「踰輝(ゆき)―――!」
光の刃に胸を貫かれた衝撃で惰性的に倒れていく踰輝を、その場にいた者達誰もがただ放心したように見ているしかなかった。
ふわりと、栗色の長い髪の毛が宙を舞う。
彼女の一番傍にいた彰子が彼女を支えようと手を伸ばそうとするが、己の中で暴れ狂う瘴気の所為で指先を微かに震わせるだけに止まった。
そのまま傾いで倒れゆく彼女の身体は、しかし地面へと沈み込ませる前に何者かがしっかりと支え込んだ。
はらりはらりと、赤銅色の羽が舞い散る中、彼女を抱きとめたのは彼女よりも幾分か年上の容姿をした少年であった。
さらりと、腰の辺りまで伸ばされた大地色の長い髪が風に煽られて踊った。
少年の姿を見て、翻羽(ほんう)と越影(えつえい)は驚愕に目を瞠り、嶺奇と鳴蛇は怪訝そうに目を細め、そして彰子は唐突に現れた少年を不思議そうに眺めた。
誰もが言葉を発することなく、しん・・・・と静寂が過ぎる。
周囲の音でさえなくなったかのような錯覚を覚える中、一番最初に口を開いたのは少年の同胞である翻羽であった。
「まさ、ひろ・・・・・・・昌浩、なのか?」
目の前に佇む少年―――昌浩を、翻羽は万感の思いで食い入るように見つめた。
昌浩。踰輝と同様にあの急襲の日より姿を見ていなかった、自分達にとっては近しい天馬。
踰輝の次にあの郷では若かった彼は、翻羽と越影にとっては血が繋がっていなくとも弟のような存在であった。
あの襲撃の日、彼は一人郷の外へと出ていた。いくら郷の外といってもそう郷から離れていない場所に湖は位置していたので、他の仲間達同様殺されてしまったものと思いその生存を諦めていた。
その彼がいま、自分達の目の前に生きて立っている。
天馬達はその事実に、瞳を輝かせて喜びを表した。
そんな彼らに、昌浩も嬉しさを臆面もなく表へと出して微笑んだ。
「久しぶり、翻羽、越影・・・・・・・・・」
長年追い続けた仲間達と漸く合流することができた昌浩は、内心で深い安堵の息を吐いた。
やっと、やっと追いつくことができた―――。
どれほどの時がかかろうとも、必ず追いつくと、過去に立てた誓いが漸く果たされた。
越影はよろめきながら立ち上がり、覚束ない足取りで昌浩達の傍へと歩み寄った。翻羽も、同様に彼らの傍へと傷をおして駆け寄った。
二人の許へと辿り着いた越影は、まず倒れた踰輝へと視線を向ける。倒れた踰輝は青褪めた顔をしていたが、その呼吸はしっかりと繰り返していた。
踰輝の無事を確認し終えた後、越影はゆるゆるとその視線を上へと移動させていく。
色褪せない過去の記憶の中にいる少年と、寸分も違わない少年の顔がそこにはあった。
越影は、震える指先をそっと昌浩の頬に這わせる。
生きているもの特有の、温もりがその指からもしっかりと伝わってきた。
「生きて・・・・・生きていたのだな、昌浩・・・・・・・・・」
「うん・・・・・。あの日、郷に帰ったら皆いなくなってて・・・・でも越影達が生きてることを知って、ずっと探してたんだ」
「そう、だったのか・・・・・・」
昌浩の言葉に、翻羽と越影は沈痛な面持ちで顔を伏せた。
この天馬は、自分達をずっと一人で探していたのだ。
そう、あの日からずっと、たった一人きりで・・・・・・・・。
「無事でよかった」
越影は踰輝を抱きかかえている昌浩ごと、その身体を抱きしめた。
二人分の温もりが、確かに今この腕の中にあった。
そんな彼らを、翻羽もすぐ傍で感慨深く眺めていた。
そんな中、嶺奇は視界が全く利かないことに苛立ちながら、彼の配下を呼び寄せた。
『鳴蛇よ―――』
『はい、我が主』
『我はいま、目が見えぬ状況だ。説明せよ』
『・・・・天馬がもう一人、その数を増やしました』
説明を求める主に、鳴蛇は簡素に答えた。
『もう一人?仕損じたか・・・・・・』
『おそらくは。どうやら彼らもとうに亡き者と思っていたようですから』
『ふん!・・・・まぁいい。鳴蛇よ・・・・・』
『はい』
『天馬共を狩り、我へと献上しろ』
『・・・・・仰せのままに』
主から命を下された鳴蛇は、優雅に一礼して答えた。
そして再会を喜び合っている天馬達へと声を掛けた。
『再会の挨拶は十分に済ませましたか?天馬の皆様―――』
「・・・・・鳴蛇」
「翻羽、越影。彼らが・・・・?」
「あぁ、俺達の郷を襲い、そして踰輝を連れ去った妖・・・・嶺奇と鳴蛇だ」
郷の襲撃者の姿を改めて見遣った天馬達は、そろって顔を険しいものへと変えた。
そんな彼らの表情を見て、鳴蛇は嘲りの笑みをその口元へと浮かべた。
『おお怖い。そう睨みつけないでください。我らの行いは妖の摂理に悖っていること、どうして責められる謂れがありますか』
「あの過剰なまでの虐殺がかっ!」
甚振るのを楽しむかのように行われた天馬の狩り。狩り―――そう、あれは一方的なものでしかなかった。
戦闘に不慣れな天馬達に、一体どう抗えというのか。
『当たり前ではありませんか。弱肉強食、その弱者である天馬が喰われる側にあることの、何がおかしいと言うのですか?』
あはははっ!と鳴蛇の笑い声が闇夜に木霊する。
そんな鳴蛇を、天馬達は憎々しげに睨みつける。
『ふっ、あまり哂わせないでください。・・・・・・まぁいいでしょう、この期に及んでたかが天馬一人増えたところで、現状は何も変わりはしません。あと、その傀儡を返していただきましょうか?』
「ふざけるな!誰がお前らなどに・・・・・!」
『無駄ですよ。その天馬には嶺奇様の呪縛が・・・・・・・・・なに?!』
それまで余裕の笑みを浮かべていた鳴蛇は踰輝へと視線を遣り、そこで初めて表情を大きく崩した。
ない。主が天馬の体内へと打ち込んだはずの呪縛の楔が、その身を縛る鎖が―――。
完全に、跡形もなく消え失せている。
『馬鹿な!一体どうして・・・・・・!』
狼狽する鳴蛇に、昌浩は不敵に笑って見せた。
その昌浩の笑みを見、鳴蛇はその意味を探り、そして思い至って眼光を鋭くした。
刃、あの刃かっ――――!
目の前の天馬が現れる直前に傀儡の胸を貫いた光の刃、きっとあれが主の縛りの鎖を断ち切ったのだろう。
『あなたの、仕業ですね?』
「そのとおり。俺はこいつで踰輝を雁字搦めにしていた妖気の鎖を断ち切ったんだ」
そう言って昌浩は、どこからともなく一振りの剣を取り出した。
細身の剣は、しかしかなりの力を秘めているようである。離れた位置からでも感じ取ることができる力強い波動が、そのことを裏付けしていた。
その剣を見た鳴蛇は、これまでとは違った意味で驚いたように目を瞠った。そして忌むべきものを見るかのような目で昌浩を睨みつけた。
『馬鹿なっ!妖の身でありながら、破魔の剣を使うか!!』
「な、んだと・・・・・・!」
鳴蛇の言葉を聞いた翻羽達も、驚いたように昌浩を振り返る。
ただでさえその剣が宿す力が強いというのに、その力の方向性が魔を払うところにあるとすれば、それは己の身さえも削る自殺行為である。
驚愕と心配の視線を向けられた昌浩はというと、軽く肩を竦めてその言葉に訂正を入れた。
「少し違う。この剣が宿す力は破魔じゃない、破邪だ」
邪なるものを払う剣。これならば妖の身である昌浩でも、何も問題なく携えられる。
その条件であれば、この剣が力を振るう対象に無害な妖は含まれない。何をもって邪なるものと判断するのかその基準はわからないが、さきほど踰輝を縛り付ける妖力を断ち切ったところを見れば、その効果が彼らならば有効であることを示していた。
そんな昌浩の言葉を聞き、鳴蛇は鬱陶しげに溜息を吐いた。
『―――はぁ。どうしてそう無駄に抗うのですか?大人しく殺されれば苦しい思いなどしなずに済むものを・・・・・弱者の分際で生意気なのですよ』
そう言って陰鬱な笑みを浮かべた鳴蛇は、己の本性へとその姿を転じさせた。
そして蛇のような姿をした妖が姿を現す。
本性へと立ち返った鳴蛇は、その蛇特有の瞳孔が細い目を天馬達へと向けると、すっと獲物を狙い定めるかのように細めた。
『しぶとく生を永らえさせている天馬達よ、その血を今日絶えさせて差し上げます――――!』
「ふざけるな!そう、お前達の思い通りになると思うなよ!」
襲い掛かってくる蛇の妖に、昌浩達も応戦すべく身構えた。
生き残る。その決意を新たに胸に誓って――――――――。

※言い訳
次で終わるか・・・?と疑問を口にしつつお話を書き上げました。何と言いますか、思っていたよりも再会シーンが長くなってしまいました;;あー、まぁいいよね、次はじい様達も出てくるし・・・・・。次回で完結を目指して最終話の構成を考えます。
2007/7/18 |