魂が悲鳴を上げる。









傷つけたくはないのだと










必要のない虐げはしたくないのだと










心の底で叫んでいる









それでも自分はその声をねじ伏せて刃を振る









すべては自分自身の意思――――――
















水鏡に響く鎮魂歌―拾弐―















漆黒の闇。


生命の拍動が全く感じられない黒の世界の中に、ただ一人寛匡は居た。
一人といっても、彼の隣には式である疾風が寄り添うように控えている。
銀色の獣は、主の様子を心配げに見守っている。
一方その主はというと、ひたすら傷の回復を待ち、沈黙を保っている。


「・・・・・・・・はぁ。傷は塞がっているのはいいけど、内の方まではそう易々とは戻らないか・・・・・・・・・・・」


昌浩よりも深い傷を負った寛匡ではあったが、傷口はずでに塞がっており外見からではわからないくらいまでは治っていた。
しかし、それは見た目上の話であり、事実内臓の損傷は未だ癒えてはいない。
故に彼はここで大人しく傷の治癒に努めているのだ。


「―――どうやら昌浩の方も大したことにならずに終わったみたいだな・・・・・・・まぁ、あんな位の傷じゃ死なないだろうけど」


何を根拠に言っているのかはわからないが、寛匡はひどく確信めいた口調でそう呟く。
瘴気を含んだ風が吹き、旋毛で束ねられた髪がふわりと舞う。


「傷の方はどうだ?」

「・・・・・・爛覇」


気配も無く現れた闇色を纏った人間―――――彼の少年が主と仰ぐ男。
傷の具合を心配するような素振りを見せるが、その実彼の眼には感情の波一つ立ってはいない。
万年凍土の瞳。
彼の瞳を一言で表すのならばそれが一番適しているだろう。


「いくら私の指示とはいえ、己が身体に刃を突き立てることを実行するとは・・・・・・・・・」


お前も大概愚かだな―――――。

感情の篭っていない声が空気を震わせる。


「―――でも、俺をそんな風にしたのは爛覇でしょう?」


自分の思い通りになっているのに何か不満でもあるの―――――?

人間味を感じさせない主、しかし寛匡はそんなことは気にも留めずに眼を眇めつつ、拗ねたように文句を言う。
そんな寛匡の様子を見て、爛覇は歪んだ笑みを浮かべた。無論、誰にも気づかれないようにだが。


「・・・・・・そうだな、今のところは順調に事は進んでいる。お前の言うとおり、何も不満はない」

「だったらそれでいいじゃない。爛覇は俺を使う、俺はそれで存在意義を持つことが出来る・・・・・・・・・何も問題にすることはない」

「くっくっくっ!―――そうだ、それでいい・・・・・・今言った言葉、決して違えることは許さない」

「御意。――――もちろん、そのつもりだよ?」

「ふっ・・・・・・・・・・」


微かな笑いを残して爛覇は姿を消した。
そしてまた寛匡と疾風だけの空間に戻った。






主がつい先程まで立っていた場所を寛匡は無言で眺める。
そしてゆるりと口の端を持ち上げる。
その瞳は煌々と輝き、少年本来の彩を放つ。


自分が利用されるだけの存在だということは、もとより承知の事。
彼の存在から離れることはできない、離れることを許されない。
でなければこの身体を保つことさえ侭ならない。そういう風な仕組みが出来上がっているのだ。

塵へと帰りたくなくば、彼の人の命令に従順な駒であるしかない。

別にそのことがなくても自分は彼の下から離れるつもりは毛頭にない。
無に帰すことになんら恐れなど抱きはしない。
闇より創られしこの身体が消え、魂はあるべきところへ還るだけなのだから・・・・・・・・。


なのに彼の傍にいるのは、偏に自分の利己的な考えにすぎない。
ほおっておけないのだ。
自分が眼を開けて初めて見た彼の人の瞳がとても寂しそうに―――孤独に思えたから・・・・・。
きっとその瞳を見てしまったせいで離れられないのだろう。
これは自分の性分なのかはわからないが、今彼を一人にしてしまうのはとてもいけないように感じる。


彼は気づいていないのだ。己を取り巻く闇に。
いや、闇などと生易しいものではない。あれは混沌、ひどく禍々しいものだ。
それが彼を取り込もうとしている。
自分にはそう見えたからこそ、ここにいることを諾としたのだ。



まだ間に合う。決して手遅れではない―――――。




「力が・・・・・・・・・・力が足りない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


自分は彼の気休め程度にしかならない。
誰か彼の人を闇の深淵から引きずり出してくれはしないか・・・・・・。


「昌浩・・・・・・早く、早く気づいて!!」


この孤独な魂に。

彼が気づけば祖父である晴明もきっと力になってくれるだろう。そしてその配下にある十二神将も。
自分はそれとなく彼らに知らせるしか術を持たない。




今はただひたすらに願うしかない。








彼らが真実に少しでも早く近づくことを―――――。




















                     

※言い訳
はい。予告していた通り、今回は寛匡サイドのお話を書きました。書いている本人が言うのもなんですが・・・・・・・しかし短いなぁ。(不満)
何か書くつもりのなっかたことまで書いてしまった・・・・・・なかなか上手くはいかないものですね・・・・・。
次のお話は爛覇の独白?みたいな感じの短めな文を書きます。(断言)
このお話はすでに出来上がっているので、明日にでもupできるはずです。
春までには完結させたいな・・・・・・。

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2006/2/2