会話をしながらもしばらくの間気配を窺っていた昌浩であったが、特に異常はなさそうだと判断したのでそのままその場を立ち去ることにしたのだった。

が、念のためもう一度辺りの気配を探る。
(おかしいなぁ・・・・・確かにあっちの方から感じたんだけどな・・・・・・・)
僅かに首を傾げつつも、人などいなかったのだという結論にすることにした。


「何やってんだよ!おいてくぞ?」


背後から物の怪の声が掛かってきたので、昌浩はそちらを振り返り後ろ髪が引かれつつもその場を後にした。









少し離れている彼らの死角でじっと様子を窺っていた存在に気づかずに。









このことが後に波乱を呼ぶことになるのは今は誰も知らない―――――――。










                      

※言い訳
キリリク長編の掲載開始です。
といっても水鏡の方にも手を回さないといけないので更新速度はゆっくりめになると思います。
ちなみにこのお話はキリリクしてくださったMia-Kato様のみお持ち帰りをすることができます。
続きも頑張って更新しますので気長にお待ちください。

2005/12/5