孤絶な桜の声を聴け〜伍〜















「うわー、何と言うか・・・・・・・悲惨な光景だねぇ〜」


六合に屋根上へと連れて行ってもらった昌浩が、庭の様子を見て最初に言ったのがこの言葉である。


「・・・・・・そんな軽い口調で言われると、全然悲惨そうには聞こえないぞ?」

「え?そう?これでも真面目に言ったんだけど・・・・・」

「どこが!どこらへんがだ!?そんな間延びした口調のどこを真面目と言えるっ!!!」


胡乱下に昌浩に視線を寄越してくる物の怪に、昌浩は至極普通の顔でそうのたまった。

物の怪はそんな昌浩に、思わず突っ込みを入れずにはいられなかった。
些か興奮気味の物の怪の言動に、昌浩はひどく五月蝿げに眉を顰めた。


「っさいなぁ・・・・一々人の言うことに突っ込みなんか入れないでよ」

「好きで入れてないわっ!!」

「・・・・・様子、見なくていいのか?」


いつまでも続きそうな漫才じみた会話に、六合が冷静に言い放った言葉が割り込む。

六合の言葉に、二人はぴたりと言い争いを止める。
まさに鶴の一声。

当初の目的を思い出した二人は、改めて庭で奮闘する敏次等と血染め桜の木へと視線を戻す。


「――っと、忘れるところだった」

「忘れるなよ、一応現在進行形であっちは大変な思いをしてるんだから・・・・・・・・・・・」

「ん。それはもっくんの所為」

「俺の所為かよっ!」

「うわぁ、あれに張り倒されたら痛そうだなぁ〜・・・・・敏次殿達、大丈夫かな?」

「人の話聞けよっ!!」


この二人の遣り取りを止めれる者は誰もいない。いや、すでに呆れ果てて止めようとも思わないだろう。
その最たる人物が、二人と行動を共にする割合が比較的に高い六合だ。
まぁ、彼の場合は元からそう口数は多くないので今更である。


「あっ、やばいよもっくん!!」

「何が?って・・・・・・あ〜ぁ、情けないなぁ」


物の怪と軽口を叩きつつ庭の様子を眺めていた昌浩は、突然焦ったような声を出す。
それに釣られて物の怪も庭へと視線を向けると、丁度敏次が桜の木に捕らわれそうになっているところであった。


「このままじゃあ敏次殿が持たないよ!」

「他の奴らは何をぐだぐだと見守ってやがるんだ?さっさと手助け―――――って、おい!何皆して逃げ出すんだ?!あいつ一人置いていく気かっ!!?」

「どうやら助けを呼びに行ったようだな・・・・・」

「はぁ?!んな悠長なことしてる時間なんぞないだろうが?あいつらは木偶かウドの集まりか!?」


苛ついたように庭先の動向を見ていた物の怪は、必死に抵抗している敏次一人を置いて他の者達全員が逃げ出したことに、とても仰天したような声を上げた。
そんな物の怪の反応とは対称的に、六合は淡々と事実を話す。

そうこうしている内にも、徐々に敏次は追い詰められていく。


「っ!六合、長布貸して!!!」

「あ、あぁ・・・・・」


現状に見兼ねた昌浩が、六合に長布を貸すよう頼み込む。
六合は些か口篭りつつも肩に掛けていた長布を外し、昌浩へと手渡す。


「・・・・おい、またその格好で出るのか?」

「しょうがないじゃん!顔がばれる訳にはいかないんだし」

「まぁ、ソレはそうなんだが・・・・・・・・・」

「それじゃあ行くから―――っ!敏次殿!!」


六合から受け取った長布を顔に器用に巻き付けた昌浩は、木の根に捕らえられた敏次に気づき急いで飛び出す。

昌浩が飛び出すのと敏次が築地塀に叩きつけられるのがほぼ同時。

昌浩はこれ以上敏次に危害が加えられないように、地に倒れ伏す敏次と血染め桜の間に割り込む。
一拍遅れて物の怪と六合がそんな昌浩の前に出て戦闘態勢をとる。

新たな侵入者の存在に気がついた桜の木は、それを排除すべくその太い根を躍らせた。


「植物風情がいい気になるなよっ!」

「・・・・・・・・・」


額の花のような模様を淡く輝かせながら物の怪は咆哮する。
真紅の炎が次々と根を焼き払う。
六合も腕輪から槍へと変形させたそれで、襲い掛かってくる根を切り伏せる。

二人が奮闘している間に昌浩は敏次の様子を窺う。
気を失っているのか、敏次は先ほどからぴくりとも動かない。
どこか打ち所が悪かったのでは・・・・・と心配になりつつも、物の怪と六合の間をすり抜けて襲ってくる何本かの根を術で防ぐ。
取り敢えず、起き出されなければこちらとしては守り易いし、動き易い。

今やるべきことは―――――


「どうやってこの暴走を鎮めるかだよねっ―――斬!!!」


猛然とこちらに突っ込んでくる木の根を霊力の刃で切り落とす。
が、切り落としたところから再び木の根が生えてくるので、あまり効果をなさない。


「一体どうすれば・・・・・・・・・・?」


良い策が浮かばず、取り敢えず降りかかってくる火の粉だけは払っていた昌浩達。
そんな遣り取りは禍々しい気が最高潮に達した時、桜の木が突然動きを止めたことによって終わりを迎える。


「え?」

「・・・・なんだ?」

「・・・・・・・・」


三人が呆然と眺める中、血染め桜の木は暴れまわるのを止め、急に静かになる。
それと共に周囲を色濃く漂っていた陰気が徐々に薄れていき、最後には正常な空気に戻った。


「どうして急に大人しくなったんだろ?」

「さぁな。ったく!一体なんだってんだ!!」

「わからないな・・・・・・」


今までのことがまるで夢だったかのように不思議なくらい”普通”に戻ったことに、三人はそれぞれ戸惑い顔になる。
不審さは拭えないが、取り敢えず一段落はついたのだと判断した昌浩達は、未だ気絶している敏次に視線を向けた。


「しっかしよく起きないなぁ・・・・・これだけ騒々しかったら目を覚ますと思うぞ?」

「余程打ち所が悪かったのだろう」

「はっ!自業自得だな!!」


白いふさふさのしっぽで敏次の頬をべしべしと叩きつつ、呆れたように物の怪は話す。
そんな物の怪に、六合は相槌を打ちつつ言葉を述べる。
しかし物の怪は「ざまぁみろ!」と馬鹿にしたような態度で鼻で笑い飛ばす。

そんな物の怪の様子に、昌浩は窘めるように口を開く。


「もっくん、そんなこと言わない!!・・・・・とにかく、起こしたほうがいいよね?」

「いいんじゃねぇの?そのまま放置しといても。なぁに、死にはしないって」

「全然良くないし!!?」







”―――――を・・・・・・・まで・・・・ま・・って・・・・・・・"







「・・・・・え?」


ふいに聞こえた微かな声に、昌浩は思わず桜の木を振り返った。

と、そこには淡い紅色の袿を纏った昌浩より幾分か年上の少女が佇んでいた。

昌浩と少女の視線が一瞬だけ重なる。
濃い茶色の髪の隙間から淡い緑色の瞳が覗いており、その瞳が物言いたげに揺れる。

昌浩が思わず瞬きをした次の瞬間には、その少女の姿は掻き消えていた。
見間違いか?と首を傾げつつ、もう一度瞬きをして少女がいたであろうその場所を凝視する。
しかし、少女はおろか人影などどこにも見当たらなかった。

そんな昌浩の不審な行動に、物の怪は怪訝そうに声を掛ける。


「どうかしたのか?昌浩」

「う・・・ん、女の子がいたような・・・・・・・・ううん、やっぱなんでもない!」

「・・・・・・そうか、なら別にいいが・・・・・・・・・」


言葉の前半は口の中でもごもごと呟き、しかし思い直したように言葉を返してくる昌浩に物の怪は取り敢えず納得しておく。
気になるようなことがあれば、昌浩の方から何かしら行ってくるだろう。
そう判断した物の怪はそれ以上の追及を打ち切った。


昌浩は頭を一つ振り意識を切り替えると、未だに眼を覚まさない敏次に歩み寄って起こしに掛かった。
















あと少し・・・・・・・・あと少しで全てを終わらせることができる・・・・・・・・・・・。










暗い意識の中、切望したような声がか細く紡がれた―――――――。
















                         

※言い訳
はい、引き続き孤絶な桜〜を更新しました。
ここまでは予定通りに書き進めることができました。
しかし!この後からは当初に計画していたお話を大幅に変更していく予定です。(でないと思いの外話が伸びて新連載の方がなかなか書けなくなる・・・・・・・・)
まぁ、今月中はこのお話の更新に努めたいと思います。

感想などお聞かせください→掲示板

2006/5/20