※注意※
こちらは沈滞の消光を呼び覚ませの捌拾話の補完版となっております。
基は捌拾話で、それに細かく書き足したものとなっておりますので、それでも構わないという方はどうぞ。
































置いていかないで。







そう必死に手を伸ばす。







離れゆく銀影に無我夢中で追いすがる。







ただ傍に居たいだけなのだと―――――――。















沈滞の消光を呼び覚ませ〜捌拾〜(補完版)










制止の声を上げた煌(こう)は、その目を大きく見開いて九尾を見つめていた。
その瞳に浮かぶのは絶望。

九尾の言葉によってひどく混乱したため昌浩と入れ替わる形で精神世界へと引っ込んでいた煌であったが、それでも尚自分には九尾しかいないのだと改めて思い直し、自我を立て直した。
そんな中、ようやく意識を外へと向ければ九尾が晴明に剣を突きたてられる直前であった。
つい今まで混乱していたことなど完全に忘れ去り、間髪入れずに制止の声を上げる。
が、それによって晴明の剣先が鈍ることも逸れることもせず、それは九尾の胸元へと深々と突き立てられた。
 
―――どう見ても致命傷だ。

それは煌の眼から見てもはっきりとしていたし、煌よりもずっと近い距離でそれを見ていた神将・夜叉大将達から見れば尚のこと。
それ故に煌は絶望する。
例えどんなことを言われても、思われていても九尾の傍にいようと決めたばかりなのに……。
だというのに、九尾の命は今正に消えんとしているのだ。一体、自分はどうしたらいいのか?疑問が胸中を渦巻く。
と、その時―――


「ぐっ……う、ぅ……こ、うよ。なんという、顔を……している………」

「!久嶺(くりょう)っ!」

「なっ!まだ動けるというのか………なんてやつだ」


そのまま倒れるかと思われた九尾が、苦悶に満ちた声ながらも煌へと話しかけた。
それに煌は喜びの表情を顔に浮かべ、それ以外の者達は驚愕の表情を浮かべた。
そんな中、九尾へと剣を突き立てた晴明だけが険しい表情を崩さないまま、冷静に物事を見ていた。


「くっ、まずい。このままでは九尾の命が尽きる前に、この剣が先に駄目になってしまう!」


晴明の視線の先。手に握られている綾絶の剣は、力の負荷に耐えかねてその刀身に無数の皹を入れながらも、九尾を滅さんと未だに力を放ち続けている。
凄絶な気が九尾の体内で暴れまわっているのを身近に感じながらも、それも長くは続かないであろうことも察することができた。

故に晴明は選択する。
九尾を倒すことから、封印することへと。

致命傷を負っている筈なのにいまだ倒れることなく抗い続ける九尾。
このまま九尾を倒すことができずに剣が砕け、その後また長期戦を行うことは正直言って厳しいものがある。
それほどまでにこの九尾の治癒能力とは凄まじいのだ。最早感嘆の領域と言っても差し支えがない。
今も綾絶の剣が負わせている痛手を、片っ端から癒していっているのだ。
それでも今、僅かながらに綾絶の剣の与える痛手の方が上回っているため、弱っているその体をこの剣に封印することは可能であろう。

そう直ぐさま判断した晴明は、ありったけの気を剣へと注ぎ込んだ。


「ぐあっ!安部…晴明……貴様、なにを……!」

「綾絶の剣よ、今しばらくの間耐えてくれ……!」


剣から発せられる白光は九尾の体内からも漏れ出し、周囲へと散って大きな陣を作り上げる。
その陣は九尾を剣へと封じ込めるために描かれた陣である。
九尾が無事である事に安息を漏らした煌は、その陣を見て再び焦燥感に囚われる。
安倍晴明が何をしようとしているかはわからない。わからないが、煌はその陣を見て大きく胸の奥がざわめくのを感じた。
どこか遠くへと九尾が行ってしまいそうな、そんな嫌な予感がひたひたと忍び寄ってくる。


「あ……いや、だ。俺を置いてか、ないで!」


己が内に込みあがってくる不安が、急激に耐えられない程大きなものへと膨れ上がる。
制止をかける天一と玄武を振り切って、煌は九尾目掛けて駆け出した。
しかし、その途中で六合に捕まってしまい、それ以上近づくことを阻止されてしまう。
それでも尚もがき、必死に九尾へとその手を伸ばした。


「やめっ………久嶺!久嶺!ねぇ、待ってよ!」


喉がひどく渇いているのだろうか?言いたいことは山ほどあるというのに、それらの言葉は喉の奥に絡まって音として形を成すことがない。
するとそんな煌に気づいたのか、抵抗を続けていた九尾がその動きを止めて煌へと視線を向けた。
己を縛る陣から立ち昇る白き燐光を映してゆらゆらと揺れる金眼を、煌は真っ向から受け止めた。


「久嶺!」

「煌………」


互いの名を呼び合う。
その瞬間だけは、互いの視界に互いの姿だけしか映らなかった。
只管に真っ直ぐに注がれる煌の眼差しを受けていた九尾は、ふと視線をそこから僅かに下へと動かした。
その視線の先にあるのは、己へと必死に伸ばされている子どもの手………。
ゆらりと、九尾の金眼が今まで一番大きく揺らいだ。しかし、その様は陣が一際強い光を放つことによって覆い隠してしまう。


「煌よ……われ、は…………」

「っ!くりょ――――っ!」


九尾が煌へと何かを話す前に、無情にも白く輝く陣は収束していき、九尾の体さえも白光に変えて綾絶の剣へと収まっていった――――。
壮絶な気の奔流が収まっていき、最後には刀身に皹を入れてぼろぼろな状態の綾絶の剣だけが残された。


「あっ、……あぁ…そん、な…………久嶺………」


必死に手を伸ばした状態で、目からは涙を溢れさせながら煌は掠れる声で九尾の名を紡ぐ。


「くりょ…う……あぁ…
ああああぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!!!!


その悲痛な声に、その場にいた全員が戦いに勝った喜びよりも、後味の悪さを感じた――――。







                        *    *    *







さわり…さわり……。


「…………終わったか」


涼やかに通り過ぎていく風の声に耳を傾けながら、岩の上に座している至高の存在―――高於加美神はぽつりと言葉を漏らした。
すぅっと、下ろしていた瞼を持ち上げる。そして、そこから現れるのは深い藍の瞳。
藍の双眸が向けられる先は、己の膝元。もっと詳しく言うのなら、先日より空間に歪みが感じられる忌まわしき場所。


「……あぁ、お前は本当に飽きさせないな」


三年前も、そして今この時も…………。


「この高於を自ら動かさせる者など、お前くらいであろうな………」


ざわりっ!と一際強い風が吹き抜ける。
その風が完全に収まる頃には、岩の上には彼の神の姿は既になかった―――――。







                        *    *    *







「う…くっ、あぁ………」


煌の慟哭が静かに空間を振るわせる。
そんな煌にかける言葉が見つからず、周りはただ黙して見守るだけであった。

そうして重い空気が流れる中、ふいに清冽な神気と共に玲瓏な声がその場に響き渡った。


「その妖と共に居れる方法がある。………と言えば、お前はどうする?」

「っ!高於加美神!」


急な神の登場に、誰もが驚愕に目を見開く。
そんな彼らの反応など意にも返さず、高於はつい…と視線を動かす。移動した視線の先にいるのは、薬師瑠璃光如来―――瑠璃だった。


「久しいな、薬師瑠璃光如来」

「はい、お久しぶりです。高於加美神」


藍色と瑠璃色の瞳が交差する。
が、彼女達は特に何を言うでもなく、互いに会釈をするだけに留まった。

昔、瑠璃達がこの地を訪れていたことを高於は当然のことながら知っていた。
しかし、彼らが別段害を成そうとしているわけでないことを知った後は、特に気をかけることはしなかった。
故に彼らがこの都を囲む結界の御柱として封印されていたことなど知りもしなかった。それを知ったのは三年前、昌浩と宮毘羅(くびら)達が結界の支点となっている玉を破壊した時であった。
以降、瑠璃が復活を遂げてから二人は互いに相手の気配を感じていたが、別段仲が良くも悪くもなかったので顔を合わせることなどしなかったのである。
そしてそのまま今にまで至ったのであった。

瑠璃とあっさり過ぎる挨拶を終えた高於は、再び子どもへと真っ直ぐに視線を注ぐ。
子ども――煌は唖然とした表情で高於を見つめ返していた。


「え……久嶺と、一緒にいられる…の?」

「可能だ。お前の中にあるあの妖の魂の欠片。そして妖の中にあるお前の魂の欠片を入れ替えて元に戻す。その際、妖の魂の欠片にお前という意識を移して入れ替えれば、晴れてお前はあの妖と一緒にいることができるぞ?」


それはつまり、煌も一緒に封印されろと言っているのも同義である。
思わず抗議の声を上げようとした紅蓮に鋭く一瞥をくれ、高於は子どもの意思に任せるよう制止をかける。
開きかけた口を何度か開閉させた後、紅蓮は沈黙した。
そんな中、煌が出した答えは―――


「それで、久嶺の傍に居れるのなら………お願い、します!」


やはりと言うべきか、九尾と共に封印されることであった。
高於を真っ直ぐと仰ぎ見る煌の眼には、強すぎるほどの切望に焦がれていた。


「煌………」

「何度も言うけど、俺の居場所は久嶺の傍だけなんだ……久嶺の………」

「煌、それほどまでに………」


思わず声を掛けた紅蓮に、煌は固い意思を宿した眼差しで言葉を紡ぐ。
その想いの深さに、さすがの紅蓮もそれ以上声を掛けようがなかった。


「決まりだな。ではさっさとやるぞ、主のいなくなったこの空間は長くは持たないだろうからな………」


高於はそう言うと、剣と煌それぞれに手を翳した。
ぶわり!と肌を刺すほどに清澄な神気が場を満たし、剣と煌を包み込む。
そう間も置かずに白い燐光が双方から立ち上り、それぞれ入れ替わるように消えていった。
それに合わせてその場を圧していた神気はふっと静かに掻き消えた。
その場にいた全員が状況理解に追いつかないうちに、高於加美神は「ではな」と一言言い残すとさっさとその空間から去って行ってしまったのであった―――。
ドサリという音共に昌浩が地面へと倒れ込んだのを皮切りに、それぞれが正気へと立ち返る。


「あの神はこのためだけに態々こんな異界にやってきたのか……?」


唐突に現れて、唐突に話して、唐突に去っていく。
その様はさながら嵐のようであった。
あまりの急展開に、紅蓮はそう呟くことで精一杯である。
そんな紅蓮に、晴明は緩く首を横に振ってその疑問を中断させた。


「紅蓮、そのことに関しては追々高於加美神にお伺いを立てるとして、今はここから脱出するのが先だ」

「あ、あぁ……わかった。晴明……」


色々と言いたいことは山ほどあるのだが、取り敢えず今は昌浩を連れてこの異界から脱出する方が先である。
そう判断した紅蓮は地面へと倒れこんでいる昌浩を抱え上げた。
三年前と比べると随分と増した身長と重み。それを今現在直に感じ取ることができて、ようやく長年追い求めていた子どもがこの手に帰ってきたことを実感する。
それと同時に、今しがた九尾と共に封印という眠りについた子どもの存在も気になった。


「晴明。煌は………」

「何も言うな。私達がどう思おうと、それが煌にとっては幸せなことなのだろう…………」

「………………」


晴明も色々と思うところがあるのか、複雑そうに手にしている綾絶の剣を見つめていた。
九尾と煌をその内に封じ込んだ剣は、何を伝えるわけでもなくただ罅割れた刀身を静かに、そして鈍く輝かせていた、
しばらくの間だけ剣を眺めていた晴明は、しかし緩く頭を振ると踵を返して声を張り上げた。


「さぁ、この空間が崩壊してしまわないうちに戻りましょう!」


それが今回の事件の終わりの合図。


その場にいた者達はそれぞれ頷くと、元の空間に戻るために動き出したのであった――――。
















暗く、そして静かな空間。
綾絶の剣へと封じられた九尾は、己に寄り添う温もりに驚き、閉じていた眼を押し上げた。
そしてそこにあったのは居るはずのない愛し子の姿であった。


「煌、何故ここに……!」


九尾の滅多に見せない驚きの表情に、煌は面白そうに破顔した。
しかしそれも束の間の話。
煌は浮かべていた笑みを消し、そっと九尾へと寄り添った。


「久嶺………俺の居場所は久嶺の傍だけ、だよ?だからお願い、傍にいさせて………」


きゅっと、九尾に縋りつく手に力を込めた。
絶対に離れたりしない。
その意思を伝えるために………。

果たして、煌のその思いはしっかりと九尾に伝わった。


「煌……我の、愛し子。お前だけだ、こうして我の手を取ってくれるのは………。あぁ、いつまでも我の傍にいておくれ」


ふわりと、煌の両の頬を己が手で包み込んだ九尾は、蕩けそうなほどに穏やかな笑みをその顔(かんばせ)に浮かべた。
その表情は至福の一言に尽きる。
九尾のそんな極上の笑みを向けられた煌も、歓喜に満ち溢れた輝かしい笑顔で九尾の言葉に力強く応えた。


「もちろん!」


そして二人は長い長い微睡みの中に沈んでいく。
眠りにつこうとしている中、九尾は煌へとそっと囁いた。




煌、お前だけが我の光であり、温もりだと………。




煌は九尾のその言葉を聞いて、ひどく晴れやかに微笑んだ―――――。

















                        

※言い訳
というわけで、捌拾話の補完版になります。
時間が足りずに削られた細かい部分を書き足してみました。これでもまだ書き足らない気がする……。
後日の昌浩達の話も書く予定なので、なるべく早くUPできるよう頑張りたいです。

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2011/12/28