孤絶な桜の声を聴け

                                                                                 




         
                                         

        『孫―――――――――っ!!』

        威勢のいい掛け声と共に大量の雑鬼たちが、「あの晴明の孫」こと安倍昌浩に向かって雨の如く
        降り注ぐ。
        盛大にぐしゃっ!と潰れる昌浩。
        「いやぁ〜、やっぱ孫を潰すのは楽しいな―――――」
        「そうだな。毎夜孫を潰すのが日課で、生きがいになってるからなぁ」
        「そうそう、日々の暮らしに潤いが出てきたって感じ?」
        「全くそうだな。一日一回は潰さないと収まりがつかない感じがするんだよなぁ」
        などと昌浩を潰したままの状態で雑鬼達は他愛もない会話をする。一方、潰されている昌浩はとい
        うと。
        「孫言うな―――っ、てか人を潰すのに生きがいを感じるなっ!」
        と大量の雑鬼達の下でじたばたと暴れながら叫び声を上げている。いつもより上に乗っている数が
        多いらしく、雑鬼達の山から抜け出せないでいる。

        そんな雑鬼達の山の傍には、一匹の物の怪がいた。
        大きな猫のような体躯に白い毛並み。耳は長く、夜気を含んだ風に軽くそよいでいる。額には花び
        らのような紋様。丸い目は透きとおるような夕焼け色で、それと同色の勾玉のような突起が首周り
        を一巡している。
        そんな物の怪が溜息混じりに口を開く。
        「いくら潰れが毎日の習慣になっていからって、そうそう何度も潰されるなよな〜。見てるこっちが
         あまりの情けなさに、いらない涙がこみ上げてくるぞ…うっ、ううっ。――――しっかりしろよなぁ、
         晴明の孫」
        「孫言うなっ!物の怪のもっくん!!」
        「もっくん言うなっ!」
        昌浩は大げさに泣くふりまでする物の怪に怒りの矛先を代え、熾烈な舌戦を繰り広げる。
        日常恒例(?)の一日一潰れの図と昌浩・物の怪の舌戦の図、である。
        物の怪と熾烈な舌戦を繰り広げている最中でも、昌浩は何とかして雑鬼の山から抜け出そうとあが
        く――――あがくのだが、今回ばかりはどうやっても抜け出せない。
        そんな昌浩の様子を見かねて、それまで穏形していた六合が顕現して雑鬼の山から昌浩をひっぱ
        り出す。
        「ありがとう」
        昌浩のお礼の言葉に六合は沈黙をもって返し、再び穏形した。
        六合が穏形するのを見てとってから、昌浩は雑鬼たちに向きを変える。
        「お前らな〜、よくもそう毎日飽きずにやってられるなぁ…」
        眉を軽く寄せて溜息混じりに言う。
        ま、それをいうなら自分も毎日飽きずに潰されている気もしなくはないのだが…。そのことはあえて
        つっこまずに昌浩は言葉を繋げる。
        「というか、どうやって俺の場所がわかるんだよ…」
        昌浩の問いに雑鬼達は、にか〜っと笑って返す。そして口々に答える。
        「そんなの簡単!」
        「お前を誰かが見かけたとするじゃん」
        「そーするとそいつはすぐ近くにいる仲間に報告する」
        「んでもって、その仲間も他の奴らに報告すると」
        「すると、だ。その話を聞いてここぞって皆が集まる」
        「で、大体潰すのに丁度いい頭数になったあたりで―――」
        「お前を潰しにかかると」
        「簡単だろ?」
        「………………」
        嬉々として語る雑鬼達を、昌浩は苦笑ともあきれ顔ともつかない表情で見ている。
        なんというか、妙なところで息が合っているというか、変に連携プレーが成り立っているというか……。
        そろそろ夜警の続きにでも戻ろうかと考えていたところ、一匹の雑鬼がふと思い出した様に言った。
        「そうそう、こんな噂を聞いたか孫」
        「孫言うなっ!――――で、噂ってどんな噂だ?」
        「五条大路のはずれで、少し小路に入った所なんだけどさぁ。そこに古い邸があるんだけど、そこ
        に大っきな桜の木があるの知ってるか?」
        「いや、知らないけど……それがどうかしたのか?」
        「それが…花が咲いてるんだよ」
        「花?この時季にか?」
        今は水無月の初め、暦の上では今は夏の真っ盛り。少々季節外れ…というにはほどがある。
        訝しんでいる昌浩を見ながらその雑鬼は一つ頷く。
        「そう、この時季にだ。それはすごいのなんのって…」
        「すごいって?」
        首を傾げる昌浩。そんな昌浩に雑鬼は幾分か声をひそめて言う。

        「大きさもすごいんだけどさ…なんと花の色が紅いんだよ」






        ※言い訳
        まだ曼珠沙華の話が終わってないのになぁ・・・・(呆)
        何故か私は長編ばっかり書きたがるらしく、どんどん新しい話に手をつけるので他の話の更新速度
        が少し落ちてしまうのではないかと。
        頑張って更新したいと思うので、長い目でみてやってください。

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        2005/5/17