自分から離れた花弁を見つけた花は一体何を思うだろうか? それがもとは自分の一部であったことに花は気づかない。 風に連れ去られる花弁は一体どこに行くのだろう――――― 水鏡に響く鎮魂歌―碌― 安倍邸の一角、晴明の自室で晴明と成親、昌親は何ともいえない沈黙を保っていた。 「―――ふぅ、ことの経緯はわかった。しかし目的がわからんのぅ、そやつが昌浩の姿をとっていたとしてもそれこそ不意討ち程度のものにしかならんであろう?」 「そうですね・・・・・不意討ち以外に考えられるとすれば昌浩を騙って何かをする・・・・・とか、でもそれだとおじい様の姿をした方が何かと影響力があると思いますし、こればっかりは本人ではないので何とも・・・・・・・」 「しかし早めに何か策を立てないと、昌浩の姿を悪用される可能性が無いわけではありませんからね・・・・・」 「そうだな・・・・・」 そして三人はまた各々物思いに耽る。 今まで謎の術者の噂を左程気に留めていなかった晴明も、流石に聞き流すわけにはいかなくなってきた。 そのまま放置しておくには今回の事件は些か質が悪い。 陰陽師を生業にしているからには綺麗事ばかりはいってられない。 それこそ最高峰の陰陽師である晴明を筆頭とする安倍家とて、怨まれるような心当たりなど片手を軽く超えてしまうだろう。 はっきり言って犯人の絞込みは望めないことは言うまでも無い。 と、不意に昌親が何かを思い出したように口を開く。 「そういえば昌浩、帰ってくるのが少し遅いですね・・・・・・」 「そう、か?」 「うむ、そうじゃな・・・・いくら仕事が終わる時間が不規則といえどちと遅いかもしれんな・・・・・・・」 昌親の疑問の言葉をきっかけに、未だ帰らない昌浩にそれぞれ心配の念を抱く。 まさか・・・・・という懸念が胸中を掠める。 「俺が様子を見て・・・・・・・」 「ただいま―」 様子を見てこようかと成親が言おうとしたとき、遠くで昌浩の声が聞こえてきた。 「・・・・・・・帰ったようだな」 「ようですね」 「そうだのぅ・・・・・」 昌浩が無事帰宅した様子なので、三人は一先ず安堵の息を吐いた。 * * * 「ただいま―・・・・・・・あれ?沓が多い。ってことは誰かお客さんでも来てるのかな?」 「さぁな」 常より数の多いそれを見て昌浩が疑問の言葉を紡ぐが、その問いに対しての物の怪の返答は些か素っ気無い。 先程のことが余程頭にきているのだろうことは、この態度でわかる。 「まだ怒ってるの?もっくん」 「当たり前だ!お前の姿をそのまま写取ったようなやつがいるってだけでも腹立だしいってのに、あまつさえあの人をおちょくるような言動。あれを怒らずに何を怒れと!!」 「まぁまぁ落ち着いて。ほら、世の中には同じ顔をした人が三人いるって言うし・・・・・・」 「お前なぁ、そんな言葉で済ませるなよ!あれは故意だ!偶然なんて虫のいい話は俺は認めないぞ!!誰が何と言おうともけっしてな!!」 「もっくん・・・・・(呆)」 未だ憤りが収まらない物の怪に、昌浩はどうしたものかと途方に暮れる。 「お〜帰ったか昌浩、それと騰蛇殿」 とそこに成親が顔を出す。 「客は成親だったか」 「!兄上?あ―この沓って兄上のか。あれ?でももう一つは・・・・・・・」 「昌親だ。あいつも一緒に来てるぞ」 「本当?珍しいなぁ兄上達が二人揃ってなんて・・・・・何かあったの?」 「・・・・・・・・・・」 「兄上?」 ふいに黙り込んだ兄を不審に思い、昌浩はその様子を窺う。 「いや・・・・・・ところでおじい様がお前のこと呼んでいたぞ」 「え?そうなの?」 「あぁ。俺は伝言役だな。それでは先に行って待ってるぞ」 そう言いたい事を言って成親はさっさと晴明と昌親がいる部屋へと去っていった。 一連の動作を半ば唖然と見送っていた昌浩だが、はっと我に返り怪訝そうに首を傾げた。 「何か様子が変だったな、兄上・・・・・」 「晴明がお前のことを呼んでいるのと何か関係があるんじゃないのか?」 「そうなのかな?」 「ま、行ってみればわかるさ」 「そうだね」 あれこれ分からないことを詮索しても仕方ないかと思い直した昌浩は、物の怪と共に晴明や兄達がいるであろう祖父の自室に向かった。 * * * 「じい様」 「来たか、入って来い」 晴明に呼ばれ、彼の自室までやってきた昌浩は部屋の中に入り、兄の隣に腰を下ろした。 物の怪も昌浩の隣にお座りの体制をとる。 二人が腰を落ち着けるのを見計らって晴明は口を開いた。 「最近、理由はよくわからんが安倍の者を狙っている者がいるらしいという噂があるのをお前は知っておるか?」 晴明の言葉を聞いて、昌浩と物の怪は顔を見合わせる。 今日は珍しく昌浩をからかうようなそぶりも見せずに話を切り出す晴明に、二人は訝しげな表情をする。 が、晴明や兄達の真剣な面持ちを見てこれはとても重要な話なのだろうと察して、とりあえず姿勢を正してから昌浩は口を開いた。 「はい、一応は・・・・・教えて貰ったので」 「そうか。実はその噂について成親達が色々と情報を持ってきてくれたのでな、この際お前達にもその噂を知っているかどうか確かめようと思うて呼んだのじゃ」 「?というと何かあったんですか?」 やけに遠まわしな物言いをする晴明に、昌浩は心持胡乱気に問いただす。 一体自分が帰ってくるまでの間に祖父と兄達はどんな話をしていたのだろうか? きっと兄達が今日もの邸を訪れているのにもそのことが起因しているのだろう。 「いや、何。実は先日俺も昌親もその術者と相対してな」 成親の言葉を聞き、昌浩がぴくりと微かに反応する。が、幸いにもそんな昌浩の些細な変化に隣にいた物の怪以外には誰も気がつかなかった。 「・・・・・・例の、術者にですか?」 「あぁ、そうだ」 「それで、今日じい様に報告に来たと。え?でも、なんで昌親兄も一緒なの?」 「それは、私もその術者と対峙したから一緒にご報告に窺おうということになったのだよ」 昌浩の疑問に昌親本人が答える。 昌親の言葉に昌浩は驚いたような目を向ける。 「え・・・・・・・兄上達二人とも、なの?」 まさか二人とも謎の術者に遭遇しているとは思ってもいなかった。 「そうだ。それでその際に術者の・・・・・・顔を見た」 「―――――っ!!?」 昌浩は思わず息を呑んだ。 顔を見た―――つまりは彼の術者が昌浩の顔に酷似していることを彼らは知っているというわけだ。 だからであろうか、この室内を取り巻くぎしぎしとした複雑な空気は・・・・・・。 「そして・・・・・・・・その顔は、お前にそっくりだった・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「その術者がお前ではないことはわかっていたが、やはり同じ顔というのは後々弊害が生じてくると思ってな。だから今日昌親と共にこうしておじい様のもとを訪れたのだ」 「あそこまでそっくりだと・・・・・不信感よりも戸惑いの方が先行してしまいますね・・・・・・・・」 意気消沈といった体で二人は感想を漏らす。 二人とも驚愕とまではいかなくともびっくりしたに違いないだろう。 二人の様子を見て納得、もとい同感の意を持つ昌浩。 実際、自分もかなり驚いたのだ兄達が驚かないはずがない。 すでに周知のことだったので、昌浩はそれほど表情を動かすことはなかった。 そんな昌浩を見て、晴明は怪訝そうな顔をする。 「なんじゃ、あまり驚いた様子がないのぅ昌浩」 「えぇ、まぁ。・・・・・・ついさっき会ったばかりですから・・・・・・・・」 「ほほぅ、そうかそうか」 「えぇ、そうです」 「・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」 「「「はぁ!!?」」」 昌浩の思いもよらない言葉に、他の三人は沈黙した後声をそろえて盛大に叫んだ。 「んなっ!それは一体どういうことだ、昌浩??」 「ついさっきって・・・・・・では、帰りが遅かったのは・・・・・・」 「その術者と対峙してきたので、それで帰りが少し遅れました」 「「「・・・・・・・・・・」」」 事も無げに数刻前の出来事を話す昌浩に三人は三人とも沈黙する。 「―――して、どうじゃった?」 「・・・・・・どうだった、とは何がですか?」 「先程の驚かない様子を見ると、お前はその術者の顔は見たのだな?」 「確かに、見ましたね・・・・・・・」 「さっきまで対峙していたとも言っておったな?」 「えぇ、言いましたね」 「・・・・・(術の応酬を)やり合ったのか?」 「まさか!もっくんと相手方の式がやり合いましたね。な、もっくん?」 「あぁ・・・・・・・そうだな」 昌浩に相槌を求められた物の怪は苦虫を噛み潰したような顔をして同意する。 今思い出してもあの人をおちょくったような態度は、甚だ腹が立った。 (次に合ったときはこてんぱんに伸してやる!!) 怒気を発する物の怪に、昌浩以外の者達は皆背中に冷や汗を流す。 (一体何があった!?) 事情を知る唯一の人物である昌浩に、三人はそろって目線で問い掛ける。 問われた昌浩はというと苦笑を返すだけで何も言わない。 「そ、そうか・・・・・。で、お前は何をしておったのじゃ?」 「俺ですか?・・・・特に何も。しいて言うなら話をしていましたね」 「話?一体誰と・・・・・」 「誰って、そりゃあ寛匡とです」 「寛匡?」 「謎の術者の名前です」 「「「・・・・・・・・・・・・」」」 物の怪が相手の式と争っている間に、当の術者達は会話をしていたと・・・・・・。 何とも感想を言い難い話の内容に当人達以外の者は言葉を無くす。 「・・・・・・・・あ――。で、どんな話をしたんだ?」 このまま固まっていても話は進展しないと気を取り直した成親は、改めて昌浩に問い掛けた。 「話の内容ですか?」 「あぁ」 「そうですね・・・・・・・・・・・・・」 寛匡との会話を思い出そうと昌浩はしばらく口を噤んだ後、おもむろに話し始めた。 「―――――とまぁ、こんな内容です」 「そうか・・・・・・」 寛匡との会話について粗方話しつくした昌浩はそこで言葉を区切り、三人の様子を窺う。 その三人はというと、疲れたようにぐったりとしていた。 ((こっちは問答無用で攻撃されなのに・・・・・;;)) 自分達と昌浩に対しての態度の違いに思わず涙する兄達。 そう、二人が怪我を負った本々の原因は何を隠そう謎の術者である寛匡。 昌浩には言うのが憚られて嘘をついたが、それが事実。 帰宅の際に彼の術者と遭遇したと聞いて一瞬ひやっとしたが、話を聞くにあたって害されるようなことがなかったらしいので一先ず安堵の息を吐く。 「ところで昌浩。その術者―――寛匡とやらは『顔合わせ』といったのじゃな?」 「はい。そうですけど・・・・・どうかしたんですか?じい様」 「昌浩・・・・・・・顔合わせというからには、再び会うことがある。という意味になるとは思わんか?」 「あ・・・・・」 「はぁ・・・・・・・とにかく、以後気を抜かずに過ごすように心がけんとな」 「・・・・・・・・わかりました。気をつけます」 「うむ。そうしてくれ」 そこで話はおしまいになり、邸を久々に訪れた兄達も早々と帰ることになった。 昌浩はそんな兄達を見送るため二人の後をついていった。 「せっかくだから夕餉を食べていけばいいのに・・・・」 「残念ながら、家にはすぐに帰ると言って置いたのでそういうわけにはいきませんから・・・・またの機会にします」 「都合のいい日にお邪魔させて貰うとするからそんなに落ち込んだ顔をするな」 「うん・・・・・」 残念そうに言う昌浩を慰めるように昌親は微笑み。成親は昌浩の頭をわしゃわしゃと掻きまわす。 そんな兄達の気遣いを昌浩は嬉しく思い破顔する。 「昌浩、何か困ったことがあれば、遠慮なく俺達に相談してくれ」 「どれだけ力になるかわかりませんが、できる範囲で手助けしますから」 「兄上達・・・・・・ありがとう。そっちもまた襲われないと限らないから気をつけてね?」 「わかってるさ」 そう言って兄達は安倍邸を後にした。 ![]() ![]() ※言い訳 今回は兄ちゃんず+晴明+昌浩達の会話。 なんか話がギャグ調なシリアスになってしまいました;;あんまり笑えないけど・・・・・・。 本当はじい様と昌浩の舌戦を書きたかったんですが、断念しました。それは次の機会に書きます。 この後の展開が全く浮かばない。どうしよう・・・・・・う〜ん、大本の話の流れは決まっているんですが細かい部分がまだ考えていないのでなかなか進みません。 頑張って書くので、皆さん応援の程宜しくお願いします;; 感想などお聞かせください→掲示板 2005/12/4 |