暗い昼。









空を覆いつくす雲。









呪いの雄たけびを上げる亡霊達。









動き出した戯曲。









果して止めることはできるのだろうか―――――――?
















水鏡に響く鎮魂歌―弐拾弐―


















寛匡と会ってから三日後。

晴明の占いで、爛覇達が動き出すといわれた日。
占いに違わす、爛覇達が動き出した。


初めに変化があったのは空。

それまで綺麗な青空を見せていた空が突然曇りだしたのだ。
灰色が青を段々と侵食していく。
そして、幾分もしないうちに完全に覆い尽くしてしまった。

日の光が遮られ、昼間だというのに辺りは薄暗くなってしまった。


「もっくん、空が・・・・・・」

「いよいよ始まるってか・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・」」


通常通り陰陽寮に出仕していた昌浩は簀子へと出て、翳っていく空を見上げていた。
暗くなる空とともに、反比例するかのように大量の妖気が近づいて来るのが昌浩や物の怪達にははっきりとわかった。

津波の如く、物凄い勢いで大規模な妖気が押し寄せてくる。

恐ろしく早い速度でやって来た妖気は、都の端まで来てその進行を止めた。
晴明が十二神将(青龍・白虎・朱雀・玄武)から力を借りて織り成した、都全体を覆うほどの結界が足止めになっているのだ。

これでしばらくの間は安全だろうと判断した昌浩は、父である吉昌のもとへと急いだ。








「父上!」

「!昌浩・・・・・」


予想もしなかった事態に陰陽寮の者達が慌しく駆け回っている中、昌浩は吉昌のもとへやって来た。
吉昌のところには、晴明をはじめ兄の成親・昌親など、安倍家の者達が集まっていた。


「では、昌浩もやって来たところじゃし・・・・・話を始める」


頃合を見計らって、晴明が口を開いた。


「これからのことについてはわしと昌浩が敵の親玉を相手する。お主等はわし等が親玉の相手を専念している間の、都の護りに回って貰う」

「おじい様が張った結界が破られるということは?」

「ない。・・・・・と言いたいところだが、あの勢いじゃ、いつまでもつかはわしにもわからん」。じゃから、しっかりと頼んだぞ」

「わかりました」


晴明の言葉に、皆そろって頷く。
皆一様に真剣な顔をしている。

元はといえば、安倍家が原因のようなもの。
ここまで大規模な事件に発展しようとは思ってもいなかったのだが、そんなのんびりなことは言ってられない。
せめて都人の安全は確保しなければならない。

はっきり言って陰陽寮の者達はあまり当てにならない。
今日のことにしたって、異常事態になってからそれに気づくようでは遅すぎる。
危険は予め把握しておかなければ命がいくつあっても足りないだろう。

そもそも、何かあれば「晴明様!晴明様!!」と言っている者達。
言えるものならば、「んなことは自分達でなんとかしろ!」と言ってやりたい。

そう思っていると案の定。


「晴明様!晴明様は何処に居られますか!?」


そう叫びながら部屋の前を通り過ぎて行く者がいた。

ちなみに、安倍の者達がこんなに集まっているのに誰もそのことに気づかないのは、晴明が部屋に目隠し(対人間用)の結界を張っているからである。
結界を張ってあることを予め知らされている安倍の者意外には、ここはただの空き部屋としか眼に映らない。
仮にこの部屋に入ってこようとしても、中には入ることができないように術が施されている。
故に、この部屋には邪魔者がやって来ないのである。


「それでは、我々はこれにて退出します。・・・・・・くれぐれもお気をつけください」

「わかっておる。心配するでない」

「昌浩、お前も気をつけるんだぞ?」

「はい」


各々、言いたいことを言い置いて、吉昌達は部屋を出て行った。
後には晴明と昌浩。隠形している神将達だけが残された。


「じい様・・・・・・」

「うむ。敵はどうやら二手に分かれているようだのぅ」


昌浩と晴明は感覚を研ぎ澄まして、気を探っていた。
すると、はっきりと感じ取れる気配が二つ。
東と西に一つずつ。

そのどちらの気配も昌浩には覚えがあった。


一つは昌浩そっくりの容姿をした寛匡。そしてもう一つは晴明に恨みを持っていると思われる爛覇という名の男。
二人とも気配を隠そうと思えば隠せるだろうに、それをしないというのは明らかに誘っているのだろう。


「どちらがどちらかわかるか?」

「はい・・・・・・・東ほ方が爛覇、西の方が寛匡の気配です」

「そうか・・・・・では、わしが東に行こう」

「晴明(様)!」


東に行くと言った晴明に、神将達から批難の声が上がる。
稀代の大陰陽師である晴明が後れを取るとは思えないが、それでも自分に恨みを持っている相手を敢えて選ぶなど・・・・・・危険度を上げているに他ならない。
厳しい眼を向けてくる神将達に、晴明は何とでもないように笑って言った。


「何、お前達がおる。別段、問題はないじゃろう?」

「・・・・・・・・・・・・」


暗に頼りにしていると言われては、彼らがこれ以上その話に関しては追求することはできない。
神将達は、それぞれ苦い顔をしながらも口を噤む。

晴明はそれを見て、満足そうに頷いた。


「では、わし等は東に行くとしよう。・・・・・白虎、運んでくれるな?」

「・・・・・・・わかった」


視線を向けられた白虎は、一泊間をおいてから頷いた。


「晴明、私達は?」

「お主等は昌浩についてくれ、昌浩には太陰の風流が必要じゃ」

「だが、お前の守りはどうする?」

「大丈夫じゃ、天后がおる」


自分達はどうすればいいのかと聞いてきた太陰に、晴明は昌浩の手助けをするように言う。
昌浩の式に車之輔がいるが、それでは移動速度が遅すぎる。晴明はそう判断したのだった。


「では、行くかの。白虎」

「あぁ・・・・」


晴明の掛け声に、白虎は返事を短く返す。
それと同時に風が起こり、それがおさまった頃には晴明の姿はどこにもなかった。


「それじゃあ、俺達も行こうか」

「あぁ(そうね)」


晴明達を見送った昌浩は、後ろに控えていた神将達を振り返ってそう言った。
そんな昌浩に彼らは黙って頷き返す。


「それじゃあ行くわよ!!」


威勢のいい太陰の掛け声と共に、先程起こった風よりもやや荒っぽい風が起こる。
荒々しい風がおさまった頃には、昌浩達の姿もそこからなくなっていたのだった。







「寛匡・・・・・・」





昌浩のぽつりと漏らされた呟きは、吹き起こる風によって掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった――――――。














彼らの向かう先は西。














そこにいるのは男に仕える遂行者―――――――。




















                        

※言い訳
とうとう終盤戦です。爛覇達もようやく動き出しました。
初っ端から晴明と昌浩が別行動・・・・・・当初の予定では最初からではなく、途中からだったんだけどな・・・・・・。
なんか戦力的に偏りが出ちゃったかな?いや、これでいいはず・・・・・・。
あっ。ちなみに、今回じい様は
生身で戦いに行きます。もう年なんであまり無理はさせたくありません。(心情的に)
あと何話位で終わるだろう?先が見えないな;;

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2006/3/18