怪我を負って邸に帰ってきた自分。









いつも出迎えてくれる彼女はそんな自分を心配げに見つめている。









そんな彼女に自分は『大丈夫だよ』といって精一杯笑顔を向ける。









彼女に心配を掛けさせないために。









彼女に哀しそうな顔をさせないために。









自分は精一杯微笑むのだ―――――
















水鏡に響く鎮魂歌―拾壱―


















「大丈夫?昌浩」

「うん、大丈夫。天一が傷を治してくれたしね・・・・・・」


心配そうに見つめてくる彰子に昌浩は努めて笑顔で返した。
しかし、いくら傷が治っていようとそれは外見だけで、実際は完治しているわけではない。
昌浩自身が天一にそう頼んだのだ。
天一の術は相手の怪我を自身にそのまま移すもの、いくら死に至らずとも怪我には変わりないので上辺だけ治して貰い、後は自力で治すことにしたのだ。


「なーにーが大丈夫よ!完治しているわけじゃないんだから、大人しく寝てなさいよ!!」

「うむ。我も太陰の意見に賛成だ。いらぬ無理をしていては治るものも治らない」

「そうよ昌浩。だから起きてないでせめて横になって?」


珍しく正論を言ってくる太陰に、玄武・彰子も賛同する。
壁に背を預けて静観している六合もさり気なく頷いて肯定している。


「・・・・・・わかりました;;」


皆から言われてしまえば逆らうこともできず、昌浩は大人しく横になった。
やはり疲れていたのか、昌浩は軽く息を吐き全身から力を抜く。
心なしか顔色が悪いように見える。


「少し寝た方がいい」

「うん、そうするよ」


六合の言葉に昌浩は僅かに苦笑しながら返事をし、静かに目を閉じた。
そしてしばらくした後、静かな寝息が昌浩を見守っていた四人の耳に届く。









「なんじゃ、昌浩はまた眠ってしまったのか?」

「はい、つい先程。どうなさったのですか?晴明様」


昌浩が眠りについてしばらくした後、昌浩の部屋を晴明が訪れたのだった。
晴明は眠る昌浩の傍に腰を下ろし、顔を覗き込む。


「ほぉっほぉ!よう眠っとるわい」


穏やかな昌浩の寝顔を見て、晴明は眦にしわを寄せる。


「晴明。昌浩は大丈夫なのか?」


晴明の隣でお座り体制をした物の怪が仰ぎ見ながら聞いてくる。
物の怪の疑問はその場にいた全員の疑問でもあったので、昌浩と晴明を除く全員の視線が晴明に集まった。


「まぁ、待て。それを今から調べてみる」


晴明はそう言うと昌浩の額に手を当てて、呪文を唱え始める。
晴明の邪魔をしないようにその他の者達は音も立てずに静かにその様子を見守っている。
すると、呪文を唱えている晴明が微かに眉を寄せた。
それと同時に呪文を唱えるのをやめ、額から手を離す。


「――――どうかしたのか?晴明」

「うむ・・・・・・・・・・・・」


怪訝そうな物の怪の問いには答えずに、晴明はしばらくの間目を瞑って考え込む。
そして徐に口を開いた。


「・・・・・・どうしてそうなったのかはわからんが、どうやら魂の一部が欠けているようじゃ」

「―――――欠けている?」

「ちよっと、どういうことなのよ晴明!!」


玄武と太陰の疑問の声が同時に発せられる。
晴明の言葉を聞いた彰子は、自分にも何かわからないものかと昌浩に眼を向けている。
その他の者達も声を出すことはなかったが、各々に思考を働かせる。


「言ったとおりの意味じゃよ。今の昌浩の魂の状態を一言で言うのならば『不完全』じゃな」

「・・・・・それで?その様な状態で昌浩は大丈夫なのか?」

「まぁ、すぐにどうとなるわけでもないだろうが・・・・・・ずっとこのままの状態が続くとなれば何とも言えないのぅ」


玄武の冷静な問い掛けに、言葉を濁しながら晴明は答えた。


「何か心当たりでもないのか?騰蛇」

「・・・・・・・いや、最近はこれといって何も変わったようなことは・・・・・・・・」


六合の言葉を受けて、物の怪は最近の出来事を振り返ってみるがそれらしいことは何も思い当たらなかった。


「まぁ、それは昌浩が起きてからでも・・・・・・・・・」

「ん!――――?じい様??」

「・・・・・・・・・起きちゃたわね;;」


少々騒がしかったらしい。先程眠りについたばかりの昌浩が眼を覚ました。
昌浩は眼を覚ましたと同時に傍に晴明がいたので驚いている。


「えっと・・・・・・・」

「なに、少し様子を見にきただけじゃ。ところで昌浩、最近何か変わったようなことはなかったか?」

「変わったこと、ですか・・・・・・・・・・?」


突然の質問に戸惑いを感じつつも、昌浩はここ最近の出来事を思い返してみる。
特に変わったようなことは無かったと思うが・・・・・・・・・・・・。
と、そこで昌浩はあることを思い出す。


「最近は特に何も・・・・・・ただ、今回の事件が起こる少し前―――三ヶ月前くらい?に夢を見ました」

「夢?してその内容は?」

「それが・・・・・・何も覚えてなくて、ただ嫌な夢だったなとしか・・・・・・・俺が思い当たることといったらそれくらいですね」

「そうか・・・・・・・・・」

「・・・・・・・ところで、こんなことを聞いて何か意味でもあるんですか?」


目覚めて早々いきなり質問されたので、昌浩は質問の意図を図りかねていたのだ。


「おぉ、そうじゃった!昌浩、お前魂が一部欠けておるぞ」

「―――――へ?」


何か軽い調子でとてつもなく重要なことを言われた気がする・・・・・・・。
昌浩がそう考えていると、晴明がわざとらしく溜息を吐き、衣の袖口で口元を隠しつつ昌浩に意味ありげな視線を寄越してくる。
それを見た物の怪は『お?久々にくるか?』などと内心呟く。


「昌浩や。いくら極僅かだといっても自分の魂が欠けていることに気づかなんとは情けない。そこら辺の物とは訳が違うのだぞ?それを知らぬ間に落っことしてくるなどと・・・・・・・・じい様は切なさを通り越して憐憫さえも感じてしまうぞ、うぅっ!」


泣くまねまでしてくる晴明に『このたぬきがっ!!(怒)』と昌浩が内心喚かずにはいられなかったのは言うまでもない。


「・・・・・・・そんな大事なものをそこら辺に落っことしてきたつもりはありませんが?じい様」


祖父との間で恒例になっているこのやり取りに、米神に青筋を浮かべながらも昌浩はそう答えた。


「しかしのぅ昌浩、実際に現状としてお前の魂は欠けておるのだぞ?心当たりがなければそう言うしかあるまい」

「・・・・・・・・そんなこと言われても、本当にその夢以外には心当たりが全くないんだけど;;」


昌浩は晴明の言葉に渋い顔をしつつも、他に心当たりが無いか記憶の中を探ってみたがやはりそれ以外のことは思いつかなかった。


「まぁ、思い当たることがないものをいつまでも考えているよりも、欠けた魂の一部を探し出すことの方が先じゃな」

「だな。―――というわけだ、早く治せよ?晴明の孫」

「孫言うな!・・・・・・・まぁ、いつ何が起こるかわからないしね。早く治すように努めるよ」

「そうしてくれ」








そうしてその日は過ぎたのだった。

















                      

※言い訳
やっと水鏡更新です。なかなか進まない・・・・・・・・・巧く文章にまとめることができずにいます。
書き忘れていましたが、このお話の時期は『真紅』が終わって昌浩達が都に帰ってきた頃ぐらいのものです。そこからは本編の話の流れを大幅に無視して勝手にお話を書いています。
だから時期的におかしいだろ!という突っ込みは受け付けませんのでご了承の程宜しくお願いします。
次はどう話を進めようかな・・・・・・・・・。

感想などお聞かせください→掲示板

2006/1/18