迷子の幼子は木下に蹲る。








その木下で幼子が見つけたのは小さい一輪の曼珠沙華だった―――――














     曼珠沙華はうち時雨に濡れる
    〜肆〜













「ぐすっ!―――・・・・・じい様の馬鹿・・・・・」


晴明の自室を出て行った昌浩は、そのまま安倍邸を飛び出していたのだった。

勢いのまま走り続けていた昌浩は、いつのまにか邸からかなり離れた所まで来てしまっていた。
そのことに気づいた昌浩は走るのをやめ、ぐるりと周囲を見回す。
が、依然として人気が全くといっていいほどない。


「―――ここどこ?」


どうやら昌浩は迷子になってしまった模様だ。


「はぁ・・・・・・・疲れた」


昌浩は溜息を一つ吐くと、道端に生えていた木の根元に座り込む。
そして空を見上げ、しばらくの間流れていく雲をただぼぉ―っと眺めていた。


「じい様が悪いんだっ・・・・・・」


拗ねたように昌浩はぽつりと呟く。
ずっと空を見上げていた為、段々首が痛くなってきたので今度は俯く。
と、俯いた時に眼の端にちらりと紅色が掠めた。


「―――――?」


なんだろう?と思ってそちらを見遣ると、そこには小さな彼岸花が一輪だけ咲いていた。


「なんでこんな所に咲いてるんだろう?」


そう言った後、昌浩は周囲をきょろきょろと見回す。

普通、彼岸花というものは群れて咲くものだ、しかしこの彼岸花は一輪だけしか咲いていない。


めずらしいなぁ〜。


昌浩はそう思いながら、その彼岸花をしばらくの間しげしげと観察していた。


「・・・・・・なんか、元気がないなぁ。しかも小さいし」


それをしばらく観察した後、昌浩はぽつりと呟いた。
なんでだろう?と首を傾げつつ周囲の様子を窺って、そこで漸くその理由に気づく。
昌浩の座り込んでいる木。
その木の葉っぱが地面に色濃く陰を落すほど密集しているので、花に必要な十分の日光が当たらないのだ。


「―――もしかしてこの木?あ―、これじゃあお日様の光だって十分に当たらないか・・・・・」


昌浩はそう呟きながら、彼岸花と自分が座り込んでいる木を交互に見つめた。


「・・・・・・あっ!いいこと思いついたv」


しばらくの間、難しげに眉を顰めていた昌浩だが、何か閃いたのか『にぱぁっ!』とかわいらしい笑顔を浮かべたのだった。

そんな笑顔を眺める人がこの場に一人だけ存在した。
十二神将・騰蛇―――紅蓮が邸を飛び出した昌浩に、こっそりと(別に隠形しているのでこっそりとついて行く必要はないのだが)ついて来ていたのだ。
何か企んでいるような笑顔を浮かべる昌浩を、やや訝しげに見守る。

(一体、何を企んでいるんだ―――?)

紅蓮がそんなことを考えている内に、何やら思いついた昌浩は周囲を見回して手ごろな枯れ枝を拾ってきて、木から少し離れた所で地面に突き刺し始めた。








「―――ふぅ、これでよしっと!」


道端に座り込んで何やら不審な動きをしていた昌浩はそう言うと立ち上がり、額に浮かんだ汗を拭った。
眼下には木の根元に咲いていたはずの彼岸花が風に揺れていた。
そう、昌浩は彼岸花を日の当たりがいい場所に移し変えていたのだ。
彼岸花を移し変えるため、地面に穴を掘っていた昌浩は泥だらけになっていた。
ちなみに、彼岸花を移し変える際に、晴明から貰って大事にしていた水晶が連なる透明な数珠を落したことに昌浩は気づいていなかった。
風に揺れる彼岸花を見て、へへっ♪と誇らしげに笑顔を浮かべる昌浩。

(あぁ、花を移し変える為に穴を掘っていたのか・・・・)

今まで、昌浩の作業を見守っていた紅蓮は納得したように内心一つ頷く。

(―――さて、そろそろ迎えが来る頃か)

泥だらけな幼子を微笑ましげに見つめながらそう思い、視線だけ周囲に巡らす。
と、案の定幼子の背後―――少し離れた所に彼の祖父である晴明が立っていた。


「―――・・・・昌浩・・・・・」

「―――っ!」


晴明の静かな呼び掛けに、昌浩はびくぅ!と肩を竦める。
そして、恐る恐る晴明の声が聞こえてきた後方を振り返る。

案の定、背後には祖父・晴明が立っていた。


「・・・・・・・じい様」

「ふぅ、まったく心配を掛けよってからに・・・・・・ほれ、ここは冷える。じい様と一緒に邸に帰ろう」

「・・・・・・・・・・」


常より声の調子を和らげ話しかけてくる晴明に、昌浩はふぃっと顔を背けることで拒絶の意を示す。
そんな昌浩の頑なな様子に晴明は内心苦笑を漏らす。

まったく、頑固なところもわしそっくりじゃの〜。

そんな内心の科白を今昌浩が聞いたら、すごい勢いで睨みつけてきて力一杯否定の言葉を口にするだろう。
しかし、晴明はその科白を口に出さなかった。代わりに口から出てきた言葉は―――


「―――すまなかった」

「――っ!」


晴明の謝罪の言葉に、昌浩は息を詰め、慌てて背後を振り返る。
振り返った昌浩が見たのは優しい笑顔を向けてくる祖父の顔。
そんな顔をされてはこちらが困るではないか・・・・。


「すまなかった、昌浩」

「・・・・・うん・・・・・・」


真摯に謝ってくる祖父を見て何時までも拗ねているわけにはいかず、昌浩はこくりと頷いて返事を返した。


「帰るぞ、昌浩」

「うんっ!」


晴明の呼び掛けに、昌浩は今度こそ元気良く答え晴明の横につく。
晴明が昌浩の手を引いて二人は仲良く岐路に着いた。






それを見守るは、彼らに付き従う心優しき神将と――――――














そよ風に揺れる紅い彼岸花、一輪だけであった。




























一輪だけ、孤高に咲き誇る紅い華の想いは如何に―――――?




















                            

※言い訳
曼珠沙華の過去編が漸く終わりました。
なかなか更新が進まない模様。頑張ります。
あと一話で終わる予定ですので、皆さん最後までお付き合いしてくださいませ(笑)。
多分、近いうちに最終話もUPします。(←断言していいのかよ;;)

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2005/9/3