孤絶な桜の声を聴け〜碌〜















「―――――殿!敏次殿!!」

「・・・・・・・・っぁ・・・ま、昌浩殿?」


気を失っていた敏次は、誰かの呼び声で目を覚ました。
薄っすらと目を開ければ、心配そうに覗き込んでいる直丁の昌浩の顔が目の前にあった。

目を覚ました敏次を見て、昌浩はほっとしたように頬を緩めた。


「・・・・・よかった。大丈夫ですか?」

「わ、私は一体・・・・・・?」

「見回りから帰ってきたらここに敏次殿が倒れていたので驚きました。・・・・・・あの、何かあったのですか?他の皆さんは・・・・・・・」


敏次は昌浩の手を借りて体を起こしつつ、周囲を見渡す。
どうやら邸の入り口らしい・・・・自分が居たのは邸の中にある庭であったはずなのだが、何故こんなところで倒れているのかさっぱりわからない。

何故敏次が庭ではくて邸の入り口いるのかというと、突然桜の木が暴れるのをやめたが、いつまた暴れだすのか分からないので一応安全なところまで六合に運んで貰ったためである。


「あぁ、血染め桜が突然暴れだしてね・・・・・・どうにも手に負えないようだったので、他の者達に応援を呼びに行って貰ったのだよ」

「えっ!敏次殿を一人置いてですか!?」

「そうだ。私がそうするように言ったのだよ。応援が来るまでは何とか私一人で持ちこたえようと思ったのだが・・・・・・情けないことに吹き飛ばされた弾みに気を失ってしまったようで・・・・・・・・そうだ!昌浩殿。ここに来たとき誰かを見かけなかったかい?」

「え?い、いえ・・・・・・俺が来た時には誰もいませんでしたけど・・・・・・・・」

「そうか・・・・・・
気のせいか?いや、しかしあれは確かに以前会った謎の術者・・・・・・・・」


後半は独り言のように、口の中でぶつぶつと呟きながら物思い沈む敏次。
そんな敏次を見て、昌浩は背中に冷や汗をだらだらと流す。

元々昌浩は嘘を吐くことが大変下手である。
今現在は職場で磨き上げたなけなしの演技力で凌いでいるが、何時ぼろを出してしまうのかと額に汗を浮かべながら敏次の様子を見守っている。

(昌浩よ、顔が引き攣ってるぞ・・・・・・)

昌浩と敏次からやや距離を置いて、その様子を見ていた物の怪はやれやれと溜息を吐く。


「えっと・・・・この後はどうしますか?」

「ん?そうだな・・・・・取り敢えず、調査はここまでにしておこう。報告は私がしておくから、君はこのまま邸へと帰りたまえ」

「え?ですが・・・・・・」

「ここから君の邸まではかなり距離があるだろう?あまり遅くなるとご家族が心配する」

「・・・・・わかりました」


敏次の有無を言わせない口調に、昌浩は折れるしかなかった。

帰り道の途中までは敏次と帰り、応援として駆けつけた陰陽寮の人達と途中で合流し、昌浩は敏次に別れの挨拶をすると一人(+一人と一匹)で帰路についた。





                        *    *    *





邸に帰り着いた昌浩達は、一応先ほどの出来事を晴明に報告した。(でないときっと嫌味をつらつらと言われてしまう)
そして今は昌浩の自室にいた。


「――――くっそ〜!あのくそ爺!!なぁっっにが『昌浩や、いくら六合の長布で顔を隠したからといってそうほいほいと人前にでるとは、軽率にも程がある。術で姿を眩ませるなり何なりもっと上手く立ち回ることができるじゃろうに・・・・・あぁっ!これもじい様の教え方が悪かったからかのぅ?じい様は遣る瀬無い、沈痛の思いじゃ・・・・・』だっ!んな人離れした技なんか使えるかぁ――っっ!!!」

「いや、やればできると思うぞ?・・・じゃなくって、少し落ち着け昌浩」

「できないって!あ〜、本当に腹が立つ!!もっと標準を考えて物言えってーの!!」


(それをお前が言っちゃぁ―お仕舞いだな・・・・・・)

なんせ彼の普通基準が一流の陰陽師なのだ。
そして彼が目指すのは最高峰の陰陽師。つまりは現段階で
一流の陰陽師である祖父の晴明がそれにあたる。
そんな中、凡庸な者達の基準で物を言っていても話しにならないのだ。

故に晴明もそれなりに高度なものを、昌浩に要求してくる。
が、普通の者から見たのならば、やはりかなり高技術になる。先程昌浩が叫んでいたように、人離れ扱いになること請け合いだ。


「とにかく、もう夜も遅い。早く寝ないと明日起きれないぞぉ〜?いいのかぁ?寝坊なんかしてみろ、それこそ晴明にちくちく
ちくちくと嫌味を言われ続けるぞ?」

「それは嫌!」

「だったらさっさと寝るんだな。彰子が起こしに来た時に寝汚いお前の姿を曝す気か?ん?」

「なっ!誰が寝汚いって?!それはもっくんのことだろ!?毎度毎度人の上で寝やがって!今度乗ってみろ、ただじゃおかないからな!!!」

「なにおぅ?!臨むところだ!!」


こうして安倍邸の一角は賑やかに更けていったのである。










ひらり。





舞い落ちる花弁の数を数えましょう。





庭先に植えられた桜の木。





咲き始めは淡い紅色なのに、散る頃には緋色に変わる。





どうして色が変わってしまうの?と聞けば、わからないと返事が返ってきた。


「桜華<おうか>、貴女の名前はあの桜の木からとったのよ?華やかな桜・・・・・周りの者から愛でられ、慈しんで貰えるように」

「・・・・・でも母様、皆あの桜の木を怖がってる・・・ううん、気味悪がってるよ?それなのに?」


自分の名前は庭先にある桜の木から付けられたという。
しかし、桜の名を戴いた幼子は、その桜の木が忌まれていることを知っているので不思議に思った。
そんな幼子の疑問に、彼女の母は逆に問いかけた。


「桜華、あなたはあの桜の木は怖い?気味が悪いと思う?」

「ううん。不思議だなぁとは思うけど・・・・・・・・・・・」

「そうね、私もそう思うわ。確かに花の色が変わるということは普通じゃないわ。でも、あの桜だって毎年花を咲かせて、散って・・・・・・一生懸命に生きているわ。桜華は普通の人より体が弱い・・・・・でもこうして生きている」

「・・・・・・?」


幼子は母の言いたいことがよくわからず、軽く首を傾げる。
そんな我が子を見て、母は柔らかに微笑んだ。


「母様はね、桜華が生まれた時に体が丈夫じゃないってことを知ってこの名前を付けようと思ったの。懸命に生を送る桜・・・・・・色が変わってしまうのだって、きっと何か理由があると思うの。それって、他の普通な桜の木よりもずっと大事な何かを抱えているとは思わない?なら、色が変わることを愛しいと思うこそすれ、疎ましいとは私は思わないわ」

「そうだね!そう考えたら気味が悪いなんて思えないもんね!!ねぇ、母様。だったらあの桜の木にも名前を付けてあげようよ!」

「そうね・・・・・そうしたらあの桜の木も喜ぶわね」


自分の名前に意味が込められているのだとしたら、意味を込めた名前をあの桜に付けてあげようと幼子は思い至ったのだ。


「あのね!あのね・・・・幸せにするっていう意味の名前がいい!!」

「幸せ?」

「だって、桜華が今幸せなのも、こうして元気なのも桜のおかげだと思うの!人を幸せにする桜。いいと思わない?母様!!」

「そうね・・・・・だったら慶桜<けいおう>というのはどうかしら?」

「けいおう?」


眼を輝かせながら幼子は母の考えた桜の名前を口にする。


「そう、慶桜。慶びを招く桜・・・・・・・」

「けいおう・・・・・けいおう・・・・・うん!いい名前だね!!」


幼子はその名を何度も口に乗せ、納得したように笑みを浮かべる。





「これからは名前、呼んであげようね!!」





そうすればあの孤独な桜もきっと寂しくは思わないだろう・・・・・・。












柔らかな日差しの中、母子は穏やかな時を過ごす。













それを密やかに見守っていたのは、一本の桜の木であった―――――――。















                        

※言い訳
うん、一週間ぶりに更新しました。
なかなか創作意欲が湧かない・・・・・・話事態は大まかな流れは組み上がっているのですが、いざ文章化しようとすると手が重くなってしまいます。(汗)
頑張って更新したい・・・・・・。

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2006/5/27