「――――とまぁ、俺達がやって来た頃には多分もうそんな様子だったな」
「ふむ・・・・そうか」
晴明の自室にて、物の怪は自分が知る限りのことを晴明に詳しく話す。
晴明は顎に手を当て、思案する。
物の怪の話と実際に昌浩がとった行動を考慮し、その原因を推測する。
しばらく思考の海に沈んでいた晴明は、辿り着いた仮説といってもほぼ確実であろう推測に思わず溜息を吐いた。
「成る程な・・・・・・わしの立てた仮説が正しいとすると、この度の昌浩の夢見が悪いことについても粗方解明できる」
「本当か?!」
「あぁ、じゃが相手の意図は依然としてわからんのぅ・・・・・」
「今はそんなことはどうでもいい。どうして昌浩があんな行動を起こす羽目になったのか、それを教えてくれ」
他者の思惑なんかには興味はない。
今欲する言葉は昌浩の現状を知るための、原因解明の言葉。
晴明はそんな排他的な物の怪の言い分に、思わず息を吐いた。
「全く、せっかちじゃのぅ・・・・・。おそらく、昌浩は何者かに夢を介して操られていたのじゃろう。夢を介してといのも語弊があるかもしれんの。まぁ、一種の強い暗示だとでも思ってくれていい。昌浩の見る夢の内容というのが、細かい部分はわかんが・・・・大雑把に言えば周囲の者へ攻撃する類だったのだろう。じゃから近くにいた彰子様に襲い掛かったのじゃろうと、わしは思う」
「は?そんな無茶苦茶なことが可能なのか??」
「即効は無理じゃろう。じゃが紅蓮や、肝心なことを忘れてはならん。昌浩の夢見の悪さは二週間に渡っている。昌浩の精神をすり減らし弱らせつつ、暗示をじっくりと刷り込んでいけば決して不可能ではないじゃろう。全く気づかんかったわい・・・・・・・」
「晴明、昌浩が目を覚ましたぞ」
ふいに二人の会話に他の者の声が割って入った。
声の主は勾陳。
気絶させられた昌浩の見張りを、晴明が彼女に頼んでいたのだった。
そして今、昌浩が眼を覚ましたのでその報告に顔を出していたのだった。
「昌浩の様子は?」
「心配するな、特に問題は見られない。ただ、彰子姫に刃を向けたことは覚えているらしく、酷く落ち込んでいたな・・・・・・・・・・」
「そう、か・・・・・・」
特別視するほど大切に思っている彰子に刃を向けたなど、昌浩は大層衝撃を受けただろう。
その心情が手に取るようにわかり、晴明と物の怪は深く息を吐いた。
「兎に角、一度様子を見に行こう」
「そうさのぅ、どのような夢の内容か、少しでも覚えていてくれるとこちらとしては助かるのじゃがな・・・・・・」
陰鬱な気分を拭いきれないまま、晴明と物の怪は腰を上げた。
「昌浩、入るぞ」
「・・・・・はい、どうぞ」
晴明の掛け声に、些かくぐもったような声が返ってきた。
断りを入れてから部屋へと入ってきた晴明達は、袿を頭からすっぽり被って褥の上で丸くなっている昌浩の姿を見つけた。
すぐ傍では、六合が壁に背を預けて見守っている様子が見て取れた。
「・・・・・・一体何をしておるのじゃ?昌浩・・・・・・・・・・・・」
晴明は胡乱げに昌浩に問い掛けた。
しばらくの間ごそごそと動き回っていた昌浩は、その声にぴたりと動きを見せるのを止めた。
やや間を空けた後、ぽつりと言葉を零した。
「夢の中で・・・・・誰かが言ってくるんだ。周りにいる人達を・・・・・・殺せって・・・・・・・・」
「!!」
「俺、聞こえてない振りを・・・・・夢の内容を忘れようと必死だった。・・・・・・・だって、殺せって・・・・・・そんなこと、冗談じゃないっって・・・・・・・。なのにっ、なのに・・・・・俺、彰子に刃を向けたっ、こっ、殺そうとした!!!」
「昌浩・・・・・・・」
全身が震えているのが、その体を見ずとも容易に知れた。声が、激情を孕んで震えていたから・・・・・・。
「怖かった!自分の体が自分のじゃないようで・・・・・・俺の意思とは別のところで、動いてさ。それで、大事な人を傷つけようとした!そう、あれは別に彰子じゃなくったって・・・・・それこそじい様でも紅蓮でも・・・・勾陳や六合、母上や父上だろうと・・・・・誰でも構わなかったんだと思う。ただ、たまたま近くにいただけでっ、それで・・・・・殺そうとっ!俺は、皆を傷つけたくなんかないっ!!!」
「昌浩、もうよい。それ以上は話さなくてよいのだ。夢については十分にわかった、わしが術をかけて夢も見ないくらいに深く眠らせてやろう・・・・・・・・・・・安心して寝なさい」
「っ!」
優しく宥めすかす晴明に、昌浩は小さな子どもがいやいやをする様に無心に首を振った。
寝て、そして先ほどみたいなことがあったら・・・・・・と不安なのだろう。
常になく、精神的に参っている昌浩は情緒も不安定になっているようだ。
そんな昌浩を晴明と神将達は憐れみにも似た気持ちで見つめる。
物の怪が、そっと昌浩の傍へ近寄る。
そしてその長い尾で袿越しに昌浩をべしべしと叩いた。
「つべこべ言わずさっさと寝ろ。俺達がいる。万が一にまたお前が暴れても、俺達が直ぐに止めてやるさ」
「・・・・・・・・・・」
「あ?それとも何か?お前、俺たちのことが信じられないのかぁ??」
「・・・・・違うっ!」
意地悪げに言う物の怪に、昌浩は首を振って否定する。
そんな昌浩に苦笑を漏らしつつ、物の怪は努めて柔らかな物言いで言い聞かすように言葉を紡いだ。
「なら、大人しく寝ていろ。お前がこれ以上、誰かを傷つけようとすることはない」
「・・・・・・・・・」
物の怪の言葉に、随分と間を空けてから昌浩はこくんと了承の意思を示した。
それを見て、昌浩本人以外の者達は満足げな笑みをその口元に浮かべたのであった。
晴明の術で昌浩を寝かしつけた後、晴明と神将達はその顔に厳しげな表情を作っていた。
「・・・・・・・・・・晴明」
ふいに物の怪が口を開いた。
晴明を真っ直ぐと見据える物の怪の夕焼け色の瞳は、例に見ないくらいに激情で煌いていた。
はっきりいって、今回のどこだか知らない阿呆の昌浩に対する所業に、かなり腹を立てていた。
彼の背後には物凄く凶悪な顔をした般若が見えた。
そんな物の怪の様子を綺麗に無視して、晴明は普段と変わらない様子で答えた。
「何じゃ?紅蓮」
「今すぐ犯人の居所を教えろ、死に目に合わせてやる・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
十二神将は人を害してはならないという理があるのを忘れてないか?
そんな正常に突っ込みをいれることができる者は、残念ながらこの場にいない。
普段は彼の歯止め役に成り得るはずの勾陳や晴明も、冷静に見えてその内では結構煮えたぎっていたりする。まぁ、それは無表情を貫いている六合とて同じであるが・・・・・・。
彼らが醸し出している空気は禍々しく、そこら辺にいるような妖程度では迂闊に近づこうとは思わないくらいに恐ろしいものだ。
その空気を視認することができたのなら、きっと黒い色で混沌と渦巻いていただろう。
「うむ、即刻調べ上げよう。死に目など生温いことは言わん。三途の川一歩手前までヤッていいぞ。わしが許す」
「騰蛇、私も同行させて貰うぞ。一応、お前の暴走を止めることができるのは私くらいだからな。まぁ、今回は歯止めになるかどうかはわからないけどな・・・・・」
「俺も行こう。何かあった時のために人数は多い方がいいだろう?」
晴明は静止を掛けるどころか逆に煽るし、勾陳は歯止め役・・・・・と言っているが止める気などさらさらなく、六合もまともなことを言っているがその言葉の裏に秘められた意味合いは真逆のものだったりする。
「ふっふっふっ!どこの阿婆擦れかは知らんが、昌浩を苦しめたことを後悔させてやる・・・・・・」
「そうだな、二度と日の目を見れないようにしてやろう」
「いっそのこと、顔の矯正でもしてやろうか?」
もう、言いたい放題である。
凶悪に素敵な笑みを浮かべる神将達を見て、晴明はこっそり笑みを漏らした。
(全く、随分と好かれたものじゃな・・・・・)
まぁ、それは嬉しい事に変わりはないので良しとしよう。
結果を示す占盤を見て、晴明も食えない笑みを浮かべた。
「お前たち、その阿婆擦れの場所がわかったぞ――――」
この後、どこぞと知れない阿婆擦れは、冷ややかな表情を浮かべる闘将三人に集団私刑を受けることとなる。まぁ、自業自得だ。
ちなみに、どうして昌浩にそんな不快極まりない術を掛けたのかというと、晴明に恨みがあったらしい。そんな彼が、可愛がっている末孫から殺されればさぞかし気味がいいだろうと思ったから昌浩に術を掛けたのだという。
それを知ってさらに激しい私刑が行われたのは言うまでもない。
彼らが大切に思う主とその後継に手を出した(出そうとした)罪は重いのだ。
こうして、昌浩は翌日からは普段通りに安心した眠りにつくことができるようになったのであった――――。
※言い訳
はい、予告していた通りに後編をUP致しました。
前半、確かにシリアスだったのに、終わりがギャグって・・・・・・・・本当にごめんなさい、ごめんなさい(エンドレス)。さり気なく六合とかも黒くなってるし・・・・・(隠れ黒?)いやいや!おかしいだろそれっ?!
もう、理もへったくれもありません!ボコりにボコります。昌浩に酷いことをさせようとしたんですから、これぐらいの報いは当然ですよねv(ニコッ)もう、私の私情が入りに入りまくったお話になってしまいました。季里生 海里
様、本当に申し訳ありません;;
2006/9/16 |