水面を挟んで対峙する自分。









同じはずなのに違っている。









それは自分の所為?









いや、きっと誰の所為でもないのだろう――――――――。














水鏡に響く鎮魂歌―弐拾参―

















湿気を含んだ重い風が吹き抜けていく。

風に遊ばれて頬に絡みつく髪を、鬱陶しげに手で払いのける。
全く、不快極まりない風だ。

色あせたような曇天を見上げる。

目線の方向は都の外。

蠢く黒に眼を細める。
爛覇が地の底より蘇らせた亡者達は、ある一定のところで止まっている。
彼の大陰陽師が結界でも張ったのだろう。
いくら数日前に警告を告げたからといって、都全体を覆うほどの大規模な結界を張るとは・・・・・・全く畏れ入る。
神将の力を借りているとしても、もう年なのである。衰えている力で尚、これほどの結界を織り成す。
その潜在能力の深さは計り知れない。

そこでふと昌浩のことを思い出す。

晴明の後継。
十二神将最強にして最凶の騰蛇が主以外に唯一認める存在。
安倍晴明を超えてやると唯一口にすることができる者。

昌浩の潜在能力もまた計り知れないだろう。
それは自分がよく知っている。



何ていったって自分は――――――――



とそこで寛匡は視線を動かす。
都の外から内裏がある方向へと。


「来たね、昌浩――――――」


口の端が緩く持ち上がる。


「俺の願い、叶えて・・・・・・・」


微かに零れた呟きは、誰の耳にも届かない。





                       *    *    *






ザアァァァッ!



地に生える雑草が強い風に煽られる。

渦巻く風の中から姿を現したのは昌浩と物の怪、そして昌浩につくよう頼まれた十二神将達。


「うぅ〜・・・・・・眼が回る・・・・・・・・」

「ちょっと昌浩、しっかりしなさいよね!!」


太陰の風流で平安京の西の外れまでやって来た昌浩は、案の定というか―――眼を回していた。
気持ち悪そうに蹲っている昌浩に、太陰は檄を飛ばす。

誰の所為だと思ってるんだ?

その原因である太陰以外、他の者の内心の声が見事に一致する。
それを代表として口に出したのは、やはりというか玄武であった。


「仕方なかろう?太陰の風が荒っぽいのが悪い」

「私が悪いっていうの?!玄武!!」

「我は事実を述べたまでだ」

「〜〜〜っ!」


さらっと答えを切り返してくる玄武に、太陰は悔しそうに歯噛みをする。
玄武はそれに取り合わず、実に涼しげな顔をしている。
それが太陰の癇癪を増徴させる。


「いい加減にしろ、太陰」

「本当に。こんな状況なのにねぇ」

「「「「「「――――――!!!」」」」」」


見兼ねた勾陳が、諌めようと太陰に声を掛けると共に、別の声も賛同した。
と、そこで皆一斉に声のした方へ視線をやる。

そこには寛匡が式の疾風を伴って佇んでいた。


「寛匡・・・・・・・・」

「やっ!昌浩。来てくれると思ってたよ♪」


寛匡はとても嬉しそうにそう言った。


「はっ!さも昌浩が来るのが当然といった感じだな」

「事実そうでしょ?それに、君達の主は昌浩を俺の方に寄越すと思ってたし・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「!・・・・・どうやらのんびりとお話するのも、これまでみたいだね」

「・・・・・・なんだと?」


寛匡は何かに気づいたように目線を空へとやった。
昌浩達もつられて空を見上げる。

あることに気づいて皆息を呑んだ。


「なっ!じい様の結界が―――――!!!」

「馬鹿なっ!」

「えぇ―っ!ちょっと、冗談でしょう?!」

「落ち着け、太陰」


各々、信じられないと呟きの声を漏らす。
声に出さない者も、空を厳しい眼で睨みつける。

視線の先には今にも破られそうな結界。
押し止める結界の強さよりも、結界を突き破ろうとする霊たちの勢いが勝っているのだ。
結界のみしみしと軋むその音が、こちらまで聞こえてきそうだ。

次第に、結界に無数の細かいひびが入り始める。



もう、もたない――――?!



「どうやら限界みたいだね」


寛匡がそう言うと同時に、バリン!という破砕音と共に都を覆っていた結界が砕け落ちる。
それまで足止めされていた亡霊達が一気に雪崩れ込む。

結界に阻まれて消滅したものもいるとはいえ、それでも都に侵入した霊の数は多い。
五十や百どころではない。それこそ数え切れないほど・・・・・・・・。


「なんなんだ、あの数・・・・・・・」

「あれ?多いなぁ・・・・・関係ない他の霊も引き摺られちゃったのかな?」

「・・・・・どういうことだ」


次々と押し寄せてくる霊たちに、昌浩は絶句する。
それに対し、寛匡は不思議そうに首を傾げている。
寛匡のその様子を物の怪が見逃すはずもなく、鋭い視線を向けてくる。


「う〜んとね、俺達が呼び起こしたのは有りもしない罪を着せられて死んでいった者達の霊。流石にあそこまでは多くはなかったと思うんだけど・・・・・・・・。だから、多分だけど関係ない霊たちも引き寄せられたんじゃないかと思う」

「なんだと?」


予想外の出来事だったらしく、寛匡は渋い顔をしている。
が、次の瞬間には思い直したのか不敵な笑みを浮かべる。


「まっ!別にいいか。手勢が増えることに越したことはないだろうし?」

「ふんっ、あんな考えなしの恨み言吐くだけの雑魚が役に立つのか?」

「それは、こうするんだよ!」


そう言って寛匡が指を鳴らすと同時に、宙を彷徨っていた霊たちが一箇所に集まりだす。

無数の影が一つとなる。
一つ一つが弱い霊だとはいえ、それが何個も集まれば馬鹿にはならない。
そう、簡単に説明するのなら大髑髏(異邦の影参照)の強力版と言えばわかりやすいか。


「それがどうした、雑魚はいくら集まっても雑魚だ!」

「まぁ、やってみないことにはね。・・・・・・行けっ!!」


寛匡の掛け声と共に、大髑髏とそれになれなかった数多の霊たち、そして式の疾風が昌浩達に襲い掛かる。


「はっ!さっさと失せろ雑魚共!!!」


物の怪の姿から人型に戻った紅蓮は、炎の槍を出して襲い掛かってくる霊たちをなぎ払っていく。

「紅蓮!」

「そんな余所見してていいの?昌浩」

「―――っ!寛匡」


紅蓮の方へ注意を向けていた昌浩に、寛匡が剣で斬りかかる。
それに気づいた昌浩は、咄嗟に横に飛んで攻撃を避ける。
が、寛匡は間を空けずに次々と斬りかかってくる。

最初の方は何とか避けていた昌浩だが、剣を持った相手に素手など得策とはとても言えない。
不利な状況の中、次第に追い詰められていく。

上段から斬り下ろされる剣が途中で横払いに変わり、昌浩は咄嗟に地面に転がることによって何とか避けることができた。
しかし、すぐに動きが取れる状態ではなく、斬りつけてくる剣を見ているしかない。


キイィィィン!!


金属と金属の擦れ会う、高く澄んだ音が空気を振るわせる。


「ちっ!」

「六合・・・・・・・」


寛匡の斬撃は昌浩に届く前に、六合の銀槍によって阻まれる。


「邪魔を・・・・・・」

「・・・・早く立て」

「あ、うん」


寛匡と切り結びつつも、顧みて立つように促す六合に昌浩は頷くと、慌てて立ち上がる。


「そんなに昌浩が傷つくと困る?主である晴明の孫だから」

「そうではない。が、確かに怪我を負われるのは困る」


自分達が昌浩を助けるのは晴明に頼まれたからでもあるが、最終的には自分で決めたこと。
怪我をされて困るのは、人間はとても脆弱だから何が原因で死んでしまうがわかったもんじゃないからだ。
人の―――ましてや極身近にいる者の死など考えたくもないが・・・・・・・・・。

そんな六合の心情を読み取ってか、寛匡は納得したように頷く。


「あぁ、そうだよね、人間は神将と違ってあっさり死んじゃうからねぇ〜」

「・・・・・お前に死なれても困る」

「―――!そう、気づいたんだ?」


六合が言った言葉に、寛匡は意味ありげに返す。
六合は黙って首肯する。


「晴明から聞いた。憶測として、だったが・・・・・その様子だと間違いなさそうだな」

「!鎌を掛けたの?だったら墓穴掘ったなぁ・・・・・・」


さして困ったことでもないように寛匡は言う。
事実。それがわかったことで寛匡が困るようなことは起こらない。

困るのは六合が言ったように相手の方である。


「まっ!問題なしってことで・・・・・・”斬”!!」

「くっ・・・・・・・!」


寛匡は六合と切り結ぶのをやめ、術を放つ。

六合はそれを後ろに飛ぶことで避ける。


「それがわかったところで、どうしようもないだろう?!」


寛匡は囁くように呟く。
その呟きを聞き取れた者はいなかったが・・・・・。












そう、彼を止めないことには、どうしようもないのだ・・・・・・・・・・・・・・・・。













そのことに早く気づいてください。














本当にもう時間がないのだから――――――――。

















                         

※言い訳
あれ?なんだか肉弾戦になってます。
陰陽師なんだから使うのは術のはずなのに・・・・・・そして何故か六合が出張ってるし;;
しかも誰がどのセリフを言っているのかわかりましたか?かなりわかりにくかったと思います。次に書くときはそうならないように気をつけます。
ちなみに、寛匡と六合の会話は二人にしか聞こえないような小さめの声でやってるってことで・・・・・ご了承のほど宜しくお願いします。

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2006/3/19