宵色を掴む者―弐―











朝から賑やかな陰陽寮。

時折風に乗って耳に届く話し声を聞き、昌浩は「はぁ・・・・・」と浅く吐息を吐いた。


「宵の術者、ね・・・・・・・。何でそんなに騒ぐのかなぁ」

「それだけ話題のネタに尽きてるんだろ?ここの所何の騒ぎもなく平穏無事だったしな」


ぽつりと昌浩が零した呟きに、物の怪は律儀に返事を返す。
そんな物の怪の返答を聞いて、昌浩は更にまた溜息を吐くのであった。

今日使う墨を作るべく、愛用の道具を一式取り出し、しゃこしゃこといつもの様に墨を磨り始める。
墨を磨り始めてからしばらくして、昌浩は再びぽつりと言葉を零した。


「あのさ・・・・。宵の術者って・・・・・・・・・・」

「ん?・・・・あぁ、十中八九お前のことだろうな」

「は、ははっ・・・・・だよね」


確かに昌浩には”宵の術者”と噂されている人物が己であるという心当たりがあった。

最近、頻度はかなり少なかったが(それでも今までに比べたらかなりの高確率で)妖に襲われかけている陰陽寮の者を助けていたりした。
その際には顔がばれないように、六合から借りた長衣で顔を隠していたりもした。
もう、ここまでくれば状況証拠で十分だろう。

ネタ切れで噂の種にされるのは・・・・まぁ良しとしておくとしよう。
だが!正体を探ろうなんて話になったら大いに困る。日々の日課となっている夜の見回りをしにくくなってしまうではないか!!!
素顔を引っさげて夜の大路を歩くことはおろか、顔を隠してなんて自分が”宵の術者です”と宣言しているようなものである。それは非常にまずい。


「う〜っ!どうしよう、もっくん・・・・・・」

「知るか。まぁ、しばらくほとぼりが冷めるまで夜の見回りは控えることだな」

「え〜!もっと上手い案はないの?物の怪のもっくん」

「もっくん言うな。そういうお前の方こそ少しは自分で考えろよな。晴明の孫」

「孫言うなっ!」


それからしばらくの間、あーでもないこーでもないと考えるのだが、一向に妙案は思いつかなかった。

そんな中、昌浩に近づいてくる人物が一人。


「何をそんなにうんうん唸っているのだね?昌浩殿」

「!と、敏次殿!いえ、少し考え事を・・・・・・」

「・・・・・仕事中に考え事など、感心しないな。もう少し節度を心掛けたまえ」

「はい!申し訳ありませんでした!」


頭を下げる昌浩のその脇で、物の怪は不満も顕に敏次を睨みつけた。


「えっらそうに。口だけいっちょまえの俄か陰陽師の分際で、将来きっと多分晴明と並ぶほどの大陰陽師になるであろう半人前の昌浩に説教たぁいい度胸じゃねーか」

『もっくん、それ絶対に褒めてないだろ・・・・・』


物の怪の姿が敏次には見えていない手前、物の怪の言葉に言い返すことはできずに、昌浩は心の中で呟きを漏らした。

そんな昌浩達の遣り取りになど気づくはずもなく、敏次は顔を顰めたまま周囲を見渡した。


「なに、このことは君に限ったことではないよ。・・・・・全く、最近誰も彼もが気を緩ませ過ぎている。宵の術者・・・・確かにその存在は気になるだろうが、だからといって己の仕事を疎かにしてまで話を興じていいはずもない」

「そうですね・・・・・。最近はその話で持ちきりですからね」

「あぁ。そういえば、誰だかは忘れたが、術者の正体を探ってみようと言い出した者達もいたな・・・・・・」

「(え゛っ)・・・・・そうですか。でも、正体を探るとなると随分と夜も遅くの時間になるのではないですか?」


つい先ほどまで危惧していたことがまさか本当になっているとは思ってもいなかった昌浩は、内心冷や汗を大量に流していた。まぁ、なんとか顔には出さずに済んだのだが・・・・・・・。


「そうだな。夜は化生達が跋扈する時間。そこら辺にいるような小物であればいいが、万が一強力な妖と遭遇してしまったらどうするつもりなのやら・・・・・・」

「それこそ術者の正体を知るためのいい機会だと思っているのではないですか?聞くところによりますと、その術者は妖に襲われかけている者達を助けてくれているようなのですから」

「それこそ愚考だと思うのだよ。人頼みなどしていては、一陰陽師としていつまで経っても一人立ちなどできまい。そんな暇があれば己の持つ技術を研磨した方が余程為になる」

「そうですね。他人任せなどではなく、己の力を用いてこそですよね・・・・・・・あっ!申し訳ありません。俺だってまだまだなのに、随分偉そうなことを・・・・・・・・」

「いや、君の言い分は尤もだと思うよ。思うことは自由だ。ただし、その思いに行動が伴わなければならない」

「はい・・・・・・」


諭すように言ってくる敏次に、昌浩もまた殊勝な態度で話を聞く。

物の怪はそんな昌浩の隣で、『お前、話の対応の仕方とか上手くなったよなぁ・・・・』しみじみとした面持ちで呟いていた。


「ふぅ。随分話し込んでしまったようだな。これでは私も人のことが言えない・・・・・・・」

「そんな!」

「いや、いいのだよ。こうして話し込んでしまったことは事実だ。・・・・・・・・さて、そろそろ仕事の方に戻らせてもらうよ」

「・・・・・・はい」


敏次はそう言って話を切り上げると、素早くその場を後にした。
昌浩はそれを見送っていたが、己も手元を休ませていたことを思い出し、慌てて墨磨りを再開した。


「何か段々と話がややこしくなってきてない?」


自分はただ危険に身を晒された人を助けただけだというのに――――。


「まぁ、そこはしばらく大人しくしているか、上手く立ち回るしかないと思うぞ?」

「だよねぇ・・・・・・・」


物の怪の言葉に、昌浩は再び溜息を落とした。


「あっ・・・・・・」

「ん?いきなり声なんか出したりして、どうしたの?もっくん」

「これだけ噂になってるんだったら、晴明のところにも噂は届いてるんじゃないか?」

「げっ・・・・・。そうかも、しれない・・・・・・・」


そうかもしれないどころか、絶対に届いている。
もし、この噂が晴明の耳に入ったのなら・・・・・・・・


「邸に帰ったら、きっとちくちくと嫌味を言われるぞ?」

「うえ〜、やだなぁ。俺、人助けしただけだよ?それで嫌味を言われるって・・・・・・」

「まぁ、潔く諦めることだな」

「・・・・・・・・はぁ」


気のせいでもなく、墨を磨る手が遅くなった。
邸に帰ったら祖父のあの嫌味攻撃・・・・・・・嫌過ぎる!!


「はぁ。一体どこを間違っちゃったんだろ・・・・・・・」








これから先のことを考えると、気が重くて仕方ない昌浩であった――――――――。












                           

※言い訳
漸く続きが書き上がりました。前回からかなり間が空いてしまって大変申し訳ないです。
まだ今後の展開を考えていなかったりします。行き当たりばったりに書いているので、何話で終わるのかという目途なども全く立っていません。十話以内には収めるつもりです。といいますか、そんなに長くは書けません。次の更新予定も決まっておりません。大変ご迷惑をお掛けします。



2007/7/8