一つの鏡と二つの自分。










鏡の前に立つ自分と鏡に映っている自分。










どちらの自分も紛れの無い自分。










どちらかが本物で












どちらかが偽り










そんなことはありえないのに










自分は紛い物だと










お前達はそう言うのか?











俺は”俺”なのに―――――













        水鏡に響く鎮魂歌―漆―













煌々と白い月が輝く夜。
人通りの無い小路に強烈な霊力の波が生じる。
ザワァッッ!
周囲の木々が霊力によって生じた風でざわめく。
一際強い霊力の衝撃波が生じた直後、ズサァァァァッッッッッ!!と何かが地面を滑っていく荒々しい音が響いた。
一瞬、紅い液体が月影を掠める。
地面を滑り、そのまま蹲っていた影が僅かに身じろぎをする。


「―――っ、・・・・・う・・・・・ぁっ・・・・」


身じろぎした影から微かな呻き声が上がる。
そう、吹き飛ばされた影は人であった。
その地に伏した人影に近づく影が一つ。


「よ〜に〜ん〜めぇ〜〜♪」


放った術によってぼろぼろに傷ついた人を見下ろしつつ、場に全くと言っていい程そぐわない明るい口調でその人影は話す。
月光に照らし出されるはまだ年端も行かない少年。
後頭部で一つに結われた黒髪が風に靡いてさらりと踊る。
月明かりの中に立つ少年の姿を見て、未だ地に伏したいる人物が僅かに息を呑んだ。
自分は安倍の血を引いているといっても分家中の分家。左程濃い血を引いているわけではないが、年の初めに一族が集う中に彼の少年の顔を見たことがある。
一族の頂点に立つ安倍晴明。その孫にして彼の大陰陽師の後継と謳われている少年。
確かその名は――――――


「・・・・・・・っ。おま、えは・・・・・・安倍昌、浩・・・・・・・・かっ・・・・・・・・・・・・・」


忙しない呼吸の中、とぎれとぎれにそう呟く。


「ざんねぇ〜ん!違うよ。確かに似てるけど、俺はあいつとは別物」


人の神経を逆撫でするような軽い口調で問われた名を少年は否定する。
口元に嘲笑を浮かべつつ、地に伏す人の脇にしゃがみ込む。
距離が近くなることで少年の顔が更によく見えるようになる。
その顔はやはりどう見ても安倍昌浩のもの。
考えていることが顔に出たのか、少年は嘲笑をいたずらっこの笑みに変えて再び口を開く。


「まぁ、違うって言ってもこんなに似てればねぇ・・・・・疑わしく思っちゃうのは仕方ないとして、効果的面かな?」

「・・・・・・・・・?」


半ば独り言じみた謎掛けのような言葉に、意識が霞んできたその者は意味が分からず怪訝に思う。


「まっ!大分痛めつけちゃったし、この位でいいか・・・・・・・」


そんな少年の呟きを、意識を失う直前に聞いた。
完全に意識を失ったその人を一瞥すると少年―――寛匡は踵を反し、暗い闇の中に姿を消していった。
後に残ったのは地に伏す人のみ。その人も半刻と経たない内に偶然そこを通りがかった人に助けられ怪我を負っているものの、家に帰りつくことができた。




                 *    *    *




昌浩が寛匡と名乗った術者に遭遇してから三週間が経った。
その間に襲撃に遭った安倍の者は四人。五日に一度の割合で襲われていることになる。
しかもその間隔もまちまちで、短期間で連続して起こったと思えばしばらく襲ってこないなど、とにかく予測がつかないのだ。
そんな理由で、これといった対策も立てられずに昌浩達は日々の暮らしを送っていた。


「これで四人目か・・・・・・・・」


現在、昌浩ともっくんは資料として手配された巻物を持って渡り廊下を歩いている。
と、前方から誰かがやってくるのが見えた。


「やぁ、昌浩殿。仕事は捗っているかい?」

「行成様!はい、仕事も大分慣れました」

「そうか、それはよかった・・・・・・・・・・ところで、大丈夫なのかい?」


心持声を潜めて幸成は昌浩に問い掛ける。
その瞳には気遣いの光が滲んでいる。


「・・・・・・・大丈夫か、と言いますと・・・・・・?」

「ここ最近、安倍の者達が何者かに襲われるという事件が頻発しているらしいね?・・・・・・・・三週間の間に四人。五日に一度の割合で襲われている・・・・・・・・・」

「はい。安倍の者を狙っているといえど、特定の誰かというわけではないのでこれといった対処もできず、注意するよう呼びかけるのが関の山な状況です」

「しかも襲撃者の容貌が君に似ているとなると、平静も保つに保てない」

「―――っ!行成様、それは・・・・・・・・」


安倍の者の中でも一部の者にしか知り得ないはずのことを行成が知っていることに驚き、昌浩は驚愕に眼を瞠る。
昌浩の足元に待機している物の怪も驚きの表情を顕にしている。
狼狽する昌浩に安心させるように笑みを浮かべ、行成は目許を和らげて言う。


「心配しなくていい。このことについては私の他には大臣様しか知っていないから・・・・・・晴明様が内々に文で報せてくれたのだよ」

「そうだったんですか・・・・」


ことの経緯を聞いて昌浩は安堵したように肩の力を抜く。
それを見た行成も顔に笑みを浮かべ、励ますように肩に手を乗せる。


「まぁ、そういうことだから、陰陽寮の仕事も大事だけれども、こちらのことは気にせずに事件解決に力を注いでくれて構わないよ」

「行成様・・・・・・・・・ありがとうございます」

「いやいや、これ位。いつも君や晴明様に助けて貰っているしね・・・・・・それでは、また今度。晴明様にもよろしく言っておいてくれるかい?」

「はい」


しっかり頷いて返事を返す昌浩に穏やかな笑みを残し、行成はその場を去っていった。
姿が完全に見えなくなるまで見送った昌浩は、足元の物の怪へと視線を向ける。


「だってさ、もっくん知ってた?」

「いや、俺も聞かされてなかったな・・・・・・・流石は晴明。手回しが早いな・・・・・・・」

「全くだよね。こういうところはつくづく感心しちゃうよ」


そうして、昌浩と物の怪は頼まれた資料を渡すため、再び歩き出したのだった。




                 *    *    *




「・・・・・・・なんで安倍の人たちを襲うのかな?寛匡は・・・・・・・・」


仕事も終わり、家に向かって道を歩いていた昌浩は、そうぽつりと呟いた。
昌浩の呟きを隣で聞いていた物の怪は眼を眇めつつ答えた。


「さぁな。前にも言ったが、それは当人だけが知っていることだ。俺達が考えたところでわかるものでもないしな」

「うん・・・・・でも、なんかちがうんだよなぁ」

「何が?」


眉を僅かに寄せて唸る昌浩。


「なんか・・・・・自分の意思、でやってるって感じがしないんだよねぇ・・・・・・・・この間会った時、あいつから嫌な感じしなかったしさ」

「嫌な感じがしないからといって、それがそのまま無害とは限らないぞ」

「うん、わかってる。でも、何かが引っかかってて・・・・・・・・」


『悪いけど、今回は俺の独断行動だから目的っていう目的は無い。しいて言えば顔合わせ、かな?』


「独断行動・・・・・・・・・」


思考に沈んでいた昌浩はいに呟いた。


「あ?」

「そうだ!独断行動って言ってた、寛匡は」


先日の寛匡との会話で引っ掛かりを覚えたとろこを思い出した昌浩は、物の怪にそのことを伝える。
一方、昌浩の言葉を聞いた物の怪も僅かに思考した後、意を得たとばかりに一つ頷く。


「そうか!そうなるとあいつの他にも最低でもう一人、今回の事件に関わっている奴がいることになるな・・・・・・・」

「うん。そうとわかれば早く帰ってじい様に報告しないとね」

「あぁ、そうだな」


そこで話が纏まり、さっさと邸に帰ろうと止まっていた足を再び動かし始めた昌浩と物の怪に、耳を劈くような悲鳴が響いた。
はっとして二人は顔を見合わせ、無言で頷き合うと悲鳴の出所に向かって走り出した。




                 *    *    *




辺りに血臭が漂う。といってもほんの微かなものだが・・・・・・・。
呻き声が途切れ途切れに聞こえる。


「ぅッ・・・・・・あ・・・・・・・」

「あちゃ〜。ちょっとやりすぎちゃったかな・・・・・・?」


地面に沈む安倍の血を引いた男を見つつ、反省しているとは言い難い声調で加害者である少年は傍に控えている式に話し掛ける。
話し掛けられた彼の式は困ったように喉の奥で唸る。
そんな式の様子に少年は苦笑を浮かべ、そして再び足元に伏す男に視線を向ける。
男はまだ意識を保っているようでこちらに必死で視線を向けてくる。


「・・・・・・おまっ、え・・・・は・・・・・・・・」

「ん?」

「安・・・・・倍・・・・・・・昌、浩・・・・?」

「ん〜、皆同じこと聞くけど、違うよ。顔は似てるけどあいつとは別物だから」


にっこりと笑顔を男に向け、お決まりになった言葉を口にする。
男はそんな少年を怪訝な様子で見ている。
と、そこに


「寛匡!!」


いまだ幼さ残る声が宵闇を切り裂く。
少年―寛匡は声の聞こえた後方を振り返る。
そこには彼とそっくりな・・・・いや、同じ顔をしている昌浩が立っていた。
といっても、どっちがどっちに似ているというのは論議するだけ無駄だ。
地面に倒れている男には興味をなくし、新たにやって来た人物に意識を移す。


「久しぶりだね、昌浩。元気だった?」


場に似合わぬ挨拶と共に寛匡はにっこりと笑みを浮かべた。




















花とその花弁。
















どちらが本物であるかなど考えるだけ無駄なのだ。















何故なら、どちらも完全であって不完全なものなのだから―――――

















                    

※言い訳
久々の更新です。
最近はイベントや自動車学校で忙しかったのであまり更新できずにいました。
そんな怒涛の日々も無事通過しましたので、これからはどんどん更新するので、皆さん応援のほど宜しくお願いします。
次は昌浩と寛匡のお話です。

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2005/12/26