脇腹から発せられる熱。










自分はこの熱を知っている。










これと似たようなものを以前に一度だけ感じたことがある。










しかし何故とも思う。











何故今この熱を自分は感じているのだろうか―――――?















水鏡に響く鎮魂歌―拾―
















ざしゅっ!





寛匡が自分自身に刃を衝きたてたことに驚愕した。
ぽたぽたと血が滴り落ちる音が嫌に耳についた。


『え・・・・・・・・?』


不意に自分の脇腹に熱を感じた。
以前にも一度、これと同じようなことがあったのを脳裏の片隅で思い出す。

思わず熱を感じる部分に手をやると、微かに手が湿る感触がした。
湿った掌を見遣れば黒ずんだ色をした液体が付いているのが眼に映った。

血だ。

そう認識したと同時に、熱が痛みに転じた。


[――――っ!」


声にならない吐息をつく。
痛みに耐えかねて地面に膝をつく。
手をつくことで完全に倒れ伏すことだけは辛うじて防ぐ。


「なんだ・・・・・・?」


自分の膝をついた音を聞きつけたのだろう、紅蓮が訝しんでこちらを振り向く気配がした。


「―――っ!昌浩!!?」


紅蓮の悲痛な声が宵闇を切り裂く。
何とか気力を振り絞って顔を上げると、こちらに駆け寄ってくる紅蓮の姿が見えた。
寛匡の方に視線を移せば、かなりの量の血を流しながらも辛うじて片膝をついているのが見えた。
薄闇の中でも蒼白とわかるほど寛匡の顔色は悪かった。


「大丈夫か!昌浩!!?」


自分のもとまで辿り着いた紅蓮は、膝をついて心配げに昌浩の顔を覗き込む。
そんな紅蓮に昌浩は痛みに顔を引き攣らせながらも、安心させるように僅かに笑みを浮かべる。


「う・・・・ん、何とか大丈夫」


意識は辛うじて保っていられる。
だからといって今感じている痛みが薄らぐわけでもないのだが・・・・・・。

それよりも抱いた疑問に意識が向く。
寛匡が剣で刺したのは彼自身だ。
たが、それと同時に昌浩自身も実際に刺されたわけでもないのに同じ箇所が傷つき、熱を孕んでいる。
これは一体どういうことなのだろうか―――。


「っ!どう・・・だ?直に斬り付けなくても、簡単に傷つけられる・・・・だろう?」

「貴様っ!!」


荒い息のもと、何とか立ち上がった寛匡を紅蓮は射殺さんばかりに睨みつける。
それと同時に怒気を含んだ闘気が全身から立ち上る。
それを蒼白な顔をした寛匡はさして堪えた様子もなく真正面から受け止める。
しかし、出血が多い所為か足元はやや覚束ない。


「・・・・・はぁ、流石にこんな状況じゃ、神将を相手にするのも無理があるか・・・・・・・。今日はここで引かせてもらうよ」

「なっ!待て!!!」

「じゃあね」


寛匡がそう言ったと同時に突風が吹く。
紅蓮が翳した腕を下ろせば、もうその場には寛匡の姿はなかった。
いつの間にかあの銀色の獣の姿もなくなっている。


「くそっ!」


それを見て取った紅蓮は微かに舌打ちをした。
寛匡を逃がしたことには苛立ちを隠せないが、今はそんなことよりも昌浩を邸に連れ帰ることが先決だと判断した紅蓮は、なるべく傷に障らない様に注意しながら昌浩を抱え上げて急ぎ安倍邸に向かった。




*    *    *




傷を負った昌浩を連れて帰った紅蓮は急いで晴明にことの次第を簡単に話し、天一にその怪我を治して貰った。
昌浩は大事をとって今は安倍邸の自室で大人しく眠っている。


「ふぅ・・・・・いきなり大怪我をして帰ってくるとは・・・・・・・。少しはこちらの心情も慮ってもらいたいのぅ」

「・・・・・・・・すまない」


常日頃は昌浩をからかって楽しんでいる晴明だが、怪我の(しかも重傷)絶えない末孫を心配していないかというと、全くの逆で普段は表情に出すことはないがそれはもう心配に心配しまくっている。
毎夜、夜の見回りに明け暮れている孫を心配して無事に帰ってくるまで眠らずに待っているほどなのだ、こうして傷を負って帰ってくる孫に心を痛めないわけがない。


「いやなに、お前を責めているわけではない。勘違いするでない」

「・・・・・・・・・」

「―――して、簡単に話してもらったがもう少し詳しく話してもらえるかの?」

「・・・・・・わかった」


漸く落ち着きを取り戻したところで、改めて晴明と物の怪の姿になった紅蓮が細かい状況について話し合うことになった。








「―――ということがあった」

「そうか・・・・・・・・しかし、どうやって昌浩を傷つけたかがわからんのぅ」

「あぁ。あいつは自分で自分に剣を突き刺しただけだからな・・・・・・・それでどうして昌浩が同じ場所に傷を負うことになるのかが全く持ってわからない」

「そうだのぅ・・・・・・・・同じ場所に傷、ということはその寛匡とやらの身体自体が身代わりか何かの役割を果たしていたと考えられるかもしれんのぅ」

「身代わり?どういうことだ晴明」

「そうさのぅ・・・・・・・例えば丑の刻参り。あれは呪いたい相手の代わりにわら人形を使って相手を呪う術じゃ」

「・・・・・つまりはその人形の役割ってのを自分自身がやったってことか?ばかな!そんな危険を冒す必要など全くないだろうが!!」


至極尤もなことを言う物の怪に、晴明も一つ頷いて同意を示す。


「そうなんじゃ、そこがわしにもわからん所なのだよ。幸い昌浩の傷はそう深くはない、しかしあちらはそうもいかんじゃろうて」

「・・・・・・・そうだな、確かに傍から見てもあいつの方が傷は深かったと思う」

「ということは、つまりその術自体全く効率的ではないということになるのか」

「勾!」


突然、二人の会話の中に三人目の声か交じる。
声の主は物の怪の言ったとおり、十二神将・勾陳であった。
名前を呼ばれた勾陳は入り口の近くにある柱に背をもたれて腕組みをした格好でこちらを見ていた。


「勾陳か、昌浩の様子はどうであった?」

「つい先程眠りから覚めたようだ。今は彰子姫と太陰、玄武らと話しをている」

「そうか、わざわざすまんのぅ」

「別に。これくらいわけない」


そう言って昌浩の様子を告げた勾陳は物の怪のすぐ隣までやってくる。


「効率的ではない、確かにそうじゃのぅ・・・・・・・・まぁ、そこに引っ掛かりを覚えるのも確かじゃな」

「引っ掛かり・・・・・・・・・?」

「―――何か意味があるのではないか?晴明」

「意味か?・・・・・・そうかもしれんのぅ・・・・・・」


勾陳の言葉に三者三様に考え込む。
しかし、これといってわかることも無くしばしの間沈黙が流れる。


「まぁ、そう考えても早々わかる話でもないであろうに、少し昌浩の様子でも見に行くことにでもするかのぅ」

「まぁ、それから考えても遅くはないだろう」

「そうたな・・・・・晴明、後は特に話すことがないなら俺は昌浩の傍にいるぞ?」

「あぁ、構わんよ」


そこで話の纏まった晴明達は昌浩の自室に足を向けた。












寛匡の行動。











これに意味があるということは彼らは一体何時気づくのだろうか―――――?

















                       

※言い訳
漸くもっくん以外の十二神将登場!!
なんか物足りないよねと思っていたらあんまり十二神将が出ていなかったことに気づいた・・・・・・(遅っ;)
今回は勾陳を出しました。次のお話では他の神将たちも出したいな・・・・・・・。
なかなか話が巧く纏まらないので苦戦している今日この頃、ゆっくりと話を進行させています。
この場面が終わったら相手さん側の話なんかも書いていきたいと思ってます。頑張ろ・・・・。

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2006/1/7