少年は夢を見る。






       幼き日の出来事を―――――――














曼珠紗華はうち時雨に濡れる
〜参〜










       安倍邸の一室、稀代の大陰陽師と言われている老人とその後継と称されている幼子が
       対峙していた。





       「―――・・・・・昌浩や」
       「・・・・・・・・・・・」


       大好きなじい様の呼びかけにも幼子―――晴明の末孫である昌浩は、そっぽを向いた
       まま反応を返さない。
       陰陽師としての仕事の依頼がなく、特に邸から出る用事がない時は、晴明はこの末っ子
       の孫に時間の許す限り陰陽術に関するあらゆる知識や術について自分の持ちうる限り
       のものすべてを教えていた。


       今日も今日とて溺愛する末孫に術の基礎知識について指導しようと自室に呼んだのだ
       が、ずっとそっぽを向いて聞く気が全くないという態度を示すだけで、口さえも一言も聞い
       てもらえないという有様というのが今現在。




       「昌浩、じい様は昌浩に嫌われるようなことを何かしたかのぅ?」
       「・・・・・・・・・・・」


       その言葉に昌浩は一瞬ちらりと一瞥を寄越したが、またふいっと顔を明後日の方へ向け
       てしまう。


       「・・・・・・・・・・・・・・」
       「・・・・・・・・・・・・・・」


       しばらくの間、沈黙だけがその場の空気を占める。


       「――――はぁ・・・・・・・・」


       沈黙を先に破ったのは晴明の溜息。
       昌浩はそれにピクッと眉をかすかに動かして反応を示す。


       ―――――くるっ!!!


       昌浩はその瞬間に思った。


       「ううっ。昌浩や、いくら不機嫌だからといって、じい様が手取り足取り、懇切丁寧に陰陽
       術について教えておるというのに・・・・・無視するというのはあんまりじゃないのかの?じ
       い様は昌浩のことを想って良かれとやっておるのに、肝心の本人が意欲なし!向上心
       なし!では覚えられるものも覚えられないではないか・・・・・・・・あぁ、じい様は悲しい、
       遣る瀬無いぞ!ついこの間までの素直でかわいい昌浩は何処へ行ってしまったのかの
       ぅ・・・・・・ううっ・・・・」


       と、晴明はそこまで話すと衣の袂で涙を拭う仕草までする。
       それまで晴明に対して無視の反応を決め込んでいた昌浩にようやく変化が起きる。
       これまであることが理由で晴明に対して冷たい反応を返していたのだが、何分真っ直ぐ
       な気性の昌浩君はおちょくられることにカチンときてしまう。
       このことが昌浩の怒りに相乗効果をもたらし、ついにプツンと頭のどこがで盛大に何かが
       切れたのを感じた。


       「・・・・・い・・・・らい・・・・・・」
       「ううっ・・・・・・ん?何か言ったかの?昌浩」


       泣くまねまでしていた晴明は、昌浩が聞き取るのがやっとな位の声で何か言ったことに
       気づく。

       末孫をよぉ―――――く観察してみると、膝の上で握り締められた小さな拳がふるふると
       震えている。


       「じい様なんて
大っっっきらいっ!!!!


       昌浩は今まで俯き加減だった顔を上げ、キッと晴明を睨むとそう邸中に響き渡るような大
       音量で叫んだ。

       ピシッ!と音を立てて石化した晴明を脇目も振らずに、昌浩はそのまま部屋から飛び出
       した。


       「大っきらい・・・・・・・大っきらい・・・・・・・」


       どうやら思いっきり強調された『大っっっきらい』が余程堪えたらしい。

       さしずめ、ダメージ17885だろうか?

       石化した晴明を見て、その場にツッコみを入れられる人がいたら『なんだその微妙な数字
       は!!』とツッコむようなことを考えているのは、晴明の後ろに穏形して控えていた騰蛇
       ―――紅蓮であった。


       「なぜじゃ・・・・・・なぜなのじゃ昌浩・・・・・(泣)」
       「あ―――それは、あれだ。先の貴船の一件をまだ根に持っているのだろう」


       あれは相当堪えていたみたいだぞ?なんせ人気の全くない貴船に一晩ほったらかしにさ
       れたからな、しかも身動きが出来ないようご丁寧に木に縛り付けられてたしなぁ・・・・・。
       もう、滅多にないくらいに泣きじゃくってたぞ。

       紅蓮がその時のことをこと細かく説明すると晴明は息が詰まったような顔をする。(紅蓮
       が説明の際に思いっきり棘の含んだ言葉を言ったためである)


       「うっ・・・・・・あ、あれは昌浩の甘えたを少し改善させようと思ってやったことじゃ!」


       愛じゃ、愛っ!!と子どもじみた様子で自分の意見を主張する晴明。


       「だが、そんな言い分、幼子にわかれというのがもっぱら無理な話だろう?」


       生明の言い訳も、紅蓮は一言言ってあっさりと切り捨てる。
       まさにそのとおりだ。


       「・・・・・・そうかもしれんが・・・・・」
       「そうだな、このままだと一生無視され続けられる羽目になるかもしれんな」
       「一生・・・・・・・・・」


       最早、石化を通り越して廃人になってしまった晴明を一瞥して紅蓮は穏形した。
       部屋を飛び出していった子どもの後を追うために。

       部屋には白く風化した晴明だけが残っていた。









  


       ※言い訳
       はいっ!久々の更新です。
       イベントの準備やら何やらと忙しいのでなかなか更新できない日々が続いております。
       本当は一週間に1・2回は更新するのを最低条件としているのですけどね・・・・・。
       今回は追憶編ということで書きましたが・・・・み、短いっ!
       多分追憶編は短めの文章で二つに分けて上げる事になるかと・・・・・。
       曼珠紗華は〜もあと2・3話位で終わるかと。
       皆さん、どうか応援してやってください!必死で書きますからっ!!(笑)

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       2005/6/18