孤絶な桜の声を聴け〜漆〜















薄紅から紅へ。





じわじわとその色を変えていく花弁。





あと少し・・・・・・・。





あと少しで自分の役目が終わるのだ。





輝く月が完全な形を取り戻す今日が峠。





抑えきるのだ、不浄を。





守りきるのだ、この庭を。





疎まれていた自分に名をくれた幼子。





彼の子の外の世界がこの庭だけだと言うのなら、己の全てを賭けて守り抜こうと心に誓った。





「あなたの名前は<けいおう>ね―――!」





幼子が、そしてこの庭に訪れるものがいなくなってから久しい。





しかしその桜は孤独の中でも生き続ける。





秘めた誓いだけを糧に――――――。







                       *    *    *







「昌浩殿」


頼まれた書物を届けた帰り、渡り廊下を歩いていた昌浩は敏次に呼び止められた。


「?何か用ですか?敏次殿」

「あぁ、君も昨夜の夜警に参加していたわけだし、一応報せておこうと思ってね・・・・・・・・」

「―――?」

「あの後、頭にことのあらましを説明したところ、晴明様にご助力願おうということになってね・・・・・・・・これが詳細が書かれた文だ。晴明様に渡しておいて貰えるかい?」


結局面倒ごとはすべて晴明様に、ってか?んな些末な問題ぐらい自分達で解決しろよな!!
と、物の怪が顔を顰めつつ、胡乱気に敏次を睨みつける。
はっ!と鼻で哂いつつ、大体なぁ・・・・・と切り出して棘をふんだんに盛り込んだ言葉を投げつける。(もちろん、聞こえないのは承知の上である)
昌浩はそんな物の怪を視界の端で眺めつつ、内心で溜息を吐いた。

どうやら血染め桜の件は晴明に押し付け譲渡するらしい・・・・・。

じい様も大変だなぁと思うと同時に、「そうわけじゃから昌浩や、ちと行って払ってこい」みたいないつも通りの展開になってしまったら、結局は自身が何とかしなければいけなくなる。
それも何か嫌だなぁと思う。(十中八九そうなるだろう・・・・)

そんな考えに至った昌浩は、ほんの僅かに頬を引き攣らせる。


「・・・・・えぇ、わかりました。じい様に渡しておきます」


なんとか笑みを取り繕って、昌浩は敏次から文を受け取ったのだった。










「――――だそうです」

「ふむ。そうか・・・・・・」


敏次から預かった手紙を渡しながら、昌浩はことの経緯を話す。
晴明はそれに頷き返し、受け取った文に眼を通す。

文を読み終えた晴明は静かに文を仕舞い、しばしの間考え込む。
そして徐に視線を上げ、昌浩へと投じる。


「事情はわかった。しかしこれはわしよりお前の方が詳しく知っているじゃろう?そういうわけじゃ昌浩、お前が解決せい」

「(はぁ。どうせ詳しく知っていなくても押し付けるくせに・・・・)わかりました・・・・・」


やはりな・・・・と予想通りの展開に内心肩を落としつつ、昌浩は諾と返事を返す。


「何やら不満そうじゃな・・・・・・・まぁ、よい。ちゃっちゃと解決してこい」

人に押し付けといてよく言うよ・・・・・(ぼそっ)」

「ん?何か言ったかの?」

「いいえ!それでは失礼しますっ!!(怒)」


足音も高らかに、昌浩は荒々しく晴明の部屋を辞していった。
そんな昌浩の様子に、晴明は可笑しそうに喉でくつくつと笑う。

それを見て呆れたような顔をしたのは、隠形して控えていた勾陳達十二神将。


「晴明・・・・・・」

「ん?何かの?勾陳」

「孫で遊ぶのも大概にしておけ・・・・・・本当に嫌われるぞ?」


斜に構え、勾陳は呆れたような視線を晴明に投じる。
晴明はそんな勾陳の忠言も気にも留めず、ほけほけと好好爺然とした態度を崩さない。


「なぁに、問題ない。あれはわしを絶対に嫌わん」

「はぁ・・・・・一体その自信はどこからくるのか・・・・・・」

「もちろん愛じゃ、愛!!」

「・・・・・・・」


あほらし。

勾陳はそれ以上の会話を打ち切った。
この究極な親(この場合は爺?)馬鹿に、何を言ったって聞きゃあしないのだから無駄な労力であろう。

こうしてとても分かりずらい屈曲した愛情表現は日々続いているのであった。

(気苦労が絶えんな、昌浩・・・・・・)

全くである。







                       *    *    *







「へっくしょんっ!!」

「どうしたぁ?風邪か??」

「いや・・・・・そんなことはないんだけど・・・・・・・」

「まっ!風邪には気をつけろよ?晴明の孫」

「うるさいっ!孫は関係ないだろ?!孫はっ!!!」


晴明の部屋から去った昌浩は、すぐさま血染め桜のある五条大路へと向かった。
自宅の安倍邸から五条大路までは距離があるので、車之輔を呼び出して運んで貰っている。

火急の用事ではないので物凄い速度で走っているわけではないが、それでもガタガタ揺れる車内はあまり居心地はよろしくない。
が、この際そんな贅沢なことは言ってられない。
要は移動時間がいかに短縮されるかが重要なのである。

車之輔のお蔭で昨晩より短時間で邸を訪れることができた昌浩達は、早々に邸内の桜の木へとやってきたのであった。
急に暴れだしたと聞く桜に注意深く様子を窺おうと、建物の陰から庭の桜の木を見遣った昌浩達は、その意外な現状に眼を瞠った。


「えっ・・・・・・?」

「一体どういうことだ?」

「・・・・・まぁ、最初から見ていなくとも現状を見れば察しがつくが・・・・・」


昌浩と物の怪は困惑気味に。
六合はその場の様子を見て取って言葉を紡ぐ。









紅い花弁がさながら血か涙のように舞い落ちる。









昌浩達の眼に飛び込んできたのは、所々をぼろぼろに裂かれ、抉られた満身創痍の桜の木であった――――。















                        

※言い訳
う〜ん、やっと続きが書けた・・・・・・。このお話もあと一話で終わります。
本当はもっと長いお話の予定だったのですが、そろそろ新連載の方も手掛けたいなぁと思っているので、少しだけ省略させて貰いました。といっても四話分位でしょうか?(いや、十分端折ってるから・・・・)
近々残りの一話をUPしようと思っています。

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2006/6/4