差し伸べた掌。









浮かぶ微笑。









すべてが懐かしく、心の琴線を震わす。









光が闇を裂く―――――――――――。














水鏡に響く鎮魂歌―参拾壱―

















「・・・・・・・兄さん」









「なっ!?瑞・・・・・斗?」


土煙の中から現れた人物に、爛覇は瞠目した。



目の前に現れたのは頑是無い子供。
安倍晴明の末孫。



しかし、爛覇は昌浩が無事であったことに驚愕したわけではない。





驚愕したのはその子供に重なるようにして見えた、嘗ての愛しい者の存在にだ。


この場に決しているはずのない存在。

いくら焦がれても相見えることができないはずの存在。


その存在が確かに子供に被って見えるのだ。





憎しみで何も見えなくなっていた視界が戻ってくる。





荒れ狂う心が静かに凪いでいくのがわかった。

耳元で囁く闇の声が遠ざかる。



「兄さん・・・・・もういい。もう、いいんだ・・・・・・・・」


子供が―――いや、子供の体を借りた瑞斗がそう囁きかけた。

静かに紡がれた言の葉は、風に運ばれて爛覇の元まで届いた。
子供の声に被さる様に、聞き慣れ親しんだ声が鼓膜を通って脳に響く。


「み・・・・・ずと・・・・・・・・」

「復讐なんて望んでいない。それはどちらにとっても哀しいことだから・・・・・・・・兄さん自身、苦しむこと、苦しませることだから・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・嘘だ。ここに瑞斗がいるは」

「いるはずがない?」

「・・・・・・・・・・」


兄さん、私を”瑞斗”と呼んだ時点で、私が瑞斗であるとわかっているのでしょう?

瑞斗は昌浩を介して目元を和らげて、口元に淡い笑みを浮かべる。

そんな彼の言葉と表情に、爛覇は動揺を隠せない。
そう、自分が瑞斗のことを見間違えるはずがないのだ。
それは長い年月を兄弟二人で過ごしてきたことから裏打ちされる絶対の自信。
故に、爛覇は戸惑いを隠せない。


「だが、確証が・・・・・・・・」

「       思い出せ楽しき過去を

       思い出せ嬉しき過去を

       御魂に刻まれしその記憶

       喜びの声は蒼天に響き渡れども

       歓声に耳を傾ける者は無し

       さすれば願わん

       我が声を聞きし者が在ることを

       我が魂とその微意に気づきし者を

       この精尽き果てるまで謡おう

       歓喜の唄を・・・・・・・・・・・・        」

「―――!それはっ!!」

「・・・・・・?あの唄は爛覇が謡っていた・・・・・・・・・」

「いや、微妙に文句が異なっておる。恐らく、あの唄を基に爛覇の唄ができたか、爛覇の唄を基にあの唄ができたかのどちらかじゃろう」


昌浩――いや、瑞斗の唄を聞いた爛覇は、その唄によって彼が確かに瑞斗であることを悟る。

爛覇の唄は瑞斗の唄を基にして作り出したものだ。

過去の優しい想いを忘れないで欲しいと願って、瑞斗が作った唄。
それを憎悪と悔恨で歪んだ唄に爛覇が作り変えたのだ。

故に、その唄を知っているのは爛覇か、唄を作った本人である瑞斗のみなのである。
つまりは、彼は間違いなく瑞斗であるということ。


「瑞斗・・・・・・瑞斗なのか?」

「先ほどからそうだと言っているでしょう?兄さんがあまりにも鈍感だったので、彼に頼んで体を貸して貰ったんです」


呆然と視線を寄越してくる兄に、瑞斗は深い溜息を吐いた。


「大体十二年もずっと傍にいたのに、どうして気づかないんですか?こちらがいくら呼び掛けようとしても、私自身を気づいてもらわなければ声の届けようがない」

「・・・・・・・十二年、ずっと?」

「そうです。兄さんは復讐事を企てることに気が回っていてちっとも気づいてはくれませんでしたがね」

「・・・・・・・・・」


弟の恨めしげな視線を受けて、爛覇はうっと言葉に詰まる。
瑞斗はそんな兄の様子に、肩を軽く竦めるに止めた。


「まっ、それは別にいいんです。気にしてませんから・・・・・・・そんなことよりも、一発殴らせてください」

「は?」


気にしていないと言っておいて、一発殴らせろとは矛盾している。
その場にいた者全員が、内心声を揃えてつっこんだ。

ぱあぁぁん!!!

乾いた音が盛大に鳴り響く。

横殴りに近い形で繰り出された平手は、躊躇無く爛覇の頬を打ち据えた。


《本当に殴っちゃったよ・・・・・・・(汗)》


体の支配権を瑞斗に譲り、意識のみ維持していた昌浩は内心引き攣り気味に言葉を漏らした。


「・・・・・・瑞、斗?」

「私に気づかなかったことは気にしていませんし、怒ってもいません。が、復讐を企て、多くの無関係な人達を傷つけたことにはとても怒っていますよ?」

「・・・・・・・・・・」


口調こそ丁寧だが、厳しさを孕んだ眼がその怒りを如実に伝えている。
復讐などしてもらったところで、自分はちっとも嬉しくなどない。
逆に多くの人が傷つくこと、多くの人を傷つけていく兄に哀しさを感じた。
それに、復讐する相手が全く異なっていることを兄に伝えてやれなくて苦しくもあったのだ。


「あぁ、ついでに私に呪詛を掛けた人。もうとっくに死んでますから」

「っ!なんだと!?」

「死んだ後探ってみたのですが、私に呪詛を掛けた陰陽師は、自分も他の人から呪詛を掛けられて死んでしまったようです。なかなか滑稽で笑えましたね」

「そ、んな・・・・・・では私がしてきたことは」

「無意味。でしょうね・・・・・」


事の真相を知った爛覇は、自分の行ってきた愚行に青褪める。


「・・・・ぁ・・・・・私は・・・・・・」

「兄さん」

「瑞斗・・・・・・」

「もう、やめましょう?」


瑞斗は優しく言い聞かせるように爛覇に語りかけ、そっと手を差し出した。

しかし、爛覇はその手に手を伸ばさない。いや、伸ばせない。
勘違いとはいえ、己の犯した過ちは決して軽くは無いのだ。
だから、手を伸ばすことができない。


「兄さん、過去にはもう戻れません。・・・・・ですが未来があります。罪を償うことも、謝罪することだってできます」

「未来・・・・・・」

「終わりにしましょう。それが今行える”けじめ”です」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、そう・・・だな」


瑞斗の言葉が己の所業に竦んだ背を後押しする。

現実から眼を逸らさず、しっかりと見据えよう。
己の過ちをきちんと受け止めよう。


それが初めの一歩。


差し出された手に手を伸ばす。

どうか、罪に立ち向かう勇気を下さい――――――。










《そんなことはさせぬ―――――!!!》









「っ!!・・・・・うっ・・ぁ・・・・」


その手を掴もうとした瞬間、姿なき声と共に恐ろしい激痛が頭を奔った。


「!兄さん!!?」


兄の異変に気づいた瑞斗が鋭く叫んだ。















空を掻く伸ばされた掌。













光への道を闇が遮る――――――――。
















                        

※言い訳
よっしゃあぁぁっ!!!残り一話!!!!!
長かった・・・・・・ほんっっとうに長かったよ。
今回は爛覇と瑞斗の土壇場でした。途中、じい様や昌浩の台詞が入っていますが、影が薄い?!
二人の話に重点を置いたので仕方ないんですけどね・・・・・・・。
瑞斗を呪い殺した人はすでに亡くなっているということにします。因果応報?自業自得ですかね??
残り一話、頑張ります!!!!

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2006/4/28