水鏡に映る自分。









水面を叩き打てば鏡の中の自分は掻き消える。








しかし、波が静まればまた”自分”がそこにいる。









自分がいるからこその”自分”









それは当たり前なことなのだ―――――














           水鏡に響く鎮魂歌―壱―














銀色の残光。

それと共に紅い雫が地面に落ちて黒ずんだしみを作る。


「・・・・・・・・・・・・・・」

「あ〜、外しちゃったか」


剣の柄に手を当て力一杯付きたてた刃の先は地面。
その刃の真横に昌浩の顔があった。
その昌浩の顔―――左頬には紅い筋がついており、そこから血が微量ではあったが流れ落ちていた。
頬の傷から流れ落ちた血の雫が地面にいくつかのしみを作っている。
寛匡も寛匡の方で誤ってどこかで切ったのか、頬に同様に傷を負っていた。


「なっ・・・・・・・・・・」


あまりにも急な展開に昌浩の思考は未だ追いついてはおらず、衝撃のため息が詰まったような状態になり声を出すのも儘ならなかった。
そんな昌浩を見て寛匡はにっこりと笑いながら言った。


「前に言ったでしょ?『今回は何もしない』って。だったら次に会った時は何もしないっていう保証はないんだよ?昌浩だって安倍なんだからね」

「・・・・・確かに。だからこそこんな状況なんだろうけど・・・・・・」

「うん、わかってもらえてよかったv・・・・・・・じゃあ、どこから斬られたい?」

「っ!!!」


現在、二人の状況はと言うと昌浩が地面に仰向けに倒れている所に寛匡が馬乗りになって剣を突き立てている。
体格自体は二人とも全く同じなので昌浩がこの体勢から抜け出そうと思えばできなくもないが、昌浩が寛匡から距離を置くよりも寛匡が昌浩を斬りつける方が、言うまでもなく断然に早いだろう。


「昌浩―――っ!!!」


張り詰めた空気の中、物の怪の叫びが響き渡る。
それと同時に甚大な神気が爆発する。
渦巻く神気の中心には異形の姿から人型の姿に立ち返った騰蛇こと紅蓮が佇んでいた。
怒気を帯びた黄金色の瞳が射殺さんばかりに寛匡を睨みつけている。


「―――昌浩から離れろ」

「怖いなぁ〜そんな夜叉か修羅みたいな形相で睨み付けないでよ」


怖いという割にはちっとも怖がっていない様子で寛匡は軽口を叩く。
と次の瞬間ゴオアァッッ!!!と物凄い勢いで寛匡のいた空間を炎蛇が通り過ぎる。
寛匡はそれを見越していたのか、紅蓮が仕掛けるよりも早くその場から退いていた。
寛匡が退いたので昌浩はそこで漸く起き上がることができた。


「危ないなぁ、神将は人を傷つけてはだめなんでしょ?そんなにむきになんないでよ」

「黙れっ!」


紅蓮の怒号と共に炎が呻る。
無数の炎が寛匡に襲い掛かる。


「なっ!よせ、紅蓮!!!」


昌浩が慌てて制止の声を上げるが炎の勢いは止まらず寛匡に襲い掛かる。
熱を孕んだ風が荒れ狂う。
寛匡が立っていた辺りは煙が立ち込めていて様子を窺うことができない。


「っ!馬鹿紅蓮!!あれほど人に向かって攻撃するなって言っただろう!?」

「大丈夫だ。わざと外して攻撃したからな」

「そういう問題じゃないっ!もし間違って傷つけたらどうするんだってことだよ!!!」

「三度も破っているんだ、今更四度や五度でも大差はないだろ」

「そういう問題ともちが―うっ!!!」


真面目な話をしているはずなのだが、紅蓮は飄々とした様子で昌浩の叱責もそよ風のように受け流す。
と、ふいにくすくすと笑い声が二人の耳に届く。


「―――はぁ〜おかしい!ほんと昌浩のことになると人が変わるな、神将」

「悪いか!」

「いや?何物にも代えられない大事なものを持つことはいいことだと思うよ。・・・・・・ただし、度が過ぎるのはどうかとも思うけどね」

「・・・・・・・・・・・・・」

「というわけで、俺どこにも怪我なんて負ってないから安心してね?昌浩」


ぱん!ぱん!と狩衣についた土埃を叩き落としつつ、寛匡は昌浩に無事を告げる。
そんな寛匡を昌浩は複雑な心情で見る。
無事なことには安堵を覚えたが、いかせん自分に刃を向けてきた相手だ、素直には喜べない。


「貴様の無事なんぞ、昌浩はこれっぽっちも心配するか!」

「いや、気にするから」

「神将、先の攻撃で俺が怪我をしていたら心情的に辛いのは昌浩だよ?」

「そんなこと、言われずとも分かっている!!」


大人気なく?がぉと吼える紅蓮。

紅蓮、もっくんとキャラが混じってるよ・・・・・・・・・・;;

昌浩はそんな紅蓮を見て現実逃避めいたことを思い、遠くを見遣る。
先程までの緊迫した空気は一体何処へ行ってしまったのだろうか・・・・・・・。


「―――とまぁ、お喋りはここまでにして・・・・・・次は本気でいくよ?」

「はっ!昌浩には傷一つ付けさせん!!」

「ふっ、―――口先だけにならないよう、精々頑張るんだな。行け、疾風!」


寛匡の掛け声と共に何処からともなく銀色の獣が現れ、紅蓮に襲いかかる。
それに紅蓮は不快気に眉を寄せる。


「なめるなっ!!」


怒号一閃。
炎の槍で銀色の獣を薙ぎ払う。
疾風は斬られこそしなかったが、物凄い勢いで弾き飛ばされて近くの邸の塀に激突してそのまま立ち上がることができない。
疾風を薙ぎ払った紅蓮に、間を空けずに寛匡が攻撃を仕掛ける。
剣と槍。金属と金属の擦れ合う高い音が空気を振るわせる。


「紅蓮!」

「――っ、わかっている!!」


昌浩が諌めるように名を呼ぶ。
それに紅蓮も応える。
そう易々と人を傷つけるつもりは毛頭にない。そんなことは昌浩が一番望まないことであるということを紅蓮自身がよくわかっていた。

切り結び始めて結構な時間が経った。
これだけの時間が経てば大人と子どもの体力差が眼に見えてはっきりしてくる。


「ちっ、やっぱり体力の差は大きいか・・・・・・・・」


誰に言うでもなく、独り言のように呟いた寛匡は切り結んだ反動を利用して後ろに大きく飛び退く。


「漸く諦める気になったか?」


油断なく槍を構え、紅蓮は口の端を吊り上げて不敵に笑う。
といっても、普段は炎蛇を駆使して敵を排するのが紅蓮の常套手段なので、槍での応戦にそう余裕があるわけでもないのだ。
それを知ってか知らずか、寛匡は挑発するようににやりと哂う。


「ぜーんぜん!元々直で昌浩に傷つけようなんて考えてなかったしね」

「・・・・・・・・・とういうこと?」


昌浩に視線を向けつつ寛匡はそう言った。
視線を向けられた昌浩は困惑気味に聞き返す。


「ん?・・・・・・あぁ、特別に教えてあげるけど、受けた命は安倍の奴等を死なない程度に手酷く傷を負わせること。だから最初から殺すつもりはないんだ」

「なんでだ?」

「さぁ?そこまでは何とも言えないな。俺は言われた命令を遂行してるだけだし、知る必要のないことだからね」

「寛匡は・・・・・本当にそれでいいのか?」

「さっきも言っただろう?これは『成さねば為らぬこと』だってね」

「・・・・・・・・・・・・」

「おいっ、今の話と直に傷つけようと考えていないこととどう繋がりがあるんだ」


痺れを切らした紅蓮が二人の会話に割って入る。
そんな紅蓮に寛匡は視線を向け、くつりと嗤う。


「・・・・・・・そんなに知りたいか?」

「あぁ、知りたいな」


念押しするかのように聞いてくる寛匡に紅蓮はにべもなく言い返す。
そんな紅蓮の言葉に寛匡の嘲笑が一層深くなる。


「その言葉、後悔するがいい・・・・・」

「あ?」


ひっそりと口にされた言葉は対峙する紅蓮や昌浩に届くことなく掻き消える。

寛匡はおもむろに剣を持った手を動かす。





次の瞬間。










ざしゅっ!









思い切り自分の腹に剣を突き刺した。










「なっ!」


寛匡の突然の行動に二人は絶句する。
自分で自分の腹を刺すなど狂気の沙汰でしかない。

ぽたぽたと寛匡の腹の傷から血が流れ出す。
寛匡は痛みに顔を歪める。
と、ふいに痛みに引き攣った口が笑んだ。


「なんだ・・・・・・?」


怪訝に思った紅蓮が疑問を口にすると同時に、後方でどさりと質量を持った何かが地面に落ちる音が聞こえた。


「――――――?」


嫌な予感に囚われながら紅蓮はぎこちなく後ろを振り返る。

振り返った紅蓮の眼に映ったものは―――――


「―――っ!昌浩!!?」


紅蓮の悲痛な声が暗闇を切り裂く。











じわじわと広がる紅。











暗くて色の識別はできないが、その光景が眼に浮かぶ。











その紅の中心には










昌浩が倒れ伏していた。

















言っただろう?これは『成さねば為らぬこと』だと。




















闇より作り出されし鎖は赤に濡れる。


















                        

※言い訳
寛匡の言葉遣いが不定形だ!どうしよう・・・・・・(困)
しかも昌浩と寛匡のやり取りが少ない気がする。もっくんがでばりすぎなんだよなぁ。
もう書いていてわけがわからなくなっている今日この頃。
それではよくないってわかってるんですけどね・・・・・頑張ります。

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2006/1/5