休息の時。 思いとは裏腹に体の自由が利かない。 焦る心。 それでも事態の動きは待ってはくれない。 終幕の足音は確実に近づいてくる―――――――。 水鏡に響く鎮魂歌―拾捌― 昌浩が怪我を負ってから一週間が経っていた。 物の怪は昌浩に二・三日は必ず休むように言ったが、流した血の量が思っていた以上に多かったらしく、昌浩は未だに出仕を控えていた。 本人は行くと言って聞かなかったが、血の気が足りず青ざめた顔でそんなことを言われても周りの者達は納得できるはずがなく、強制的に休ませているのだ。 周りの者達曰く、これ位が丁度良いのだそうだ。 昌浩としては自分の体調よりも、自分が休んだことで他の陰陽生達に仕事の負担が増えてしまったことの方が気になって仕方ない。 少し前まで昌浩は出雲に行っていた、その間の昌浩の仕事は敏次達が分担して行っていたらしいのだが、捌ききれなかった分は帰ってきた昌浩が消化していたのだった。 そんなところに再び昌浩の出仕の休み。これではまた仕事が滞ってしまうではないか。 そう思った昌浩は、少々の無理を押しても出仕をしたいと思っていた。 そんな昌浩の言い分に、物の怪は「真面目さも行き過ぎるとどうかと思うぞ?」と呆れ顔でそう感想を述べた。 内心もどかしく思いつつも、昌浩は未だ安倍邸で大人しく養生していた。 「・・・・・・・なぁ、物の怪のもっくん」 「なんだ?晴明の孫」 「孫言うなっ!―――――俺はいつまでこうして大人しく横になっていればいいんだ?俺としてはそろそろ出仕に行きたいんだけど・・・・・・・・」 褥の上に上体を起こした体勢で、昌浩は傍に控えていた物の怪に問い掛けた。 「さぁな。少なくとも歩く際に足元が覚束ない程度に回復するまでは養生しないといけないだろ」 「・・・・・・・俺としては大丈夫だと思うんだけど・・・・・・・・・・」 「ほざけ!なんなら夕餉の時の移動で一度もふらつかずに歩いてみせろ。もしできたら考えてやる」 「う〜〜!!!」 物の怪の言葉に昌浩は唸り声を上げる。 物の怪が今言った条件を満たすほどにはまだ回復していないことなど本人が一番よく分かっているのだ。 反撃の隙さえ与えられず、昌浩はじと眼で物の怪を睨みつける。 睨みつけられた物の怪は、その視線を綺麗に無視して飄々とした様子で昌浩を見ている。 「唸っても無駄だ。大人しく傷を治すことに専念するんだな。俺としては今のお前のその体制が傷口にあまりよろしく思えないから、すぐにでも横になって欲しいくらいだ」 「傷口は塞がってるじゃん!」 「いらぬ負担を掛けて傷口が開いても俺は知らないからなぁ〜。そしたらまた出仕できる日にちが延びちまうなぁ〜♪」 口調こそ軽いものだが、昌浩を見る物の怪の瞳は真剣そのもの。 それに気づいた昌浩は、ばつが悪そうに視線をあらぬ方向へ逸らす。 昌浩は自分の怪我を誰よりも心配しているのは、この物の怪であることをよく理解している。 故に、無茶を起こして物の怪に更なる心配を掛けるのは不本意であるからそれ以上の反論は口に出来ない。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「わかったらさっさと横になれ」 「・・・・・・・・・わかったよ、わかりました!こんなに寝てばっかりだと体が鈍っちゃうよ」 ぶつくさと文句を言いつつ、昌浩は再び褥に横になった。 物の怪はそんな昌浩にこっそりと安堵の息を吐く。 「爛覇とかいった例の事件の親玉については、今晴明たちが調べている。伏兵がいるかどうかはわからんが、向こうにも手負いの奴がいるし、そうすぐには動きは取れないはずだ。だから少しは落ち着け、いざというとき動けなかったら洒落にならないぞ」 「うん・・・・・そうだね。わかってはいるんだけど・・・・・・・・・」 「晴明が心配か?それこそ心配なんぞ全くいらないだろーが!お前の情報からすれば奴さんは晴明に恨みがあるらしいが・・・・・・俺達がついているから問題ないだろ」 「それもそうだね。じい様については心配するだけ損か」 力説する物の怪に、昌浩も納得したように頷く。 「・・・・・・だれもそこまでは言っていないが・・・・・・まぁ、そういうことだ」 「・・・・・・・早く治らないかな、怪我」 「もう少しの辛抱だって。血の量が足りれば、戦闘中に貧血で倒れることもなくなるしな」 「うへぇ・・・・・・それは御免こうむりたいな」 言われた情景を想像したのか、昌浩はしかめっ面でそう答えた。 そんな昌浩に物の怪も相槌を打って同意する。 「だろ?だったら早く治すんだな」 「はーい」 物の怪の言葉に、昌浩は返事を素直に返すのであった。 その後二人は、彰子が呼びにくる夕餉の時刻まで他愛の無い会話を続けるのであった。 * * * 「傷の方はどうだ?」 「爛覇・・・・・・・うん、まだ走り回れないけど大分治ったよ」 「そろそろ晴明を炙り出したい。どの位で完治する?」 「うーん、そうだね・・・・・・一週間・・・・・いや、五日もあれば何とかなるけど?昌浩よりも早く動けるようになった方がいいんでしょ?」 五日。 昌浩よりも重傷を負ったはずである寛匡の方が完治するまで早いと寛匡は言う。 それを聞いて、爛覇は寛匡の言葉を首肯する。 「そうだな。末孫が動けない今、奴本人が動くしかなくなるだろう」 「そうだね。さすがに溺愛してる末孫までに手を出されちゃあ黙ってないでしょ?」 「ふっ、確かにな・・・・・・・。六日だ、六日後に動く。それまでにはちゃんと動けるようにしておけ」 「御意」 寛匡の返事を聞くやいなや、爛覇は暗闇へと姿を消していた。 「六日後、か・・・・・・・・。昌浩達は気づいてくれるかな・・・・・・・・?」 早くしないと間に合わなくなってしまう。 独り言のように、寛匡は囁く。 そっと自分が剣を突き立てた傷がある場所に手を当てる。 痛みはもうない。 歩く分にも支障はない。 後二・三日も経てば走ることも問題ないだろう。 それでも完治に五日から一週間かかると言ったのは偏に時間を稼ぐため。 彼らが爛覇の真実に辿り着く時間を。 「どうか、闇から彼の魂を救って・・・・・・・・!!」 完全に飲み込まれる前に。 風が孕む瘴気の濃さが一層深まる。 残された時間はあと少し。 終焉は刻一刻と近づいてくる――――――。 ![]() ![]() ※言い訳 うーん、そろそろ終盤戦に入るかな? 当初の予定より寛匡が良い人になってしまいました。あれ?おかしいな・・・・・・・・。 というか話の流れがとってもわかりやすいお話に出来上がりつつなっている気が・・・・・・・文才が欲しいです。 昌浩、貧血状態再来です。 怪我を負いつつも敵に立ち向かう。少年陰陽師のセオリーですね。 頑張って春中には終わらせたい!! 感想などお聞かせください→掲示板 2006/3/5 |