孤絶な桜の声を聴け〜参〜








酉の刻。


闇が都全体を覆い尽くし、漆黒の世界が広がる。
昼間は息を潜めていた魑魅魍魎達も、この時間帯になれば活発に動き出す。

五条大路から小路に少し入ったところにある古い邸の前に、昌浩・敏次を含めた夜警の者達が立っていた。


「・・・・・・ここか、例の桜があるという邸は」

「はい。確認したところ、ここで間違いないようです」

「この邸の庭先に桜の木はあるらしいです」


敏次と他の陰陽寮の者達が会話をしながら数本の松明を掲げ、その邸の門を照らし出す。
先入観があるためか、奥の様子が見て取れないことに不気味さを感じずにはいられない。
夜警の者達の中でも何人かが後ずさるような仕草をする。

その様子を見ていた物の怪は、内心「おいおい根性がないなぁ・・・・・・それでこの先陰陽師としてやっていけるのか?」と呆れたように呟く。
妖に遭遇したわけでもなく、ただ夜のため暗い邸にしり込みするなど情けないにも程がある。

そんな中、邸の様子を窺っていた昌浩は敏次に気になったことを問い掛ける。


「あの、敏次殿。この邸には今は誰も住んでいないのですか?」

「あぁ、そうだ。数十年位前までは人が暮らしていたらしいが、今は空き家になっている」


昌浩の質問に頷きつつ答え、敏次は邸の奥へと視線を向ける。
それにつられて昌浩も同じ方向へ視線を向け、中の様子を窺うように目を細める。

今のところ邸の中からは妖気らしい妖気は感じられない。
桜の木が人を襲うと聞いたので、妖の類がそれに憑依しているのかとも思ったのだが特になにも感じられない。もしかしたら息を潜めていて、今は妖気を感じることができないかもしれないので注意に越したことはないと思う。
とにかく、その血染め桜なるものを一目見てみないことには何もわからないだろう。

そう心の中で締めくくった昌浩は、改めて敏次に問い掛ける。


「・・・・・・それで、中に入るのですか?」

「もちろんだとも!今日は件の桜を調査し、場合によってはそれ相応の対処をしなければいけなくなるかもしれないが」


それ相応の対処―――つまりは調伏するなりなんなりするということ。
まぁ、それは妖か怨霊などが関わっていたなら、ということだが・・・・・・・。


「肝心の桜は邸の中にあるが、一応邸の周辺も調べた方がいいのか・・・・・・・・・」

「あ。なんならお・・・・私が見てきましょうか?」


二手に分けるかどうか悩みだした敏次に、昌浩は名乗りを上げる。
そんな昌浩の行動に、物の怪は少しだけ意外そうな視線をやる。


「・・・・・・・いいのかね?」

「はい。俺がついて行っても足手まといになりかねませんし、それだったら周囲の様子を見てきた方が何かと都合が良いでしょう?」

「まぁ、それも一理あるこもしれないが・・・・・・・・ならば他の者も何人か・・・・・・・・」


昌浩の説得に対し、肯定の言葉を吐いた敏次に物の怪は憤慨の視線を向ける。


「なっなっ!昌浩の実力を知りもしないでそんな暴言を吐くとはいい度胸してるじゃねぇか!!昌浩はなぁ、稀代の大陰陽師・安倍晴明の後継とめされている将来、きっと有望な陰陽師になる予定(決定事項)の奴なんだぞ?!」


褒めているのか貶されているのかわからないような言葉を吐く物の怪に、昌浩は心中複雑ではあったが憤る物の怪のしっぽを踏み抑えつつ会話を続ける。


「いえ、大丈夫です!周囲の様子を窺ってくるだけですし、何かあればすぐに知らせに来ますので・・・・・・・・・」

「・・・・・・わかった。十分に注意したまえ」

「はい!・・・・・・では、見てきますね」

「あぁ・・・・・・・・・」


暴れまわる桜の近くにいるより、周囲の様子を窺いに行かせた方が安全と踏んだのか、敏次は最後には了承した。

了承を得た昌浩は、松明も持たずに周囲の散策へとその場を離れた。


「・・・・・・・・では、我々も邸の中に入るとしよう」


邸の角に姿を消す昌浩を見送った敏次達は、気を取り直して邸の中へ足を踏み入れた。


敏次達から一人離れ、角を曲がった昌浩はそこで足を止めた。


「六合、悪いけど周囲の様子を見てきてくれる?」

「・・・・・・・・わかった」


昌浩に呼ばれ、顕現した六合は一つ頷くとその場を離れていった。
それを見送っていた昌浩に、物の怪は訝しげに問い掛ける。


「・・・・・・・で、六合の旦那に見回りを変わりに頼んでお前はどうするんだ?」

「ん?いや、敏次殿達の様子でも見てようかな〜と。別に一緒にいてもいいんだけど、もしものことがあった時その場にいたんじゃ手助けしようにもできないかなぁと思って・・・・・・・・・・」


あ。もちろん敏次殿の実力に不安があるわけじゃないからね!俺が一方的に心配してるだけだから!!

困ったように後ろ頭を掻きつつ、昌浩はそう言った。
何もなければそれに越したことはない、その場合は何食わぬ顔で彼らのもとに戻ればいい。
そう結論付けた昌浩は六合に見回りの代わりを頼み、敏次達のことをこっそりと影から見ていることにしたのだ。

そんな昌浩を物の怪は不機嫌そうに眺め遣る。

昌浩の実力をよく知っている物の怪としては、それが隠密行動のためとはいえ、昌浩は陰ながらにしか事を起こせないことをとても悔しく思っている。
確かに、本当の実力を示して若いうちからいらぬ苦労をするのは困りものだが、それ故に人前では思うように実力を出せない昌浩を不憫に思うのも確かだ。


「それじゃぁ、行こうもっくん」

「もっくん言うな晴明の孫!・・・・・・で?どこから様子を見てるんだ?」

「孫言うな!!―――どっか桜のある庭を見下ろせる場所かな?塀とか屋根とか・・・・・・・・」

「・・・・・・・なるほど、高い場所にいた方が見つかりにくいか」

「多分ね。・・・・・それに高い場所の方がよく見渡せるだろうし」


昌浩はそう言って、すぐ目の前にある塀を見上げる。
物の怪はしばらく考え込んだ後、一つ頷くと助走もつけずに昌浩の肩にひょいと飛び乗る。


「もっくん?」

「旦那が帰ってくるまで少し待て、そしたら屋根の上にでも運んでもらってあいつらの様子を見ればいい」

「六合に?」

「あぁ、俺が元の姿に戻ると神気を隠し切れないからな。その点、六合なら隠形したままでもお前を運べるだろう?」

「なるほど」


物の怪の言い分は最もだったので、昌浩は納得したように頷く。
確かにその方が何かと見つかりにくいだろう。



そういうわけで、昌浩と物の怪は六合が周囲の見回りから戻ってくるのを待つのであった。






                              *    *    *






一方、邸の中に足を踏み入れた敏次達は桜の木の前までやって来ていた。

桜の木を見上げ、皆一様に驚きに眼を見開いている。


「これは、またなんと・・・・・・・・・・」

「すごいな・・・・・・・・・・」

「あぁ・・・・・・」


皆口々に感想を漏らす。

見上げている桜の木はとてつもなく大きかった。それこそ庭に観賞用に植えてあるようなものではなく、山の中にでもありそうな巨木。
花弁の色も常の薄紅色ではなく、血のような紅。
それなのに嫌悪感も不気味さも悪い方向の感情は何も沸いてこなかった。

そこに感じるのはただ圧倒されるばかりの威圧感。

桜に威圧感など、そんな馬鹿なことがと思いたいのだがまるで魅入られたかのように視線が外せない。
誰ともなしに口から感嘆の溜息が零れる。


「確かに花は紅いが・・・・・・・これが本当に人を襲うのか?」


自分達は今桜の木の前にいるというのに、襲われる気配はない。
やはり酔っていた貴族達の虚言だったのではと思わずにはいられない。

もっと近くでよく見ようと敏次は桜の木に近づく。
幹に触れようと手を伸ばした瞬間―――――




「―――――え?」




何かが頬の横の風を切り裂いた。





ぱっ!と紅が舞い散る。






微かな衝撃が奔ったところが熱を帯び始める。












ひらり。














紅い花弁が一枚宙を舞い踊った――――――。














                               

※言い訳
えーと、本当に久しぶりに孤絶の桜を更新しました。
その期間、約10ヶ月ぶり!!!うわぁ、書いてる本人もビックリです。
かなり期間が開いてしまったので、文章の改行の仕方とか・・・・・いろいろ違う部分が出てきてしまいました。
それについてはご容赦ください。
多分、これの本格的な更新は水鏡が終わってからになると思います。あぁ、もっと字が早く打てるようになりたい・・・・。

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2006/3/11