言葉にならない叫びが聞こえる。









この声は誰のものだろうか?









その声はどこか聞き覚えのあるような声で









自分はきっとその主に会ったことがあるのだろう。









真実は夢の霧の中に包まれる。









孤独な魂の存在はいつ知られるのだろうか―――――?















水鏡に響く鎮魂歌―拾














頬を撫でる冷たい冷気。


それに昌浩は閉じていた目をゆるゆると開いた。
開かれた眼に映ったものは漆黒の色。
右も左も上も下もすべてが闇に包まれている。
いや、包まれているのではない。闇なのだ。

一面闇の世界に昌浩は首を傾げる。
つい先程までとても温かな夢を見ていたような気がする。

二人の兄弟がお互いを支え合って生活を送っていた夢を。
顔こそはっきりと見ることはできなかったが、その空気から温かさを感じることが出来たのは確かだ。
しかし、夢の終わりの方はとても悲しかったような気がする。
そこは霞がかかったようにはっきりと思い出すことが出来ない。

そして今、眼を開ければ果てしなく闇が広がっている。
そのことからまだ夢から覚めたわけではないことがわかる。


「・・・ここ・・・・・・は・・・・・・・」


どこだろうか?

その疑問の言葉は途中で途切れる。
見覚えがないはずなのに見覚えがあるのだ―――――この闇を。

そこまで考えた昌浩は、自分の考えに内心首を傾げる。
見覚えがある?この漆黒の世界を??
心当たりの全くないことに、昌浩は頭上に疑問符を飛ばせる。




――――――――・・・・・っ・・・・・・・・




一人混乱の淵に立っていた昌浩は、どこからともなく届いた微かな声に意識を現在に戻す。
微かな声を聞き取るために己が耳に神経を向ける。






       思い出せ哀しき過去を

       思い出せ苦しき過去を

       御魂に刻まれしその記憶

       嘆きの声は虚空に響き渡れども

       嘆きに耳を傾ける者は無し

       さすれば願わん

       我が声を聞きし者が在ることを

       我が魂とその叫びに気づきし者を

       この魂尽き果てるまで謡おう

       嘆きの唄を・・・・・・・・・・・・







聞き取れた声は唄声。

しかもこの唄は何処かで一度聞いたことがあるような気がする。
それはいったい何処でであったか。
思い出そうとするが、まるで霧でも掴むように記憶が手の内を零れていき、なにも思い出せない。


(なんで・・・・・・思い出せない・・・・・?)


昌浩は額に手を当て、頭の中の霧を振り払うように数回ゆるく頭を振る。
―――とその時、昌浩の背後に突然影が現れる。


「・・・・・・・・来たか」

「―――っ!誰だっ!!」


突然背後に現れた影に、昌浩はとっさに距離をとる。
向き直った昌浩は、そこで漸く影の存在を見て取ることが出来た。
三十代後半から四十代前半位の歳のようで、暗がりで判別しずらいが白髪交じりの黒髪をした男だ。


「――――誰?」


男を見た昌浩は眼を瞬かせて問い掛ける。
昌浩の問い掛けの言葉に、男は口元に歪んだ笑みを浮かべる。


「ふっ・・・・・・・お前は以前も同じ事を私に問うていたな?」

「・・・・・・以前も?」

「ほぅ、まだ思い出さないか・・・・・・いいだろう、思い出させてやる」


男がそう言うなり、指をパチンと鳴らす。
と同時に昌浩の今まで霞が買っていたような頭の中が、晴れ渡るように鮮明になっていく。


「あ・・・・・・・・・・」

「思い出したか?」

「お前はあの時のっ!!」

「くっくっくっ!・・・・・・久方だな、安倍昌浩?」


漸く思い出した昌浩を見て、男はざもおもしろそうに喉の奥で哂う。
低く哂う男を睨みつけていた昌浩は、あることに気づいたように辺りの空間に視線を走らせる。


「じゃあ、ここは・・・・・・・・」

「そうだ。この間お前を呼び寄せた所――――私が作り出した空間だ」

「この空間を作り出した?」

「その通り。お前の魂を連れ出すのは中々に至難。周りに十二神将やらお前の祖父―――安倍晴明がいるからな・・・・・・夢を介してお前の魂を呼び寄せた方が気づかれる恐れがない」

「・・・・・・・・・・?」


男が自分の祖父の名を口にしたとき、昌浩はその瞳に一瞬憎悪の光を垣間見た。
昌浩の微かな表情の動きに気づいた男は、今までの中で一番凄惨に嗤う。


「まさか、自分の祖父が稀代の陰陽師と謳われるまでに一度も人を呪ったことがないなどと思ったことはあるまい?陰陽師なぞ人を呪ってなんぼ。それは避けては通れぬ道。内裏の者どもに重宝されているならば尚のこと・・・・・・・・」

「それは・・・・・・・・」

「事実だ。人は醜い!浅ましい!!それが人が生きるうえでの理、真実だ。負の感情を持たない人間など一人としていないのは、いくら子どもとてわかるだろう?」

「・・・・・・・・・・・」

「地位の高い者はそれが顕著だ。自分に少しでも不利になりそうな要因はさっさと消す。そうでなくとも謂れのない恨みや妬みで引きずり落とされそうになる、引きずり落とされる」

「・・・・・・・・・・・」

「もちろん私とて例に漏れぬ。お前もな」


今まで怒涛の如く話していた男は一旦口を閉ざし、立ち尽くす昌浩へ歩み寄る。


「俺・・・・は・・・・・・・・・」


違う。と否定することは軽々しくできない。
陰陽師・・・・・しかも祖父を越える大陰陽師を目指すとなれば、絶対に無いと言い切ることが出来ない。
いくら自分がそのことを望んでいなくても、まだ見ぬ先の話では断言できないのだ。それが悔しい。


「まぁ、今回のお喋りはここまでにしておこう」

「何故?・・・・前に問い掛けた時には」

「前に問い掛けた時には答えなかったか?―――以前の時にはまだ知られては困ったからな」

「―――つまり、今は知られてもいいと?」

「そういうことだな。今回お前を呼び寄せたのもこのことを伝えてもらうためだ」


我が憎き敵、安倍晴明にな・・・・・・・・。

そこで男は昌浩の目の前に掌を翳す。

では、体に戻って貰おう・・・・・・・・私のこと、しかと伝えよ――――。


そこで昌浩の意識が遠のいていく。






沈む意識の中、男のものとは別の声が聞こえた。





(おね――い。・・・・・・・・のこと・・・・・・す、けて・・・・・・!!!)





途切れる寸前の昌浩にはそれが誰の声かは判別することができなかった。

そして昌浩の意識は途切れた。














「瑞斗・・・・・・・・・・・・・・」


子どもがいなくなった闇の空間で、一人残った男はぽつりと呟く。

揺れる瞳を瞼の下に隠し、男は静かにその場から姿を消した。









後に残ったのは沈黙する漆黒の世界のみ―――――――。


















それぞれの想いは交差することなくすれ違う。









闇はすぐそこにまで迫っている―――――――。


















                       

※言い訳
久々の更新です。
しかし難産です。ここ数話、本当にどうやって話を進めようかと悩みに悩みまくっています。
いつになったらラスボスまで辿り着けるのか・・・・・・・はぁ=3
今回は昌浩と欄覇の会話?というか一方的に語っている気も・・・・・・;;
誰も何も犠牲にしない陰陽師が昌浩が目指す陰陽師像ですからね・・・・・・・・こう言われてしまえば辛いかな?と思いつつ書きました。
というか痛いとこ突かれて後半部分が昌浩あんまり喋っていない・・・・・・・。(←誰のせいだよ)
頑張って書きます。

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2006/2/13