行く手を遮る闇。 それでも自分は歩みをとめることはない。 見つけた己の道。 喩え隣を共に歩む者がいなくても もう立ち止まったりしないと決めた 迷いはない―――――――――。 水鏡に響く鎮魂歌―終章― 頭の中でガンガンと音が反響し、耐え難い苦痛が苛む。 「――ぁ・・・くっ、貴様・・・・・・!」 《手を取ることなど許さぬ。貴様は傀儡、ただそれだけであればいい・・・・・・今更自由など誰が与えるものか》 「私はもう復讐など行わない!相手も居らず、愚かなことだとわかった今、これ以上何をしようというのだっ!!」 黒い何かが己を侵食しようとする。 爛覇はそれに抗いながら、己から離れようとしない闇に自分の真意を吐き出す。 黒い何かに侵食されてしまえば、また己を見失いそうだと思ったからだ。 これ以上の過ちを犯す気など、毛頭にない。 その意思表示として、眼には見えない闇を睨み付ける。 《くっくっくっ!貴様の意思など関係ない。折角手に入れた器だ、利用できるものは利用するのが当然であろう?貴様はただ示されたとおりにあの老人を殺せばいいのだ。その為に十年以上も貴様に憑き、耳元に囁き続けたのだからな―――――》 憎き仇に(安倍晴明)に復讐しろ・・・・・・とな。 闇はさも可笑しそうにくつくつと哄笑する。 爛覇の思考をじわじわと侵食していく。 自分の思い通りに動かすために・・・・・・・・。 「ほぅ。つまりこの度の件は、貴様が根本的な原因だというわけなのじゃな?」 《いかにも。安倍晴明、これは他の妖や霊も思っていることだろうが、貴様の存在が邪魔だったのでな・・・・死んで貰ったほうがこちらとしては嬉しい限りだからこの男を使おうとしたのだよ》 「それで自分は高みの見物と・・・・・口がよく回る割には随分と臆病者なのだな?」 《何とでも。それで脅威を取り除くことができればそれ以上のことはない》 「はっ!救えないほど根性が腐ってやがるな」 《褒め言葉として受け取っておこう》 「誰も褒めてないわよっ!」 勾陳が合点がいくと頷くと同時に、相手に辛辣な言葉を投げ付ける。 朱雀もそれに合わせるかのように侮蔑の言葉をかける。 が、闇はそんな言葉をさらりと流し、全く気にしない体を装っている。 《―――というわけだ。貴様の体、貰い受ける》 「ふっ、・・・・ざける・・・な、ぁ・・・・・ぁあああっ!!!」 ふざけるなと爛覇は言葉を紡ごうとしたが、急激に意識を侵されていく感覚に絶叫を上げる。 「兄さん!」 《爛覇!!》 声の限り叫ぶ爛覇に、昌浩と瑞斗は同時に声を上げた。 思わず駆け寄ろうとしたが、ふつりと叫び声を上げるのをやめた爛覇が躊躇無く攻撃してきたので断念せざる負えなかった。 下を向いていた顔がゆらりと上がる。 顕わになった顔に浮かぶのは嗤笑。 にぃっ!と口の端が吊り上る。 「この男はどうにも甘い。そこの子供も殺そうとはしなかったし、復讐の相手である貴様も殺すことに躊躇っていたからな・・・・・・・・」 爛覇の顔、声はそのままに、闇は嗤いを浮かべ続ける。 「この体を使って・・・・・・」 「もうよいか?」 「・・・・・・・・何だと?」 「さっさと終わらせてよいのかと聞いておるのじゃ。長い御託に付き合うほどこちらは暇ではないからのぅ」 飄々とした様子でそう言う晴明であったが、その瞳には剣呑な光が宿っていた。 そして次の瞬間には――――――― 「縛縛縛、不動縛!!」 放たれた呪言は爛覇の両足を縫い止め、動きを完全に封じ込む。 爛覇の動きを止めた晴明は、昌浩に目線で合図を送る。 瑞斗と代わり表に意識を戻した昌浩は、その意図を理解して素早く印を組む。 「ノウマクサンマンダバザラダ、センダマカマシャダソワタヤ、ウンタラタカンマン!!」 「なっ!?――ゥ、ウワアァァアァァァッ!!!!」 昌浩の裂帛の気合を込めて放たれた真言は、闇を爛覇の中から外へと弾き出す。 爛覇の体から弾き出された闇は、鬼の姿を模る。 その鬼は醜く顔を歪め、昌浩を睨み付ける。 《オノレ、コドモフゼイガッ―――――!!》 「臨める兵闘う者、皆陣列れて前に在り!―――万魔拱服!!!」 くわりと牙を剥き、襲い掛かってくる鬼に、昌浩は霊力をありったけ込めて術を放つ。 凄絶な霊気がぶわりと鬼を包み、勢いを止めずにそのまま呑み込む。 「ギィ、ギャアアァァアァァァァッ!!!!!」 昌浩の熾烈な霊力を浴びて、鬼の体はボロボロと崩れ去っていく。 最後には鬼は凄惨な断末魔を上げながら塵となって消え失せた―――――。 「爛覇さん―――――!!」 鬼を瞬滅させた昌浩は、倒れ伏した爛覇へと駆け寄る。 肩に手を掛け、その体を揺すって意識の覚醒を促す。 「・・・・・・ぅ・・・・・・ずと・・・・・?」 意識を取り戻した爛覇は、ぼんやりと昌浩の顔を眺めながら弟の名を呼ぶ。 《もう一度だけ、代わっていただけますか?これで最後にしますので・・・・・》 「・・・・・うん、わかった」 耳にではなく、頭の中に響いた声に昌浩は了承の意を告げる。 ゆっくりと目を閉じて、体の支配権を瑞斗に譲り渡す。 次に目を開けた時にそこにいたのは、昌浩ではなく”瑞斗”であった。 「兄さん」 「・・・・・・瑞斗」 優しい眼差しを向けてくる昌浩(瑞斗)に、爛覇は安心したように名前を呼んだ。 全身強張っていた体から、緩やかに力が抜ける。 「大丈夫?兄さん・・・・」 「あぁ・・・・・・・」 差し伸べられた手を爛覇は躊躇いつつも、今度はしっかりと握り返した。 「巣食っていた闇はこの子が消してくれました」 「そうか・・・・・・」 「―――私の代わりに、彼<寛匡>がいてくれたことは知っているのでしょう?」 「あぁ・・・・・知っていた・・・・・・・・・」 呪縛のためだからではなく、きちんと己の意思で自分の傍に留まっていてくれたことを。 闇に呑まれないよう、必死に?ぎ止めようとしていたことを。 そんなことなど気づきたくもないと眼を背けていたが、確かに知っていたのだ。 だからだろう、昌浩に対して甘さを捨てきれなかったのは。 魂の欠片を消滅させることなく返したのは・・・・・・。 ほんの一瞬でもいい。 大切なものを奪われる辛さを、晴明に味合わせてやりたいと思った。 ただ、それだけでいいと――――――。 そう考えるようになったのは、寛匡を創り出してからすぐのこと。 凍えた心に微かなぬくもりはとても暖かく感じられたのだ。 そんな些細なことで復讐心を揺らげた自分を許せなくて、晴明の周囲の者を徹底的に攻撃させた。 温く、心地よい世界を振り払うために。 「・・・・・もう、大丈夫ですね?」 「・・・・・・・あぁ」 「覚えていてください。たとえ傍にいなくとも、独りではないことを・・・・・・・・・・」 呼ぶ名があるかぎり、その存在は確かにあなたの中にいます。 長年、魂だけの状態でも傍に居続けた青年は、緩やかに笑みを浮かべた。 爛覇も、その笑みにつられて口元に微かな笑みを浮かべる。 「瑞斗」 「・・・・・・なんですか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・心配をかけて、すまなかった。・・・・ありがとう」 長い間をおいて、謝罪と感謝の言葉が告げられる。 「わかってくれればいいんです!」 瑞斗は今までの中で一番綺麗な笑みを浮かべた。 それが別れの合図。 どこまでも穏やかな笑みを浮かべる青年は、昌浩にその体を返した。 《私の我侭を聞いてくださってありがとうございます。》 白の世界の中で、青年は深々と頭を下げた。 青年の姿が段々と霞んで空間に溶け込んでいく。 「よかったね―――――」 昌浩はただそう一言だけ言って、満面な笑みを浮かべた―――――――。 「――――――終わったかの」 昌浩の様子を見守っていた晴明は、昌浩の中から消えていく気配にことの終わりを悟った。 彼の背後に控えていた神将達も、張り詰めていた気を緩ませる。 晴明はそんな彼らに労いの笑みを寄越す。 「では邸に帰ろうかの・・・・・・・」 「安倍晴明」 邸に帰るために踵を返した晴明の背に、爛覇の声がかかる。 「―――なんじゃ?」 「・・・・・・・・・・・・迷惑を、かけてすまなかった・・・・・・・・・・・・・」 声を掛けられた晴明は、爛覇へと向き直る。 引き止めた晴明に、爛覇は謝罪の言葉を告げ、頭を下げた。 「・・・・・わしはその謝罪の言葉は受けん」 一言きっぱりとそう告げた晴明は、頭を下げたままの爛覇を一瞥し、無言のまま背を向けた。 爛覇はそれに微かに肩を震わせた。 数歩歩いた晴明は足を止め、その顔だけ振り返る。 「それはわしにではなく、昌浩や傷つけた者達に言うものじゃろう?だからわしに対しての謝罪の言葉は不要じゃ」 「・・・・・・・・・・・・・最後に一つだけ聞いていいだろうか?」 「・・・・・構わんよ」 下げていた頭を上げ、爛覇は真っ直ぐと晴明に視線を向ける。 「人形を壊した時、何故大丈夫などと言えた―――――?」 唯一の疑問。 何故はっきりと言い切れたのか不思議でならなかったから問いかける。 爛覇の問いかけの言葉を聞いた晴明は微かな笑みを浮かべ、ただ一言―――――― 「勘じゃよ・・・・・・」 晴明はそうとだけ言うと、後は一度も振り返らずにその場を立ち去った。 神将達もその後を追う。 その場に残ったのは爛覇と、それを見守っていた昌浩、昌浩の護衛として残った紅蓮(物の怪)・勾陳・六合の五人であった。 そんな中、爛覇は昌浩に振り返り謝罪の言葉を述べた。 「本当に色々とすまなかった・・・・・・・・君には一番迷惑をかけた・・・・・・・・」 「気にしないで。とは言わないし言えない・・・・・・けど、ちゃんと気づけたんでしょ?」 何にとは言わない。 でも、それで十分。 「・・・・・・・・・っ!あぁ・・・・・・・・・・・・」 「ならいいよ!」 爛覇の返事にを聞いた昌浩は、満足そうに笑みを浮かべた。 そしてくるりと踵を返し、軽やかな足取りで走り去っていく――――― 独りじゃないんだ・・・・・気づいて・・・・・・・・・・・・・・。 寛匡の想い。 昌浩達にではなく、己を創り出した者に向けての―――――”願い”。 「ちゃんと気づいてくれたよ」 今はもう存在しない片割れにそっと囁き告げる。 思い出せ楽しき過去を 思い出せ嬉しき過去を 御魂に刻まれしその記憶 喜びの声は蒼天に響き渡れども 歓声に耳を傾ける者は無し さすれば願わん 我が声を聞きし者が在ることを 我が魂とその微意に気づきし者を この精尽き果てるまで謡おう 歓喜の唄を・・・・・・・・・・・・ 時が戻る。 千切りとられた花弁は花へと戻り。 哀しみに歪んだ唄は、幸せを願う喜びの唄に戻る。 己を映す水鏡。 それにそっと手を伸ばす。 静かに 密やかに 魂鎮めの唄が響き渡った――――――――― ―完― ※言い訳 うおぉぉっ!!!とうとう完結したぁ―――!!(叫) 何とか終わった。何とか終わらせれたよ〜〜(T ^ T ) 敵がよわっちいのは許してください。もともとこのお話は昌浩のそっくりさんを出したかったのと、じい様は人を呪い殺したことがあるんだろうか?(あるだろうけど・・・・・・)という疑問から書き出したものなんで、この世を壊してやろう!とか、人間など滅んでしまえ!という考えの危ない思考の人外な敵さんではなかったのであっさり調伏されてもらいました。 きっと神将達は、 「弱っ!!」とか「やはり口先だけの小物だったか・・・・・」 というふうに思ったんじゃないかと思います。 今回のお話で、主語の抜けた言葉の意味とか、根拠の無い言葉の説明ができたと思います。(←本当か?) これまで水鏡に響く鎮魂歌を読んで下さった皆さん、最後までお付き合い有難う御座いました。 感想などお聞かせください→掲示板 2006/4/29 |