慈母の行く先を指し示せ-漆-







「―――――え?」

「大丈夫」


思わず疑問の声を上げた鬼女に、大丈夫だと昌浩は穏やかな声で言葉を重ねる。
言われた言葉の意味を把握しきれず、鬼女と二人のやり取りを見守っていた敏次は怪訝そうな表情を浮かべる。

大丈夫とは一体何に対しての言葉なのであろうか?

そんな二人の疑問を知ってか知らずか、昌浩はただ鬼女のみに視線を注ぐ。
そして徐に自分の懐に手を入れ、そこから取り出した何かを鬼女に向かって投げ放った。

昌浩が鬼女に向けて投げた何かは、次第に形を変えて独りの子供の姿を形どった。


「・・・・あ、あぁ・・・・・っ!」


その子供の姿を見た鬼女は言葉に成らない声を漏らす。
今まで狂気にしか浮かんでいなかったその瞳は、今は歓喜の光で満ち溢れている。


「母さまっ!」

「吾子っ、吾子!漸く見つけられた・・・・・・・!!」


己が腕の中に飛び込んできた子供を、鬼女は愛しげにしっかりと抱きしめた。
鬼女の眼には嬉しさのためか涙が浮かんでいた。

母子の周りを蛍火のような淡い光が飛び交う。


『ありがとう・・・・・・・』


鬼女と呼ばれていた女の霊は、嬉しげに微笑んで昌浩にお礼の言葉を述べる。
抱き合う母子は光に包まれながら、その消し去った。

霊が消え去ったと同時に、その場にひらりと何かが落ちた。

昌浩はその場に歩み寄り、その落ちた何かを拾い上げた。
それは人形<ひとがた>と呼ばれるもの。
昌浩が仕事そっちのけで作っていたものが、実はこれだったのだ。


「ふぅ・・・・・・・・」


これでやっと事件は解決したと安堵の息を吐いた昌浩であったが、唐突に肩をがしぃっっ!と掴まれて驚きのあまりに思わず息を止めてしまった。
嫌な予感に駆られつつも、ギギギギッ!と硬直した首を無理矢理捻って背後を振り返った。


「まぁ〜さ〜ひ〜ろ〜どのおぉぉ〜〜」

「!!?・・・・・・と、敏次殿・・・・・・;;」


ぜぇ――ったいに逃がさないぞと言わんばかりに、がっしりと昌浩の肩を掴んでいるのは・・・・・・そう、忘れ去られがちであったが、その場に共に居た敏次だ。
鬼女の調伏に集中していて忘れていたが、彼もこの場にいたのだった。
そもそも、昌浩が鬼女に対峙することになった理由は敏次を助けるためであったのだ。
どうして忘れてたんだよ俺――!!と内心頭を抱えても、すべては後の祭りである。


「昌浩殿、もちろん説明してくれるのだろうね?何故鬼女を調伏できたのかとか、君から謎の術者と同じ霊力が感じられたこととか、何故そこまで力があるのに隠しているのだとか・・・・・・そりゃあもう、一から十まで洗いざらい懇切丁寧に!教えてくれるんだろう?」

「えっと・・・・・いや・・・・・・あ、あははははっ!(汗)」


昌浩の肩をしっかりと掴んでいる敏次は、おどろおどろしい空気を背後に背負いつつ、口の端を持ち上げ、じと眼で詰問してくる。

はっきり言おう。めちゃくちゃ恐いです。

背中を滝の如く冷や汗が大量に滑り落ちていく。
どう切り抜けようかと試行錯誤する昌浩であるが、調伏現場をばっちりしっかり☆見られていては言い逃れなんぞできるわけがない。

敏次ににじり寄られ、昌浩は半ば恐慌状態に陥っていた。


(だ、誰か助けて―――――っっ!!!!)


内心、半泣き状態で昌浩は助けを求めた。その次の瞬間――――


「教育的指導―――――!!!!」

「ぐはあぁぁっっ!!!」

「あ・・・・・・・・」


鬼気迫る勢いで昌浩に詰め寄っていた敏次の脳天に、物の怪は意味不明な言葉を叫びながら、鮮やかな・・・・それでいて恐ろしく威力の篭った踵落しを繰り出した。

ドサッ!

物の怪の踵落しをくらった敏次は、白目を剥きつつ地面に倒れ伏す。


「なっ・・・と、敏次殿?!大丈夫ですか!!もっくん、何てことを・・・・・・・」

「そんなこと言っていいのかぁ?このままじゃあお前、絶対にばらす羽目になってたぞ?」

「うっ・・・・・・・でも、だからってこんなことして誤魔化せるわけないだろう?!」

「んなの、夢でも見たんじゃないですかぁ〜?とでも言えばそれ以上追求してこれんだろ?」

「んな無茶な・・・・・・・」


意識をなくした敏次を見遣りつつ、昌浩は多大な溜息を吐いた。
と、そこで昌浩は何かに気づいたように視線を上へと向けた。


「げっ・・・・・・・・」

「おっ!晴明からの激励文だぞ♪晴明の孫」

「孫言うなっ!・・・・うぅ〜、きっとつか絶対嫌味とか言われるよ〜(泣)」

「まっ、頑張れ」

「・・・・・はぁ」


昌浩は気重な溜息を吐きつつ、晴明の文を読み始めた。
文を読み進めていくうち、昌浩の表情は鬱屈としたものから引き攣ったものへと変化していく。
いつもどおり喚きだすものと思っていた物の怪は、動きを見せず固まったままである昌浩に疑問を抱き、首を傾げた。


「晴明は何て言ってきてるだぁ?どれどれ、俺に見せてみろ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・晴明の奴、これ本気で言ってるのか?」

「・・・・・・俺、じい様の考えてること、さっぱりわかんないよ・・・・・・・・・」


途方に暮れたように二人は顔を見合わせ、同時に足元に倒れている敏次を見下ろした。


「・・・・・・・・・とりあえず、敏次殿を邸に送らないと・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・だな」




そうして、なんとか敏次を彼の邸に送り届けた昌浩と物の怪は未だ疑問が解けないまま、一夜を明かすこととなった。







翌日。昌浩はいつもどおりに出仕をし、直丁の仕事をこなしていた。
昨夜にあった出来事の所為か、常より覇気がないように感じられた。

今日も今日とていつもの如く墨を磨っていた昌浩のもとを、敏次が訪れたのだった。


「やぁ、昌浩殿。昨晩は大変世話になったようだ・・・・・色々とすまなかった」

「敏次殿・・・・・いえ、帰り道の途中でいきなり倒れるんですから・・・・もしかして疲れが溜まっているんではないですか?」

「そうだろうか?」

「そうなんではないでしょうか?」


会話の流れから、ひょっとしたら昨日の物の怪の踵落しで記憶が吹っ飛んだんじゃ・・・・・だったら物凄くありがたいんだけどな〜と、昌浩は淡い期待を寄せていた。
しかし、そんな期待も次の言葉で消し飛ばざるおえなくなった。


「ところで、私は昨晩とても、とて〜も不思議な夢を見たのだよ・・・・・・・」

「ゆ、夢・・・・・・ですか?」

「あぁ・・・・。ほら、噂の鬼女がいただろう?その鬼女を以前遭遇した謎の術者が調伏する夢を見たのだが・・・・・これがまた何とも面白い話の展開になってね・・・・・・・・・・」

「・・・・・・と言いますと?」

「その謎の術者が・・・・・・・なんと、昌浩殿。君だったという夢だったのだよ」


きた―――――っ!!!

ずばり核心に迫る話を、夢と称しつつ敏次は昌浩に語って聞かせた。
もちろん、本人がそれを夢だと思ってはいないことなど、こちらに探るような視線を彼が向けてくることで明確にわかる。


「へ、へぇ〜。変わった夢を見たんですねぇ〜〜」

「・・・・・・と、言いたいところだが、私はそれを夢などではないと思っているのだよ。そう、事実なのではないかと・・・・・・・」

「ま、まさかぁ!俺、まだ直丁なんですよ?まだ陰陽師に関するきちんとしたことを何も学んでないのに、調伏なんてできるわけがないじゃないですか〜。夢じゃなく本当だったら俺も嬉しいんですけどね・・・・・・・・」


あははははっ!と昌浩は白々しい笑いをしつつ、敏次の言葉を否定する。
引き攣った笑いになっていないか、かなり心配だ。
昌浩は内心、冷や汗を掻かずにはいられなかった。

と、そこで今まで真面目な顔を作っていた敏次が、突然にっこりこれまでにないくらい爽やかな笑みを浮かべた。

「そう、私もこれが夢だったらこんなにも煩う必要はないんだがね・・・・・・・・」

「へ・・・・・?」

「実はとある拾い物をしてね・・・・・そう、まさにその夢の中で拾ったはずの物が私の手の中にあったのだよ」


そう言って敏次が取り出したのは、なんと昌浩が彰子から貰った匂い袋ではないか!!


「この匂い袋に覚えはないかい?」

「・・・・・・・・・」

「私はこの香りをどこかで嗅いだ覚えがあるのだが・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「そうか、君の物ではないんだね・・・・・・仕方ない、これは後ほど捨てることに」

「Σまっ、待ってください!!」


彰子から貰った大事な匂い袋を捨てられては困る!と、昌浩は思わず制止の声を上げた。
が、すぐに声を上げてしまったことを後悔する。

なんせ、昌浩が制止の声を上げた瞬間、長らくの間待ちわびた獲物が漸く罠に掛かった様を見る猟師のような表情を敏次が浮かべたからだ。
しまったと思ってももう遅い。
敏次は攻めの態勢に入った。


「そんなに慌てた声を出して、一体どうしたんだい?もしかして、これは君のだったのかい?それは危なかった・・・・・・・・もう少ししたら跡形も無く燃やしてしまうところだったよ」

「・・・・・・・えっと・・・・・・・・・」

「もう一度聞こう。これは君の物かい?」

「・・・・・・・・・・・(汗)」

君の物かい?

「・・・・・・・・はい(涙)」


ものすっごい笑顔で質問(と書いて詰問と読む)された昌浩は、とうとう折れてしまった。
人質(物質?)をとるなんて卑怯だ!と内心叫ぶが、認めてしまった今では詮無い事である。


そして、嬉々とした様子の敏次に、昌浩は今までのことを洗いざらい話すことになったのであった。





















「・・・・・・本当に敏次殿に話してよかったのかな?」

「・・・・・・いいんじゃないか?晴明の文にも書いてあっただろう?誤魔化しきれなかったら全部打ち明けていいって・・・・・・・・」

「はぁ・・・・・・敏次殿が他人に言いふらすような人じゃないってことはわかるけど・・・・・・・・・・」

「ま、気をしっかり持て」

「うん・・・・・・・・・」














追記:匂い袋はちゃんと返して貰いました。(昌浩)










                          ―完―




                         

※言い訳
漸く”慈母の行く先を指し示せ”が完結しました。
すみません、なんか最後の方ではギャグじみたお話になってしまいました(汗)。
何気に微黒な敏次・・・・・・・・・うん、そんなものだと思ってください。
ちなみに、どうして昌浩ともっくんが晴明の文を呼んで固まってしまったのかというと、今まで散々要隠密行動と言い渡されていたのに、いざとなったらばらしてもいいと言われたからです。
きっと昌浩は内心では”だったら前のとき(※六花参照)にばらしてもよかったんじゃ!?”と叫んだんじゃないかと思います。(笑)
あまり期待通りのお話を書けなかったのでは・・・・と反省。
Mia-Kato様、こんな話でよければ貰ってやって下さい!!

2006/5/13