禍き夢魔を打ち払え―前編―














暗い闇の中、その声だけが己に語りかけて・・・・いや、脅迫してくる。








・・・・・・ぇ、・・・・・・・・・ろせっ!・・・・・を、
ころせっ!!








「―――っ!!」


朝、といっても夜明け間近の時刻。
昌浩は袿を跳ね除けて勢いよく飛び起きた。

はっ、はっ・・・・・。

浅く早い呼吸音が室内に響く。
心臓は早鐘を打ち、滝のように冷や汗が流れ落ちる。
ぎゅっと袿を強く握り締めて悪寒を必死に耐える。


「!昌浩・・・・・また、見たのか?」

「・・・・・・うん」


傍で寝ていた物の怪は、昌浩の一連の動作で目を覚ましていた。

昌浩はここ二週間ほど夢見の悪さで悩まされていた。

朝方には跳ね起き、酷く嫌な後味を味わうのだが、その夢の内容は決まって覚えていないのだ。
流石にこんなに長期間に渡って夢見が悪いのはおかしいと祖父の晴明にも相談したのだが、夢の内容がわからないことには打つ手はなく、仕方なしに毎朝夢見悪く起きるしかなかった。
しかし、そんな起き方をして疲れが取れようはずもなく、ここ数日は最早ぐったりした様子の昌浩に周囲の者達は心配していた。

昌浩がこんな有様なので夜の見回りも数日前から控えているのだが、状況はあまり変わりがない。
一度でも寝ればそれがどんなに浅いものでも悪夢になり、本来休息をとるための睡眠は昌浩にとって最早一番疲れる行為になっていた。最近では寝ることが鬱屈で仕方ない。


「最近、睡眠がどれだけ大事か、身に沁みてわかったよ・・・・・・・」

「昌浩・・・・・」


どこか遠くを見やるような視線で、昌浩は言葉を紡ぐ。
物の怪はそんな昌浩を憐憫の思いで眺める。
日に日に疲労の色を濃くしていく昌浩を一番心配しているのが彼である。
何とかしてやりたいのは山々だが、実質手を出すことができないところの出来事なのでどうしようもない。

のろのろと着替えを行う昌浩を眺めつつ、微かに息を吐いた。





「・・・・・・・おはようございます。じい様、父上・・・・・・・・・」

「おはよう、昌浩。・・・・大丈夫か?」

「うむ。その様子じゃと今日も夢見が悪かったようじゃの」

「えぇ、まぁ・・・・・・もう、いつものことですから・・・・・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・」」


最近は疲れたような表情しか見せない昌浩に、深刻さを感じずにはいられない晴明と吉昌。
目に見えてやつれていっているわけではないが、その生気が削がれていっているのは傍から見てもわかった。
ここのところでは陰陽寮の人たちにも「体調を崩されているのですか・・・・?」と昌浩の様子について質問してくる人がちらほらといるのだ。
つまり周囲に元気さを主張することができないくらいに疲れており、気を回す余裕がなくなっている何よりの証拠でもある。

朝餉を気力で無理矢理詰め込み、重い足取りで昌浩は出仕していった。

後に残ったのは険しい表情を作る大人二人。


「昌浩は・・・・大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫、とは言えんじゃろうな。これ以上長続きするようじゃったら、物忌みと称して休ませんといかんじゃろうな・・・・・」

「原因は、判明しましたか?」

「まだじゃ。こうも長期に渡って夢見が悪いのが続いているということは、何者かが昌浩の夢に干渉している確立が高い。しかしどういった類の術かが判別できないのじゃ。何せ昌浩は夢の内容を覚えていないと言うからのぅ・・・・・」

「そうですか・・・・・では、明日あたりにでも無理矢理休ませましょう。眠れずとも横になっていれば少しは体を休めることができるかもしれませんし・・・・・・」


はぁ・・・・。と二人はそろって息を吐いた。

全く、今回の事件は実に頭が痛い。
今のところ夢見が悪いだけであるが、この後も同じかはわからない。
昌浩の夢に干渉して一体何をしたいのか、相手の意図が全く掴めない。
最悪、術を掛けて夢も見ないくらい深い眠りに落とさないと、昌浩は安心して眠ることができないだろう。
悩みは尽きない。


「これ以上悪い方向に向かわないとよいのですが・・・・・・」

「そうじゃのぅ」


二人の長いも空しく、この後事態は更に悪化の一途を辿る羽目となる―――――。


















「・・・・・はぁ、とうとう強制退場させられちゃった・・・・・・」

「そりゃあ、なぁ・・・・・。顔色も最悪で動きにも精彩が欠けてりゃあ、誰だって心配して早退させるって」


なんとか根性で出仕をした昌浩であるが、どう見たって体調が芳しくない様子に周りの者達がとうとう耐え切れずに彼を邸に強制送還させたのだった。
なので、現在昌浩は安部邸の自室にて褥に横たわっている。
が、本人は眠るつもりはさらさらなく、今日は家にいる晴明の元から陰陽術に関する書物を数冊借り受けてそれを読んでいた。

しかし睡眠不足で回転が鈍くなっている頭で書物を読んだところで内容が入ってくるはずもなく、さりとて眠るわけにもいかずに昌浩はぼ〜っと文字の羅列を眺めていた。
そんな昌浩の様子を物の怪がわからないはずもなく、ため息を吐くとすくりと立ち上がった。


「・・・・?もっくん?」

「彰子のやつを呼んで来てやるよ。そんな字ばっか目で追うより、誰かと話していた方が気分も紛れるだろう?」

「・・・・・うん、そうだね。その方がいいかも・・・・・・・・」

「それじゃあ、呼んで来る。それまでの間目でも瞑って休んでおけ。寝なくったって目を休めるくらいにはなるだろうしな」

「そうするよ。・・・・・ありがとう、もっくん」

「気にすんな」


夕焼け色の瞳を細めつつ部屋を出て行く物の怪に、昌浩は微かに笑みを零した。
さり気ない物の怪の気遣いがくすぐったい。

昌浩は物の怪に言われたとおりに静かに瞼を伏せる。
が、体は正直だ。
疲れが溜まった体は睡眠を欲し、昌浩の意識は深淵へと引きずり込まれていった。














「昌浩、彰子を連れて来たぞぉ〜。・・・・・・って、昌浩?」

「どうしたの?もっくん。・・・あら、昌浩寝てなくて大丈夫なの?」


部屋に戻って来た物の怪は、こちらに背を向けて佇んでいる昌浩を見て怪訝そうな顔を作った。
彰子はそんな物の怪の様子を不思議に思ったが、寝ていると思っていた昌浩が部屋の中央で立ち尽くしているのを見て心配そうに昌浩に近寄った。
訝しげに眉を顰めていた物の怪は、僅かに振り返った昌浩の手元を見て咄嗟に叫んだ。


「っ!昌浩に近づくな!彰子!!!」

「―――え?」


瞬間、銀光が閃いた。

ダンッ!!!

鋭い音と共に刃が壁に突き刺さった。その場所はほんの少し前まで彰子の頭があった場所・・・・・・・・。
昌浩の異変にいち早く気がついた物の怪が、彰子に飛びつくように床へ倒れさせることによって辛くも難を逃れたのだ。

床に倒れ込んだ彰子は壁に突き立てられた刃を見、次いでその先を視線で辿る。
刃物の柄を握った昌浩がいた・・・・・・・・・・。


「ま・・・・さひ、ろ?」

「・・・・・・・・・・・」


彰子の呆然と呟かれた言葉に何も反応を返さず、昌浩は無言で壁から刃を引き抜いた。
すっと昌浩と彰子の視線が合った・・・・・いや、合わない。
一見視線が合ったように見えたが、昌浩の眼は焦点合わせがされておらず、どこか茫洋としていてどこも見てはいないようだ。
つまり、昌浩は今正気を保っていない。

刃を再び構え直して襲い掛かろうとする昌浩に気づいた物の怪は、瞬時に人型へと姿を変える。
彰子に刃が届くぎりぎり前で昌浩の手首を捕らえて動きを封じる。
動きを封じられながらも咄嗟に術を放とうとする昌浩に気づき、紅蓮は慌ててその首筋に手刀を落とした。
がくんと昌浩の体から力が抜ける。どうやら上手く意識を落とせたようだ。


「ふぅ・・・・・。怪我はないか?彰子・・・・・・・」

「え、えぇ・・・・私は大丈夫。助けてくれてありがとう・・・・・・・えっと、もっくん?よね・・・・」

「あ〜、この姿の時はちゃんとした名前があるんだがな・・・・・・それより、悪いが晴明を呼んで来てくれないか?」

「わかったわ、直ぐに晴明様を呼んで来るからっ!!」

「すまない・・・・・・」


突然姿を変えた物の怪に戸惑いつつも、彰子は素直に頷いて晴明を呼びに部屋から出て行った。

紅蓮はそれを見届けると、己が気絶させた昌浩を褥へと横たえた。
いつ目覚めて暴れだしても対応できるように傍に控え、ついでに武器となった小刀を回収しておく。
そんな一連の動作を終えた頃に、彰子に呼ばれた晴明が部屋へとやって来た。










どういうことか説明しろ、と視線が要求してきた――――――――。















                          

※言い訳
お、思いの外長いお話になってしまった;;なので前後にわけてUPをします。後編は今日の夜にまでは書き上げます。
最初、文中の「武器」と書かれていたことろは「凶器」と書こうとしていました。けど、それって昌浩が凶悪犯みたいじゃん?!と思ったので取り止めました。
えっと、リクの内容は昌浩がメインで、昌浩が操られちゃう感じのお話です。季里生 海里 様のみお持ち帰りが可能です。

2006/9/16