慈母の行く先を指し示せ-碌-






敏次を締め上げる鬼女。



それを見た瞬間、隠密行動なんて言葉は綺麗に吹き飛んだ。

人の命と己の実力がばれること。

どちらが重要かなんて比べるべくも無く、また迷う必要すらない。

戸惑いも無く刀印を組み、霊力を込めて真言を放つ。




敏次を殺させないために。

そして、これ以上彼女が自分を追い詰めるようなことをさせないために―――――――。







「斬っ!!」






霊力の刃が断ち切る。











鬼女に首を締め上げられていた敏次は、ふいに締め付ける力が緩んだと感じた次の瞬間には地面に倒れこんでいた。

急激に酸素を取り込んだためか、激しく咳き込む。
一体何が起こったのか状況確認をしたいのだが、忙しない呼吸と生理的に浮かぶ涙のためにそれは叶わない。
しかし、目に見えずとも自分を救ってくれた者が誰であるかは予想がついた。

拘束が解かれる寸前に奔り抜けていった霊力。

その霊力に身に覚えがあった。
宵闇の衣で顔を隠し、甚大な力を有した鬼を従えた謎の術者。
術者自身もかなりの力を持っていると見受けられた。

自分が彼の術者と相対したのは過去に二度。

恐ろしい百鬼夜行と対峙し、絶体絶命の状況に追い込まれた時。
直丁を怪しんで、後をつけて野槌に襲われた夕刻の時。

そして、確証はないが先日見かけた術者もそうであろう。
それも含めれば三度になる。



そして今また、その凄絶な霊力が澱んだ空気を打ち払っていく。



涙で滲んだ視界を何度か瞬きすることによって鮮明なものにし、改めて視線を周囲に向けた。

鮮明になった視界に映ったのは、怒りを露にしている鬼女とそんな鬼女を見据えている直丁の姿。


「昌・・・・・浩殿?」


上手く回らぬ舌を懸命に動かして、敏次は昌浩の名を呼ぶ。

しかし敏次の声が聞こえなかったのか、はたまた敢えて聞き流しているのかは判別できないが、昌浩は依然として鬼女に視線を向けたままである。


「おのれ!貴様はいつぞやの陰陽師・・・・・・また妾の邪魔をするのかえ?」


鬼女は邪魔に入った幼い陰陽師を憎々しげに睨み付ける。

覚えている。
何日か前の晩、今と同じように相手を殺そうとしていたところを邪魔した子供。
愛し子を探すことを阻む者。
その妨害者がここにいる。

今にも殺しに掛からんばかりに眼をぎらつかせている鬼女に、昌浩は静かに語りかける。


「・・・・・何故、敏次殿を殺そうとした?」

「何故?何故とな?・・・・・簡単なこと、この者は吾子の居所は知らぬと申した。居所を知らぬ者に価値などない」


大事な愛し子を隠しておいて、その居所を教えぬ者など消すに限る。

そんな鬼女の考えを知ってか知らずか、昌浩は更に言葉を紡ぐ。


「・・・・・なら、あなたも同じだ」

「何を・・・・・?」

「価値などないといって他者を殺そうというのなら、貴女から子を奪っていった者と一緒だと言っている」

「・・・・一緒?・・・・・・一緒だと申すか!?妾が妾から吾子を奪っていった者とっ!!!!」

「貴女が殺そうとした人にもまた親がいる・・・・・子を失う悲しみは貴女が一番わかっているんじゃないのか?」

「―――――っ!!?」


昌浩の言葉に、鬼女は衝撃を受けたように眼を見開いた。

目の前に白い閃光が奔り、次いで過去の情景が物凄い速さで脳裏を駆け抜けていく・・・・・・・・・。


女は我が子を探していた。

なんの変哲も無い日常。
我が子はいつも通りに遊びに出かけていった。
それを見送った自分は、夕刻にはいつも通りに我が子が帰って来ることを信じて疑わなかった。

しかし子は帰って来なかった―――――。

日が沈み、夜が更け、空が白み、日が高く上っても子は戻ってはこなかった。
女は食べ物が喉を通らず、身も細る思いで子の帰りを願った。
はたして子は帰ってきた。
子が遊びに出かけてから三日後に、最も最悪な形で―――――。


女の手元に帰ってきたのは、ぼろぼろに薄汚れた衣一枚。

我が子が着ていたはずの衣・・・・・・・。

たったそれだけ。


遺骸なんぞないと言われた。
何故と問うたら、肉片と化していたと返答が返ってきた。


女は嘆いた。
何故、あの日遊びに行くことを許したのかと。

そして信じなかった。
我が子がもうこの世にはいないということを。


それから女は彷徨い始めた。

愛し子を捜し求めて。


女は次第に痩せ細り、衰弱していった。
それでも我が子を捜し求めることをやめなかった。
そして女は床に臥せるようになり、仕舞いにはそのまま息を引き取った。



だが、女は死して尚、子を捜し求めた。



彷徨い求めるうちに、女は鬼女に成り代わっていった。








「妾は・・・・・妾はただ会いたいだけじゃ。たった一人の愛し子に・・・・・じゃが見つからぬ・・・・・・・・この腕に掻き抱けぬっ・・・・・・・・・・!」


鬼女は己が掌を見つめ、そしてきつく握り締めた。




震える拳がその想いの深さを知らしめていた――――――。




敏次はそんな鬼女を呆然とした顔つきで見詰める。

今、彼の目の前にいるのは憎悪に顔を歪める鬼ではなく、ただ思慕に嘆く哀れな母親であった。








「大丈夫――――」







その時、安堵させるような、穏やかな声が空気を震わせた―――――。










                       

※言い訳
最近、長編をやっと完結させた反動か、なかなか執筆が進みません。
でも、このお話はあと1・2話で終わらせるつもりなので頑張って書きます。
今回は鬼女の目的と言いますか、経緯を書きました。
これがないと、昌浩と鬼女の会話が意味不明なものになってしまうので・・・・・・え?そういう話はもっと早く書けって?・・・・・・・・・・・そうかもしれませんねぇ。(悔)
要反省ですね。

2006/5/7