どうかお願いします。









悲しみに囚われた孤独な魂を救ってください。









己の声では届かない。









己の腕ではすり抜けてしまう。









こんなにも近くにいるのに――――――――。















水鏡に響く鎮魂歌―弐拾壱―
















昌浩の欠けた魂の行方と、爛覇という名の人物。

その二つのことについて占盤で占っていた晴明は、その結果を見てぽつりと呟きを漏らした。


「・・・・・・・・これは・・・・・・・・・」

「どうかしたのか?晴明」


自室に篭って占盤を覗いていた晴明の呟きを聞き取った勾陳は、彼の傍へと歩み寄って問い掛ける。
しばらくの間それを睨みつけていた晴明は、微かに眉を顰めつつ何かを考えているようであった。


「・・・・・・・勾陳」

「なんだ」

「昌浩達が帰ってきたら、わしの部屋に来るよう言っておいてくれ」

「わかった、伝えよう」


頷いて返事をした勾陳は、そのまま陰形した。





                       *    *    *





安倍邸へと帰り着いた昌浩達。

帰宅した途端に昌浩達の下へ勾陳がやって来て、「晴明が呼んでいるぞ」とそう一言だけ言って姿を消した。
一体どうしたのだろうと、顔を見合わせた昌浩と物の怪ではあったが、「ついでだから・・・・・・」と先程のことを晴明に報告するため、彼の自室を訪れたのだった。


「じい様、昌浩です」

「あぁ、入りなさい」


晴明から入室の許可を貰った昌浩は、「失礼します」と一言言い置いてから部屋へと足を踏み入れる。
少し距離を空け、正面に腰を下ろすのを待ってから晴明は話を切り出した。


「さて、お前達を呼んだのは他でもない、爛覇という人物、昌浩によく似た寛匡という人物の動向についてじゃ」

「―――と、言いますと?」

「うむ。わしの見立てによると、三日後。三日後に奴らは動き出す・・・・・・・・」


手の内にある扇を開いては閉じるという動作を繰り返しながら、晴明は話を続ける。


「そうなると、この都にも何かしらは影響がでてしまうようじゃ。・・・・その何かはわからんがの」

「そうですか・・・・・三日後、か・・・・・・」

「あいつの言うとおり、確かに数日のうち、だな」

「・・・・・昌浩、紅蓮。どういうことだ?」


三日後と聞いて意味深な言葉を漏らす昌浩と物の怪を、晴明は訝しげに見る。
昌浩と物の怪は顔を見合わせ、互いに頷き合うと晴明へと視線を戻した。


「丁度報告しようと思っていたところにじい様から呼び出されたので、話が終わった後に言おうと思ってたのですが・・・・・。つい先程、寛匡と会いました」

「というよりは、待ち伏せされていたっていう方が正しい表現だろうな」


目線で話の続きを促してくる晴明に、昌浩は先程の寛匡との出来事について語りだした。


「―――――というわけで、明確な理由はわかりませんでしたが、数日中に動くと言うことは知っていました」

「その話を信じるならばっていうのが頭につくがな・・・・・・」

「そうか・・・・・・・」


昌浩達の報告を聞き終えた後、晴明は何やら難しそうな表情で考え込み始めた。

そんな晴明の様子に昌浩と物の怪は揃って首を傾げた。
しばらくの間、何やら考え込んでいた晴明は、何かを決めたように一つ頷くとその視線を二人へと戻した。


「まぁ、それはわかった。お前はもう部屋に戻ってよいぞ・・・・・・あぁ、紅蓮はちと残れ。別に話がある」

「・・・・・わかった」

「それじゃあ、先に戻ってるからねもっくん」

「あぁ、話が終わり次第すぐに行く」


昌浩は物の怪に一言声を掛けてから、その場を去って行った。

物の怪はそれを見送り、完全にその姿が見えなくなってから晴明に向き直る。


「・・・・・で?わざわざ俺だけ引き止めた理由は何だ?」


晴明へと向ける視線を真剣なものに変えて、物の怪は問い掛けた。
きっと先程考え込んでいたことに、何か関わりがあるのだろう。


「うむ。その前に・・・・・・勾陳、六合」

「なんだ?」

「・・・・・・・・・」


晴明に名を呼ばれた二人がその場に顕現する。

勾陳は晴明の背後。
六合は入り口に近い柱に背を預けた格好で―――――。

それを見ていた物の怪は、改めて晴明に問い掛けた。


「お前達三人には、しばらくの間昌浩についてもらう」

「何故。と聞いても?」

「あぁ、構わんよ。そのことについては今から話す」


勾陳の問い掛けに、晴明は一つ頷いて答えた。

三人とも、晴明の話を聞く体勢をとる。


「――――これはまだ、推測の域を出ないのだが・・・・・・・・・・」


晴明は最初にそう言い置いて話し始めた。

晴明の話を聞いていくうちに、三人の顔は段々と厳しいものへと変わっていく。








「・・・・・というわけじゃ。納得してくれたかのぅ?」

「・・・・わかった。そのことについては快く引き受けよう。だが晴明、何故そうだと思った?


晴明の話を聞き終えた三人は、三者三様の反応ををしつつも承諾した。
しかし、疑問に思った勾陳がそのことについて聞くと、


「何、わしの占いの結果と昌浩の話を聞いたうえでそう判断したのじゃ」


そうとだけ答えたのだった。


「では、しばらくの間頼んだぞ。なぁに、こちらのことは心配するでない。他の者達もついておる」

「・・・・・わかった。あまり無茶をするなよ」

「お前の手を煩わせずとも、他の者達が動いてくれる。お前はいざというときの保険だ、そこのところ忘れるなよ?」

「・・・・・いざとなれば呼べ。すぐに馳せ参じよう」


三人は口々にそう言うと、晴明の部屋を後にして昌浩のもとへ向かった。(勾陳と六合は陰形して)





                       *    *    *





一方、部屋に先に戻っていた昌浩は疲れの所為か眠っていた。

そして夢を見る。


果ての見えない白い空間の中、昌浩は若い男の人と対峙していた。
二十代後半であろうか。見覚えの全く無い青年に、昌浩は困惑の表情を隠せない。


「・・・・・あなたは?」

「君に、頼みがある」


昌浩の問い掛けには答えず、目の前に佇む青年はそう口を開いた。
昌浩はその言葉に、益々困惑を深める。


「頼みたいこと・・・・・?」

「はい。兄を・・・・・・・私の兄を助けて頂きたいのです」

「あなたの・・・・お兄さんを?」


首を傾げながらそう聞き返す昌浩に、青年は肯定するように頷いた。


「そうです。兄は・・・・・今、闇に飲み込まれようとしています。そして兄はそのことに気づいていない」

「闇に?」

「はい。私を失くしたことによって、兄は負の感情に囚われてしまった・・・・・・・・」


青年はそう言いつつ、悲しげに瞳を揺らす。
悔やんでいる様な、何ともいえない哀しみの表情。


「失くしたって・・・・・・・あなたは、まさか・・・・・・・・」

「えぇ、すでに亡くなっております」


何かに気づいた昌浩に、青年は最後まで言葉を聞くことなくそれを肯定した。
昌浩は驚きに眼を瞠る。

驚きの表情を隠さない昌浩に、青年はふっと笑みを浮かべる。


「なので、私が兄と接触することは叶いません。ですから、あなたにお願いしたい」

「・・・・・何を?」

「兄を止めることを」


青年は酷く重たげな口調で、ただ一言そう言った。


「救ってなど、そんなおこがましいことは言いません。ただ、止めて頂きたいのです」


今、兄には周りの事など見えていないから・・・・・・・。

青年はそう言うと、そっと瞑目した。


「けど・・・・止めるって言ったって、俺はあなたのお兄さんの顔なんかわからないんだけど・・・・・・・・」


困ったようにそう言う昌浩に、青年は瞑った目を開け微笑んで言った。


「大丈夫。君は私の兄の顔をちゃんと知っている・・・・・・・・」

「知ってる?」

「私の兄の名は”爛覇”」

「えっ・・・・・・・・」


驚きに固まる昌浩に、青年は深々と頭を下げた。
我に返った昌浩は、その青年の行動に慌てる。


「え?ちょっ!あの・・・・・」

「どうか、兄のことをお願いします」


青年は下げていた頭を上げ、もう一度だけ昌浩に微笑む。
昌浩はその所為で声を掛ける機会を逃してしまう。


「もう、時間です」


何かに気づいたように、視線を遠くへ飛ばした青年はそう言った。
疑問の言葉を紡ぐよりも早く、昌浩の思考に靄がかかり始める。


薄れ行く意識の中、昌浩が最後に見たのは青年の微笑む顔だった。





そこで昌浩の思惟が途切れた――――――。















                          

※言い訳
謎の青年。といっても皆さん誰かわかりますよね?
爛覇の弟といえば瑞斗。何故か昌浩の夢の中に出てきました。
本当は登場させる予定はなかったんだけどな・・・・・・・・。
さっさと話を進ませたいです。

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2006/3/14