慈母の行く先を指し示せ-弐-

じっとりと絡みつくような視線を背後に感じる。

(ど、どうしよう・・・・・俺、何か疑われるようなことしたっけ!!?)

何時もどおり硯で墨をしゃこしゃこと磨っていた昌浩は、視線を向けてくる本人に気づかれないようにしながらそっと視線だけを背後に向ける。
案の定というべきか、そこには陰陽生の藤原敏次が厳しく監視をするような視線をこちらへと向けながら立っていたのだった。
彼から針のような視線を実践されることは久しぶりだった。(※六花に抱かれて眠れ参照)
ここのところは直丁の仕事を休んだりしておらず、彼とは至って順風満帆?な関係が続いていたのだが、ここ数日はずっとこの調子である。


「・・・・・・・も、もっくん・・・・・・・・・」

「なんだ、晴明の孫」

「孫言うな。―――何か視線がとても痛いんですけど・・・・・・」

「・・・・・そうだな、俺もちょうどあの視線をうざったく思っていた所だ。お望みと在らば、その元凶に回し蹴りに加えて踵落しをお見舞いしてやるが?」

「謹んで辞退させていただきます」


据わった眼で物騒極まりないことを言ってくる物の怪に呆れつつ、昌浩はひっそりと息を吐いた。
本当に困ったことになった。
こんなことになった原因がわからないので、対処どころか心構えもできない。
一体彼は自分達の何を目撃したのだろうか。


「俺、胃痛がしてきそうだよ・・・・・・・」

「耐えろ、俺もかなりきているんだからな」

「うん・・・・・・・」


物の怪の言葉に覇気無く返事をし、昌浩は再び仕事に集中することにした。

(しかし、現状が続くのはあまり得策ではないな・・・・少し探ってみるか・・・・・)

そう考えた物の怪は例の如く、昌浩の傍を離れて敏次のもとへと向かった。








*    *    *







「あれは見間違いだったのだろうか・・・・・・」


渡り廊下を歩きながら彼、藤原敏次は物思いに耽っていた。


「しかし、あれが事実だったとしたら何故・・・・・・」


傍から聞いていれば全く意味の分からないことを、一人ぶつぶつと言っている敏次。
そんな敏次の様子を後から追いついた物の怪が胡乱気に見ていた。





ことの起こりは三日前。
敏次が陰陽寮からの帰りで、朱雀大路から少し入ったところの小路を歩いていた時だ。


「ふぅ・・・・すっかり遅くなってしまったな」


敏次はその日、休んだ同僚の仕事を引き受けたため、常よりも帰宅時間が遅くなっていたのだった。
松明を片手に黙々と歩いていた敏次は、ふと眉を寄せて歩みを止めた。

(微かに空気の流れが違う・・・・・・・?)

前方(詳しく言えば二つ先の角を曲がった辺りだろう)から吹いてくる風に、妖気とも霊気ともいいつかない気が混じっているのだ。
いくら霊力がなく、道具に頼らなければ異形のものを捉えることができない敏次といえど、ここまで強い気なら気づかないわけが無いのだ。
それに、自分は何やらこの気配に身に覚えがあるような気がする。
と、そこでようやく思い至る。


「・・・・・この気配、これは何時ぞやの術者の・・・・」


実際に口に出してみて、自分の考えに納得する。
そうだ、これは以前遭遇した正体不明の術者のものだ。
そして、敏次は忍び足でその現場へと向かったのだった。



敏次が現場に辿り着いた時は、術者が丁度妖を調伏したか追い払ったところだった。
術者を見て、敏次は僅かに目を開いた。

(今日は何も顔を覆っていない!?)

顔を覆っていた長布こそなかったが、その背格好から推測するに彼が正体不明の術者であることは間違いないだろう。
少し距離はあるが、肉眼で顔の識別をするには十分な距離である。
今、術者は敏次に背を向けている。
一度こちらを振り返れば、その顔をみることができるのは必須。
敏次は気取られないよう息を殺し、術者がこちらを振り返ることを願った。
と、彼の術者がこちらを振り返った!
(―――!顔が見えない!!?)
術者がこちらを振り返ったのはいいが、肝心の顔が見えない。月を背後に背負っているためだ。
逆光のせいで顔が見えない。
術者は微かに首を傾げる。
気づかれたか!?と思った敏次は僅かに身体を強張らせる。
が、術者は後方に視線をずらしたかと思うと、そのまま踵を反し何処へと去っていった。
その様をつぶさに見ていた敏次は驚愕に眼を瞠った。
(まっ、まさか―――!!?)
踵を反した術者。その際に月光が彼の横顔を照らし出した。一瞬のことではあったが、垣間見たそのその顔は―――
(昌浩殿?)
そう、彼の直丁安倍昌浩の顔をしていたのだった。
(私の見間違いか?いや、でもあれは・・・・・)
困惑の極みに至った敏次はその場に呆然と立ち尽くすのだった。








                       

※言い訳
キリリク続編書きました。
どうやって敏次にばらそうか、未だに考えていなかったり;;
続きどうしようかな・・・・・。

2005/12/5