孤絶な桜の声を聴け〜肆〜












「あ、六合おかえり〜。様子はどうだった?」


周囲の偵察から戻ってきた六合に気づき、昌浩は視線を邸から背後に顕現した六合へと移す。
昌浩の足元にいる物の怪も、視線だけ六合へと向ける。

六合はそんな二人に、軽く頷いて返す。


「この周囲近辺に怪しいものはいなかった。特に問題はないだろう」

「そっか、ならいいんだ。・・・・・ところで六合、俺を抱えて邸の屋根に上ってくれる?」

「―――?騰蛇は・・・・・・」


状況報告の終えた六合に、昌浩は屋根の上に運んでくれるように頼む。
頼まれた六合はというと、昌浩の言葉に疑問を感じて微かに首を傾げる。
物の怪とて元の姿に戻れば、いくらでも昌浩を屋根の上に運ぶことができるだろう。

六合の疑問に答えたのは、首を横に振って否やと告げた物の怪。


「俺は無理だ。元の姿に戻ったら神気の押さえが利かない。そうしたら流石のあいつ等だって気がつくだろう?」

「なるほど・・・・・・わかった」

物の怪の言葉を聞いた六合は、なるほどと納得する。
そうとわかれば、六合が異を唱えることもない。

六合は昌浩を抱えると、桜の木と敏次達の様子が見えやすい位置に上った。





                       *    *    *





その頃、邸の中に入って例の桜の木の様子を探りに行った敏次達は、突如として襲い掛かってきた桜の木に右往左往していた。


「くそっ!いきなり襲い掛かってきたかっ!!!」


突然動きを見せた血染め桜に、敏次は軽く舌打ちをした。
特に害の無い様子に気を緩めていたらしい、一緒に来た者の中には軽くではあるが怪我を負ってしまった者もいるようだ。

暴れだした桜の木から、とても濃厚な陰気がじわじわと立ち上る。
今まで何故気づくことができなかったのか不思議なくらいの圧迫感に、無意識に喉が鳴る。

悲鳴や怒声の飛び交う中、敏次は努めて冷静であろうとする。


「っ、急いで桜の木から離れるんだ!」


いくら暴れまわるとはいえ、所詮は植物だ。
その攻撃してくる範囲は限られる。
故に敏次は皆に桜の木から距離を開けるよう、他の者達に指示を出す。

その場で足を竦めていた者達は、敏次の言葉を聞いて慌てて桜の木から離れる。

が、一人逃げ遅れた者がいたらしい。
耳を劈くような悲鳴が聞こえ、そちらへと眼を向けると木の根に絡みつかれて引き摺り込まれそうになっている者がいた。


「斬っ!!」


引き摺り込もうとしている木の根を、敏次の鋭くはなった霊力の刃が断ち切る。


「大丈夫かっ!!」

「あ、あぁ・・・・」

「この場からすぐに退くぞっ!・・・・・なっ、うわぁっ!!!!」


引き摺り込まれそうになった者を助け、自分も身を翻そうとした瞬間、霊力の刃で断ち切った木の根とは別の根が今度は敏次を捕らえる。


「敏次殿!!」

「―――っ、この・・・・・・・!」


今度は敏次が捕まりそうになり、あちこちから悲痛そうに敏次の名を呼ぶ声が上がる。

敏次は必死に術を使って、何とか逃れようとする。
が、次を凌げばまた次と全くきりがない。

敏次は意を決して、他の者に向かって叫んだ。


「私のことはいいから全員逃げろっ!!」

「なっ、そんなことできません!!」

「一人置いて逃げるなど・・・・・・」


敏次の言葉を聞いた他の者達は、皆口を揃えて異を唱える。
しかし敏次はそんな言葉には耳を貸さず、己の主張を頑として譲らない。

「構わないと言っている!誰かしらは陰陽寮にいるはずだから、応援を呼んできてくれ!!」

「!・・・・・わかった、すぐに呼んでくる!!」

「なんとか持ち堪えろよっ!」


敏次の言いたいことを理解した他の者達は、応援を呼ぶべく急いでその場から駆け去っていく。

その様子を気配で悟った敏次は、胸中で僅かに安堵の息を吐いた。
これで一先ずはいらぬ負傷者を出さずに済む。
敏次が第一に考えることは、如何にして最小限の被害で済ませるかだ。
自己犠牲精神なんぞ持ち合わせてはいないが、逃げられる時には逃げた方がいい。
これが己の実力でなんとかなる相手ならば無理を押してでも対峙しようと思うが、今回は自分達には荷が勝ちすぎるように感じられたので逃げるように指示を出した。


「後は私が隙を突いて逃げ出すだけだが・・・・・・・」


容赦なく襲い掛かってくる木の根に、逃げ出す機会を見つけられずにいる。
ほんの一瞬でもいいから、攻撃に間が空けば逃げ出すことができるのに・・・・・・。

しかし今の敏次に隙を見つけ出す余裕など皆無に等しい。
一瞬でも気を抜けば確実に捕まる。
だが、敏次の孤立無援の闘いは長くは続かなかった。


「―――!しまっ・・・・・・うわあぁぁっ!」


一人奮闘していた敏次だが、死角から襲い掛かってきた木の根に反応しきれず、敢え無く足に絡みつかれる。
足止めされたことによって敏次の動きが一瞬停止する。
その隙にと言わんばかりに、木の根が次々と敏次に巻きつく。

漸く動きを封じ込め捕らえた敏次を、血染め桜の木は徐に持ち上げ―――――――






ぶんっ!!!!!






思いっきり勢いよくぶん投げた。







「うあぁぁぁぁっっ!!!!?」




どごおぉぉっ!!!









力の限りに投げ飛ばされた敏次は、悲鳴を上げながら邸の築地塀に激突する。


「―――――っ!」


敏次はあまりの衝撃に、思わず意識を手放した。
視界が暗くなる瞬間、眼の端を覚えのある色彩が掠めた。

宵闇色。


(あ・・・・れは・・・・・・・)


目の前が暗転する。
敏次はその宵闇色が何を示すのか気がつく前に気を失ってしまった。












今にも闇に溶け込んでしまいそうな宵闇色の衣が風で翻った。













                         

※言い訳
久々に”孤絶な桜の声を聴け”を更新しました〜!
今回、何故か敏次がええかっこしい行動をとっています。・・・・・・でもあっさり気絶。
こんなとっしーは偽者だ!!と叫んだ方。偽者警報発令中です。(やっ、今更だから・・・・・;;)
今回の話で、どーしても敏次に一人になって貰いたかったので、かなり無理矢理な展開に持ち込みました。だから偽者っぽくなってしまったんです・・・・・・・・。
話の展開上、ここで一旦話を切るのがよかったので少々短めの文になってしまいました。
次回のお話では、もっと中身のある話を書きたいと思います。

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2006/5/16