命尽きる前にもう一度だけ彼の人に会いたいと思った。






本当は当の昔に尽き果てていたはずの命。






彼の人が手を差し伸べてくれたおかげで今尚在り続けている。






終焉の秒読みは始まっている。






最後、貴方の顔を見ることが出来てとても嬉しかった。






これでもう心残りは無い。






後は静かに終わりの刻<とき>を待つのみ。













紅き曼珠沙華の花が風に揺れている。












     曼珠沙華はうち時雨に濡れる
    〜伍〜












ザアァァァァッ・・・・・・・・

少し強めの風が吹いていく。

バサッ

風が吹くと共に衣の裾が翻る。


「―――確か、ここら辺・・・・・・のはず」


辺りの風景を眺めながら昌浩はぽつりと呟いた。
幼き頃に場所を移し変えた彼岸花。
もし、数日前の自分達の前に姿を現した紅い髪の女の人の正体がそれだったのであれば、ここを訪れれば彼女に会えるかもしれない。
そう考えた昌浩は、物の怪を伴って街外れのこの地にやってきたのだった。


「やっぱり思い違いだったのかな・・・・・・・」

「う〜ん、気配も何も感じないからな・・・・・・・わからん」


少々、肩を落して呟いた昌浩に、辺りの気配を窺っていた物の怪はそう返した。
初めて会ったときもそうだが、あの紅い髪の女の気配を捉えるのは非常に難儀なのである。
存在感も儚く、感じる霊的気配もかなり希薄だ。


「う―ん、違ったのかなぁ・・・・・・・」


勘違いだったのかと思い、昌浩は溜息を吐いて踵を反そうと思ったとき―――。


「―――どうして・・・・ここがお分かりになったんですか?」


と、例の女の人の声が耳に届いた。


「あっ・・・・・・・」

「どうやら間違ってなかったようだな」


昌浩達から少し離れている場所に女の人は立っていた。
昌浩は女の人の姿を確認するとほっと息を吐いた。


「・・・・・よかった、見つけられて」

「あ、あの・・・・・どうして・・・・・」

「あ、うん。・・・・・夢、見たんだ」

女の人へ一歩踏み出しながら、昌浩は口を開く。


「夢ですか?」


昌浩の言葉に女の人は不思議そうに首を傾げる。


「うん、俺が小さかった頃の夢。日の当たりが悪くて、元気が無かった彼岸花を移し変えたっていう夢・・・・・・・。その彼岸花が貴方だったんだね?」


半分は疑問、半分は確信の意味を込めて女の人に視線を送る。


「・・・・・はい、そうです。貴方は私にとって命の恩人です。あの時貴方があの場所から私を移し変えてくれたおかげで、私は今日まで生きながらえることができました」


そう言って女の人はにっこりと微笑む。


「恩人だなんて大袈裟だよ・・・・ただ、元気になって欲しくて俺は場所を移し変えたんだし・・・・・」

「事実です。そしてあれから8年。私は貴方に一言お礼が言いたいと思い続けてきました。しかし、一介の花である私に貴方に会いに行く足も、礼を述べる口さえなかった・・・・・・」


そこで彼女はそっと眼を伏せる。
遠い昔の光景を追い、静かに自分を見つめ直しているような空気を醸し出している。


「半ばこのまま霞みのように消え行くと思っていたのですが、神様はどうやら私に最後の慈悲をお与えになってくださったようで、私は今こうして貴方と会い、話すことができるようになった」


そうして彼女は昌浩へ歩み寄る。
風が吹くごとに鮮やかな紅い髪が翻る。


「この間の夜、最後って言ってたけど・・・・・それは?」

「根の方をやられてしまって・・・・・もうこれ以上生き続けることは無理なんです」


球根から毎年花を咲かせる彼岸花だが、肝心の根をやられてしまえば流石に生き永らえることはできない。


「そんな・・・・・・・・」

「そう悲しそうな顔をなさらないでください。私は十分長く生きることができました。何も悔いは無い」

「う、ん・・・・・・・・え?」


少し俯く昌浩の前までやってきた女の人は、ふわりと優しく抱きしめた。


「え?え?」

「少しだけ・・・・・・・少しの間だけこうしているのを許してください」

「・・・・・・・・・・;;」


突然抱きしめられて困惑する昌浩に、女の人はそう告げた。

(彰子にばれたら拗ねられるぞ;;)

二人の抱擁シーン(傍から見ればそう見えて仕方ない)を傍観していた物の怪は、そんな感想を内心漏らした。
物の怪がそんなことを考えているなどとは露ほどにも知らない昌浩は、恐慌の最頂点にいた。


「あ、あの・・・・えっと・・・・・・・名前、教えてくれないかな?」

「・・・・・珠璃<しゅり>です」

「珠璃か・・・・・・うん、いい名前だね」


こいつ天然のたらしか!!?というつっこみ染みた感想を物の怪は思わずにはいられなかった。


「あ、・・・・ありがとうござます////」


名前を呼んでもらった珠璃は嬉しげに笑う。
昌浩もそんな彼女の様子を気配で悟って口の端を緩めた。

―――と、ふいに何か違和感を感じて珠璃の様子を見て眼を瞠った。


「!珠璃さんっ!!?」

「・・・・・・どうやら、刻限が来たようですね・・・・・・・」


珠璃は苦笑気味にそう漏らして昌浩から身を離し、改めて正面に向かい合う。

違和感の正体。

珠璃の身体がほのかに光る蛍火と共に透明に透けていく。


「・・・・・最後に貴方に会うことができてとてもよかった」

「うん、俺も。珠璃さんのこと、思い出すことができてよかった」

「はい・・・・・・」


昌浩の言葉に珠璃は嬉しそうに微笑んだ。
その間にも珠璃の身体は薄く透けて、宵闇に溶け込んでいく。


「最後に名前を呼んでもらってとても嬉しかった・・・・・・・もし、次に花として生まれ変わるのならば、どんなに小さくても、目立たなくてもいい。ただ、貴方のお傍でひっそりと咲き誇る一つの花でありたい・・・・・そう思うのは私の我が儘でしょうか?」


珠璃の言葉に、昌浩はただ静かに首を横に振る。

もし、再び花として自分の傍で咲くというのなら、自分は必ず彼女を見つけよう。
そしてその花の生を見届けよう、そう粛々とした様子で昌浩は言葉を紡ぐ。
今度は忘れてしまわぬよう、しっかりと彼女の姿を心に刻み付けて。
昌浩の言葉を聞いた珠璃は眼を大きく見開く。
そんな言葉を貰えるとは思ってもいなかった。


「ありがとう」


喜びの言葉と今までの中で最上の笑みを残して珠璃は宵闇に溶け込んで消えた。
その後には小さな蛍火が数個舞っていたが、それも時と共に霞むように消えていった。


「いったな・・・・・・・」

「うん・・・・・・・」


昌浩は物の怪の言葉に短く返事を返す。
視線は握られている右手に注がれている。


「ん?どうかしたのか?」


自分の右手を注視する昌浩に気づいた物の怪は問い掛ける。


「いや、何でもないよ・・・・・・・」


物の怪の訝しげな視線に気づき、昌浩は微かな笑みを口に乗せ、空を仰ぎ見る。
厚い雲に覆われて、月や星々の姿は見ることができない。
雨が降りそうだ。
昌浩は視線を空から再び右手に戻す。
握っていた右手をそっと広げると、紅い花弁が数枚掌に乗っていた。

ザアァァァァァァッ!!!

その時風が吹いた。
重さがほとんどない花弁が風に乗ってふわりと舞い上がる。
紅い花弁はそのまま風に運ばれて飛んでいく。


「帰ろうか、もっくん。雨が降りそうだ・・・・・・」

「あぁ・・・・・・そうだな」


飛んでいく花弁の行方を見届けず、昌浩は静かに踵を反す。
物の怪もその後に続く。
ひらり。花弁が地面に舞い落ちる。
落ちた花弁のすぐ傍には、花弁の散った曼珠沙華が一輪だけあった。


ポツリ。ポツリ。サアァァァァ・・・・・・・・・・・・。


やがて絹糸のように細い雨が降り出し、花が散った曼珠沙華をゆっくりと濡らしていく。
生を終えた花を労わるようにうち時雨が優しく包んでいく。










静かに生を終えた花の存在を知るのは、一人の少年と人外の化生の二人のみ。

















曼珠沙華はうち時雨に濡れる。





















天上の花は美しく咲き、そして散った。














                             

※言い訳
漸く、曼珠沙華のお話が完結しました。
最後までお付き合いしてくださった方、どうもありがとうございます。
最終話ですが・・・・・・昌浩とオリキャラである珠璃が何故か甘い雰囲気を醸し出している・・・・・・;;。
私はそんなつもりで書いたわけではないのですが、そうなってしまいました。
一応、こつこつと長編のお話を進めております。これからも長い眼で見てやってください、頑張ります。

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2005/9/11