慈母の行く先を指し示せ-肆-



急ぎの仕事を敏次と二人で何とか終わらせた昌浩。
予定していた帰宅時刻よりも大きく上回って、日もどっぷりと暮れた頃に昌浩達は帰ることとなった。


「すっかり日が暮れてしまいましたね」

「そうだな。手伝わせてすまなかったな、昌浩殿」

「いいえ!急ぎの物だったのですから・・・・・仕方ありませんよ」

「そう言ってくれると助かるな」


道具の後始末をてきぱきと行いながら、二人は他愛の無い会話をする。
今の敏次の様子だけを見ていたのならば、先程の痛い視線を送っていたことなど忘れてしまいそうだ。
それほどに敏次の昌浩に対する態度は普通であった。

そんな会話をしている中、物の怪だけは相変わらず延々と敏次に対して文句を言い連ねていた。


「なーにーがっ!手伝わせてすまなかっただ!!そう思ってるんだったら初めから昌浩に手伝わせるんじゃねぇ――!!!」


全く、ここまで毛嫌いするとは・・・・・・・。

昌浩は内心呆れつつも眼の端で物の怪の様子を見守っている。
もちろん、敏次には物の怪が見えていないので、ぎゃんぎゃん吼えている物の怪のことなんぞ全く問題ないだろう。
迷惑を被っているのは実質的には昌浩だけだろう。


「もっくん、うるさい。少しは黙っててよ・・・・・」

「んなっ!昌浩、お前はこんな仕事を手伝わされて嫌だとは思わないのか!?これのせいで帰る時間が遅くなって、彰子との楽しい会話の時間が減るんだぞ!!?」

「そりゃぁ、彰子との会話の時間が減るのは嫌だけど・・・・・・・・人手が足りないって言ってるんだよ?しょうがないって」


憤りに打ち震えている物の怪は、昌浩のあんまりな言葉にくわりと牙を剥く。
そんな物の怪を見て昌浩は、血管焼き切れたりしないのかな・・・・・・・?とあらぬことを考えていたりする。
こうなってしまった物の怪は、人の話をまともに聞かないので放置しておくに限る。


「ん?何か言ったかね?」

「えっ!いえ、何も言ってませんけど・・・・・・・・・」


敏次には聞こえないよう、声を潜めて会話をしていたのだがどうやら微かに聞こえてしまったらしい。
表情にっこり、背中冷や汗だらだら。
これでまた変に勘繰られるようなことがあっては非常に困るのだ。
職場上培ってきた、作り笑顔で誤魔化す。
訝しげな視線を寄越していた敏次であったが、特に追及をしてこなかったので誤魔化せたのだろう。


「あ。じゃあ、これで帰りますので失礼します」

「待ち給え。私も丁度帰ることだし、途中まで共に帰ろう」

「・・・・・・・・・え?」


敏次の当然の申し出に、昌浩は疑問の声を漏らす。


「私の所為で帰りが遅くなってしまったことだし、途中までだが一緒に帰らないか?」

「そうですね・・・・・・・夜道を一人で歩くよりは危なくないですしね・・・・・・・・」

「では、少しだけ待っていてくれないか?わたしは帰りの支度をしてくる」

「わかりました」


敏次は帰り支度をするためにその場を辞していった。
昌浩はそれを見送る。


「こら!昌浩!!なんであんな奴と一緒に帰る約束なんざしてるんだよ!?」


敏次が去った後、物の怪は昌浩に問い詰める。
昌浩はそんな物の怪に、呆れたように緩く首を振りつつ答えた。


「なんでって・・・・・・・断る理由がないじゃないか。変に断ったら逆に何かあるんじゃないかと怪しまれるって」

「うっ・・・・・そ、それは・・・・・・・・」

「それとも、何?もっくは俺の心労をこれ以上増やしたいの??」

「いや、そうは言ってないだろ;;」

「いーや!もっくんが言っていることは、最終的にそういう意味になるって!!」


最もなことを言う昌浩に、物の怪はそれ以上口を開くことができない。
そんな言い合いをして、昌浩は盛大な溜息をついた。
物の怪が敏次のことを嫌っていることは十分にわかっているが、最近の物言いには言いがかりの部分が多いように思える。

そんな一方方向の会話は、支度が終えた敏次がやって来るまで続くのであった。










場所は朱雀大路。

辺りには人気が無く、昌浩と敏次の二人分の足音だけが響き渡る。

松明の灯りがぼんやりと暗闇で見えない道を照らす。
今夜は生憎の曇り空で月や星が隠れてしまい、光源は松明の灯り一つだけだ。


「あまり人気がありませんね・・・・・・・」

「そうだな、この時間帯だともう少し人気があってもいいのだが・・・・・・まぁ、時間が時間だしな」

「いつもはもっと人気があるんですか?」


いつも仕事を早々に終わらせて帰る昌浩としては、ここまで遅い時刻に帰ることはそうないので疑問を口にする。
その問い掛けに敏次は一つ頷いて返した。


「まぁな、多いとは言えないが・・・・それでも人影はそれなりに見かける」

「へぇ〜、そうなんですか」

「・・・・・・そういえば、昌浩殿は夜は何をして過ごしているんだい?」

「え?夜ですか??」


突然話題を変えてきた敏次に、昌浩は面食らう。


「あぁ・・・・・私は残業やら何やらで日頃から帰りが遅くなってしまうのだが、そう早々に寝るわけではないしどんなことをして過ごしているのか少し興味があってね・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・そうですね。書物を読んだり、家族の者と話をしたり・・・・・・色々ですね」


質問の意図するところはわからないが、昌浩は取り合えず答える。


「そうか・・・・・夜に出かけたりすることはないのかい?」

「・・・・・・・・・え?」


昌浩は敏次の問いに言葉を詰まらせる。
先程から一体何を聞きたいのかと不思議に思っていたのだが、今の質問でその意図が見えた。
意図を理解したと同時に、だらだらと冷や汗が背を流れ落ちる。


「実は三日ほど前、帰宅途中に君の姿を見かけた気がしたのだよ・・・・・・・いや、私の気のせいだったら別にいいのだが」

「は、はぁ・・・・・・・・」


夜に出かけたりしないのか。
今更になってこんなことを聞いてくるということは、ここ最近昌浩を夜にどこかで見かけたということ。
しかし、それを疑問系で聞いてくるということはまだそれが昌浩本人だという確証はないのだろう。


「・・・・・・で、どうなんだね?」


敏次がちらりとこちらへ視線を寄越してくる。
ばくばくと踊り狂う心臓を必死で宥めながら、昌浩は努めて平静に答えた。


「流石にこの時期に夜は外へ出たりしませんよ。最近、鬼女が都を徘徊しているという話、まだ直丁のお・・・私には払うことなど到底無理な話です」

「・・・・・・・・・・・」

「それより、私を見かけたような気がしたとは・・・・・・相手の顔でも見たのですか?」


何も返事を返さない敏次を内心不気味に思いつつも、さも不思議そうな顔をして問い掛ける。
顔を見られたのならば誤魔化しとおすことが難しくなるからだ。


「・・・・・・いや、月の光の逆光ではっきりとは判別できなかったのだよ」

「そうですか。・・・・・・・まぁ、世の中には似たような顔を持つ人は三人入るといいますし、似たような顔立ちの方だったのでは?」

「・・・・・・・そう、課もしれないな・・・・・・・・・」

「きっとそうですよ」


頑張れ俺!誤魔化しきるまでもう一息!!!
昌浩は表情筋を酷使して満面の笑みで会話をする。

それを見ていた物の怪は、「そういうところが益々晴明に似てきたぞ・・・・・・・」と内心呟いた。
そんなところは似なくてもいいのに・・・・・・。とも。


その時!ふいに前方から妖気が漂ってきた。
昌浩と物の怪は即座に反応する。(敏次に気づかれないよう態度には全く出さない)
先日遭遇した鬼女の妖気だとすぐにわかった。
何気なくを装って敏次の様子を窺えば、前方から漂ってくる妖気にはまだ気づいていないようだ。

よりにもよってこんな時に来なくても・・・・・・・・(泣)

あまりのタイミングの悪さに、昌浩は心の中で涙を流す。
そうこうしているうちにも妖気は段々こちらへと近づいてくる。


「っ!!?妖気・・・・・・・・・例の鬼女か!!!」


鬼女の姿が目視できるかどうか位の距離になって、敏次が漸く漂ってくる妖気に気づいた。


「おいおい、そんなんで大丈夫なのか?陰陽生筆頭・・・・・・・・」


物の怪がそんな敏次に野次を飛ばす。
ちなみに、鼻で笑うというおまけ付だ。


「もっくん・・・・・・・」


もう、何も言う気力がない昌浩は囁き声程度の声量でそう呟くに止まった。
辺り一体を包む妖気の濃さが一層増す。


「ど――こ――だぁ――っ!!!」


地を這うようなおぞましい声が大路に響き渡った。



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※言い訳
段々と文章構成が雑になってきた・・・・・・・・本当にごめんなさい。
多分、このお話はもう三・四話あたりで終わるはずです。なるべくおもしろい展開になるよう頑張ります。

2006/3/6