「どうだ?少しは仕事は進んだか?」
「・・・・・もっくん、何処に行ってたの?」
敏次の態度に不信感を持った物の怪は、偵察と称して今まで敏次の傍にいたのだ。
そして、たった今昌浩のところへ帰ってきたところである。
昌浩は何のために物の怪が自分の傍から離れたのかを知らないので、不思議そうに物の怪を見てくる。
「いや・・・・大したことはない。ちょっとした情報収集だ」
「は?」
「気にするなって意味だ。ほら、さっさと仕事を進める!」
訳が分からないといった顔をしている昌浩に、物の怪は作業を進めるよう促す。
昌浩の傍までやってきた物の怪は、昌浩の手元を覗き込む。
と、次の瞬間には訝しげに眉を寄せた。
「お前、何仕事放り出してそんな物作ってるんたよ?」
「んー?いや、今回の事件を俺なりに調べてみた結果ってとこかな・・・・・・」
「は?てか、いつそんなこと調べたんだよ;」
「資料探しを頼まれた時に・・・・・丁度良いからって思ってね」
ついでに調べたんだ。
そう言って昌浩は作りかけのそれに視線を落す。
昌浩のそんな言葉を聞いて、物の怪は「そういえば今日色々と資料見てたもんな・・・・・」と今日の出来事を振り返っている。
今日の資料探しは随分と時間が掛かったなと思っていたら、そんなことをしていたとは・・・・・・・・・。
ある意味職権濫用である。
「良い根性してんな〜。お前、そんなところ晴明にそっくりだぞ?」
「げっ!よせやい!!俺、あそこまで性悪じゃないよ」
物の怪の言葉に、昌浩は苦虫を数十匹噛み潰したような顔をする。
祖父似と言われて相当に嫌そうだ。
晴明、あんまり昌浩を虐めるのは止した方がいいと思うぞ・・・・・・・・。
でなくば、本当に嫌われてしまうんじゃないか?と怪訝に思いつつ、物の怪は今はここにいない大陰陽師に語りかける。
「・・・・・ところで、そんな物を作っていて本来の仕事の方は大丈夫なのか?」
「あぁ、問題ないよ。残ってる仕事は急ぎのものではなし・・・・・こっちの方が重要でしょ?」
夜な夜な都を徘徊する鬼女。
彼の霊を調伏することの方が、期限的にゆとりのある仕事よりも優先事項は高いと昌浩は断言した。
ここ最近連続して都の存亡に関わるような事件ばかりに遭遇している昌浩としては、事務処理よりも悪霊調伏に重きを持ってしまっているのは仕方ないことだろう。
「それは・・・・確かに早期解決に越したことは無いが・・・・・・」
自分の仕事を疎かにするのはどうかと思うぞ?
胡乱下にそう言った物の怪に対して、昌浩は
「誰にも見つからなきゃいいんだよ」
笑顔でとんでもないことを言ってくれた。
物の怪はそんな昌浩の思考回路に撃沈した。
孫だ。こいつは紛れも無くあの晴明の孫だ。
物の怪が内心、そう断言していたことは本にのみ知ることである。
「さぁーて!これも作り終わったし、残りの仕事を片付けよっと!」
昌浩はそう言うと、脇に避けておいた硯やら紙やらを引き寄せ、本来の仕事を再開する。
物の怪はそれを見て、昌浩に気づかれないようこっそりと息を吐くのであった。
「ん〜!終わったぁ!!」
空が青から黄金色へとその顔を変える時間帯になった頃、昌浩は漸く自分の仕事を終えた。
「終わったか・・・・なら、こんなところにいつまでもいないでさっさと帰るぞ」
「うん、後片付けしたらさっさと帰ろうか」
使い終えた硯などを片付けながら、昌浩は物の怪に同意する。
とそこへ誰かが近づいてくるのか、足音が聞こえてきた。
次の瞬間に現れた人物に、物の怪の機嫌は一気に地の底へと落ちた。
「昌浩殿・・・・・・まだいるかい?」
「敏次殿?どうかしたんですか??」
現れた人物は敏次。つい数刻前には昌浩に疑惑の視線を送ってくれていたあの敏次であった。
もともと物の怪は敏次を毛嫌いしている節がある。
故に、昌浩の退出を邪魔してくれた敏次に対して、怒りに煌く視線を送るのは仕方ないと言えよう。
「こんのっ!エセ陰陽師風情が昌浩に気安く声を掛けるんじゃねぇ!!」
猫のように毛を逆立てている物の怪を昌浩は綺麗に黙殺し、敏次に用件を問う。
「あぁ・・・帰りの準備をしていたところ申し訳ないのだが、急ぎの仕事が入ってきてしまってね・・・・・皆早々に帰ってしまって手の空いた者がいないんだ・・・・・・・・君がやって貰えないだろうか?」
そう言って敏次が掲げた手の中には紙の束。
どうやら帰宅はもう少し後になりそうだ。
「なんでいざという時にはちっとも役に立たない、無能陰陽師の尻拭いを昌浩がせねばならんのだ!昌浩、そんなもの断ってしまえ!!」
「いいですよ」
「おいっ!」
「そうか・・・・・助かる。すまないな、私も自分の仕事を早々に終わらせてこちらも手伝うようにするから・・・・・・それまで一人でなんとかやっていて貰いたい」
「んな勝手な!!」
「はい、わかりました。おれ・・・私の方もなるべく早く終わらせるよう努めますので」
「こら昌浩!何快く承諾してるんだ!?」
「あぁ、こちらも急いで終わらせる。では、また」
「はい」
物の怪の言葉など一切無視。
敏次との会話を順調に進める昌浩。
敏次は自分の仕事を片付けるため、自分の仕事場に戻っていった。
「じゃあ、これをさっさと終わらせようか」
「頼むから人の話を・・・・・・・」
「ん?何か言ったもっくん??」
「いや、なんでもない・・・・・・・・」
「そ?ならいいけど」
「はぁ・・・・・・・・」
昌浩、お前本当に逞しくなったな・・・・・・・。
目じりに溜まった涙を払う仕草をしつつ、物の怪は内心そう呟いたのだった。
親の心、子知らず。
物の怪の心、昌浩知らず。
昌浩の教育方針を間違ったかな・・・・・・?とちょっぴり後悔する物の怪であった。
※言い訳
久々のキリリク更新です。
ずっと更新を放置していました・・・・・・本当に申し訳ない。
頑張って更新せねば。
2006/3/3 |